《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

友達がいなかった過去を克服しようした果てに知る、友達に裏切られる初めての痛み。

たいへんよくできました。 1 (マーガレットコミックスDIGITAL)
佐藤 ざくり(さとう ざくり)
たいへんよくできました。
第01巻評価:★★★☆(7点)
 総合評価:★★★☆(7点)
 

野々山ぼたんは、ひきこもりな人生を送ってきた女子。友達作りたい! 恋もしたい! と寮付の高校へ入学して華々しく高校デビュー…なんてできるワケなく空回りばかり。でも、「友達なんかいらない!」と言い放つワケあり男子・甘藤くんとの出会いから運命が変わりはじめる!?

簡潔完結感想文

  • 不登校児が一念発起して高校から寮生活。自分で自分を褒められる生き方を模索する。
  • ぼっちヒロインがヒーローに導かれる物語ではなく2人とも ぼっち。あと共通点は美貌。
  • 一進一退のヒロインの友達作り。友達が欲しい渇望から、友達から与えられる絶望へ。

分を変えようとするヒロインのパワーが隔週連載の牽引力になる 1巻。

本書はヒロインの ぼたん が、1人の男性と出会って互いに変わっていく物語である。作者の1つ前の長編作品『マイルノビッチ』のヒロインとは枠から はみ出している点が似ているが、よくよく考えてみると真逆の存在なのが面白い。前作のヒロインは努力の果てに美貌を手に入れて世界を恋愛で一新していたが、本書のヒロインは天然美人。しかし それ故に異性とのトラブルに見舞われ小・中学校と不登校に陥った。

本当の恋愛に辿り着くまで紆余曲折のあった前作に比べて、本書は一直線で最短距離を進む。そして前作が学校外の人との接触が多かったのに対して、今回は学校での友情と恋愛をメインに描く。そのための縛りなのか外部から隔絶されたと言ってもいい高校が舞台となっており、ヒロインは寮生活をすることで過去の自分や両親の庇護から決別し、自立と成長を決意する。

ぼたん が目指すのは精神的な高校デビュー。甘えず、逃げず、諦めず、彼女は前へ進む。

1人の男性との出会いで学校生活が一変するという意味では椎名軽穂さん『君に届け』の系譜にあると思う。特に似ていると思ったのは今年 読んだヒナチなお さん『藤原くんはだいたい正しい』。1話目でヒーローがヒロインを啓蒙し、内面の自己改革を促していた。『マイルノビッチ』では外見の変化だったが、今回は心を美しくしている点がアプローチの違いだと思った。それにしても2010年代の半ばは悟り系男子にヒロインが導かれ惹かれていくという流行があったのだろうか。


作と違うアプローチをするためか、本書では美醜で人を判断することが ほぼない。人が人に惹かれるのは その美しい心や優しさで、前作と違い容姿の悩みは描かれない。

ヒロインが不登校・ぼっち であるために、少女漫画読者の中には自分の仲間だ、と共感する人もいるだろう。ただ登場人物たちは美醜が恋愛の基準にならないが、本書の登場人物たちの顔面レベルは総じて高い。ヒロイン・ぼたん が小学校・中学校を不登校になったのは彼女の後ろ向きな性格の問題ではない。おそらく小学校時代も、そして中学生も異性から好かれる外見だったことが彼女の人生を変えてしまった。小中と ぼたん に近づいた男性は自分の好意を表すために彼女に近づき、それが結果的に彼女を学校から遠ざけるという悲劇を起こしてしまった。自分では どうしようもない不可抗力に振り回され学校という人間関係を学ぶ場から遠ざかったため、ぼたん は高校に入っても友達の作り方が分からないままなのである。

前作が端的に言えばブスであるから恋愛市場から相手にされない悩みを描いたのに対し、本書は美人だから社会から迫害されてしまう悲哀を描く。それはヒーローの甘藤(あまとう)も同じ。彼は訳あって人との接触を意識的に避け、人が自分に寄り付かないように排他的な態度を取る。後に明かされるが それもまた彼の容姿に人が惹かれるからだった。

こじらせた読み方をすれば本書は美男美女ゆえの悩みを描いた上流国民の物語なのである。ただ だからといって自分の劣等感から彼らに敵意をもったり世界が違うとコミュニケーションを最初から放棄するのでは本書の中の登場人物と同じになってしまう。容姿が世間から好意的に受け入れられても、批判的に差別されても人は まことに生きにくいというのが『マイルノビッチ』と合わせた2作で作者が浮かび上がらせたことではないか。そして大事なのは自分を変革しようという心持ちと、それを貫き通す強さだと教えてくれる。

退路を断つために、そのままの自分でも愛してくれる親を振り切って、隔絶された社会=高校に進もうと思っただけで私はヒロインを好ましく思う。全5巻と前作が次作に比べて短いが、作者の描きたいことは詰め込まれている佳作だと思う。


校進学を考えた不登校児の野々山 ぼたん(ののやま ぼたん)は一念発起して、山の上の隔絶された男女寮完備の大型高校に入学する。娘を案じた両親は高校に無理に行く必要はないというが、彼女自身は学生生活で たくさんしてみたいことがある。だから荒療治で自分を親元から離れる決意をした。

だが これまで対人スキルが発達せず社会性のない ぼたん は友達の作り方が分からない。ある日、手作りのヘアゴムを褒められたことでクラスメイトの小泉(こいずみ)と会話が生まれ、彼女にヘアゴムをプレゼントした ぼたん だったが、その日のうちにゴミ箱に捨てられていたことが発覚。

小泉は破損してしまったから捨てたと言い、新しいのを ねだる。その言動に少なからずショックを受ける ぼたん だったが円滑な人間関係のために自分の気持ちを呑み込もうとした。だが ぼたん が口を開く前に1人の男子生徒が小泉に向かって「鈍感人間」、ぼたん に向かって「八方美人のマヌケ」と言い放つ。その人は ぼたん が おそらく人生で初めて同級生を かっこいいと思った同じクラスの甘藤 春人(あまとう はると)だった。

辛口ヒーローの言うことは だいたい正しい。甘藤の導きで本当に なりたい自分になる。

藤は ぼたん の心を救ったが友達が出来るチャンスを奪った。
そんな甘藤が女子寮の敷地で野良ウサギと触れ合っているのを見て ぼたん は話しかける。しかし甘藤は ぼたん の接近を快く思わない。彼は ぼたん とは真逆で友達を作る気がなかった。どうやら甘藤は親友と つらい別れを経験したらしい。友達がいないから触れ合いたい ぼたん と、友達がいたから傷ついた甘藤という正反対の立ち位置が見える。

ある日、再び小泉と話す機会が生まれ、そこから お昼ご飯に誘われる。しかし小泉は ぼたん と仲良くなることより、共通の敵として甘藤を設定して悪口を繰り広げようとしていた。そこに引っ掛かりを覚えた ぼたん は逡巡の末、甘藤を擁護するようなことを言ってしまう。誰かの悪口を言って距離を縮める友情は彼女が望むことではなかった。小泉は甘藤を擁護する ぼたん に見切りをつけ、ぼたん に友達は出来なかった。
ただ1人、ぼたん の非・八方美人の発言を廊下で聞いていた甘藤だけは彼女の行動を認めてくれ、ぼたん も自分のことに胸を張れた。これにより時に卑屈な八方美人ではなく、ただの美人になったということか。


校イベント・オリエンテーションが近づく。だが ぼっち の ぼたん は人数の足りない小泉と一緒の班になり、そこには小泉が不快に思う甘藤もいた。新入生の交流が目的であろうオリエンテーションだが誰も仲良くならず あっという間に終わる。甘藤は好意的に話しかけてくれる男子生徒にも塩対応で孤高を貫く。

その帰り道で ぼたん が野良ウサギを発見し、班員たちと追いかけたことで迷子になる。そこに後から彼らを追ってきた甘藤が現れることで窮地を脱し、甘藤は感謝される。ぼたん も感謝を述べ、会話を許された甘藤に、自分に小泉に対する偏見があったことを正直に話し反省する。苦手意識を持ったから遠ざけていては交流は生まれない。だから傷つく覚悟で挨拶をすることを決める。ぼたん は少しずつ強くなり始めている。ぼたん が被害者ぶるだけでなく自己反省するのが良い。


藤は英語が苦手。追試の危機を前に、ぼっち ゆえに勉強ばかりしていた ぼたん が先生になる。勉強回の始まりである。ぼたん は不登校で遊び惚けたり趣味の手芸に打ち込むばかりでなく、自分を律していたから成績優秀なのだろう。本当は学校に行きたいのに行けないという彼女の無念が勉強に駆り立てたのだろうか。そう思うと頭が良いのも切ない。

目的の図書館は人で埋まり、クラスで一緒に勉強していると妙な噂が広がり ぼたん の学校生活に支障が出ると判断した甘藤は解散を宣言。そこで ぼたん が提案したのが男子禁制の女子寮の自室。ぼたん に他意はないが、甘藤は気にする。
プライベートな空間にクラスメイトが入って来たことにテンションが上がる ぼたん。甘藤ともイチャつき(?)距離感が縮まる。そこで ぼたん は甘藤が高校で寮生活をする理由に踏み込むが拒絶される。自分の対人スキルの無さに毎度 落ち込む ぼたん だが、帰ったはずの甘藤が戻ってきて自分の心の動きを正直に話し謝る。彼の言う通り まだ消化できなくて、そして まだ未熟だから その心の揺らぎを ぼたん に押しつけてしまったのだろう。

そういう正直な甘藤を感じた ぼたん は彼へ特別な気持ちが芽生え始めていることに気づく。オリエンテーションの ぼたん と同じく、彼らはまだ高校1年生の15歳で自分が完成していない。だから間違えるし自己中心的にもなる。それを少しずつ補正していく彼らの姿が心地よい。


が甘藤を異性として意識することは、学校で話せる彼を失うことを意味していた。
そんな心の隙間を埋めるように現れるのが苺香(いちか)。彼女のトラブルを ぼたん が全力で助けようとしたことで交流が生まれ、放課後にグループでクレープを食べるという理想を実現させる。しかも苺香は友達になりたい、とハッキリ言ってくれた。そのことに感涙する ぼたん。

そこから苺香を含めた4人グループが出来て、お昼ご飯も ぼっちを脱出する。また同じ寮生の苺香は部屋にも招待してくれた。甘藤が初の来訪者だったが、今度は ぼたん が友達の部屋に行く。ぼたん は自分の甘藤への恋心を苺香に話し、ぼたん が苺香の漫画原稿を ばら撒いたことで彼女が漫画家志望なことを知る。お互いの秘密を話すことは心の距離が縮まること。

さらには休日には4人で買い物に行く予定を立てた。だが現れた3人は服を揃えていた。4人いるのに「3つ子コーデ」で、彼女たちは ぼたん に伝えずに意思統一をしていた。そこから4人グループは3+1へと変貌していく。自分が疎外されていることが被害妄想ではないことを確かめるために ぼたん は自分から距離を縮める。だが待ち合わせ場所には誰も来なかった。


たん にとって自分がハブられる経験は2回目。1回目は中学1年生の時、アイドル的な人気の先輩2年生の告白を断ったら、2年生女子軍団が ぼたん と口をきくことを1年生女子に禁止した。それで ぼたん は学校で浮いて不登校になった。

中学の時はハブられたことで友達になれるかもしれなかった人と友達になれなかったが、高校は友達になった人からハブられた。その違いは大きく、ぼたん に未知の痛みを味わわせる。
ずっと苺香たちを待っていて雨に打たれたことで ぼたん は熱を出す。彼女が偉いのは1日学校を休むが健康を取り戻したら自分の意思で学校に行ったこと。高校では頑張ると決めた自分の決意を貫いた。

この日の朝 ぼたん が どんな気持ちで自分を奮い立たせたか考えると それだけで泣ける。

クラスで顔を合わせた苺香は連絡を忘れただけだと言う。その言葉を信じようとする ぼたん だったが、苺香からのハブ攻撃は続いていた。惨めになった ぼたん が泣き出す直前で甘藤が登場する。彼は苺香が悪意を持って ぼたん をハブにしていることを知っていた。ぼたん が この友情が一方的なものだったと認める彼女の涙が哀切を極める。