藤もも(ふじもも)
恋わずらいのエリー(こいわずらいのエリー)
第07巻評価:★★★☆(7点)
総合評価:★★★☆(7点)
妄想ツイートが趣味のエリーこと市村恵莉子と学校一のイケメン近江章は密かに愛を育み、お付き合い中。だけど同級生の要くんに興味を持たれたエリーは、「友達になってよ」とグイグイ迫られてしまう。そのせいで、紗羅ちゃんともケンカしちゃったりしたり、オミくんにもヤキモチを妬かれちゃったり…。そのうえ、恋に目覚めた(?)要くんから爆弾発言まで飛び出しちゃって!? 変態地味女子のアブノーマルLOVE第7巻!
簡潔完結感想文
- 格差のある王子様より お似合いの男子と付き合った方がいいの?…なんて思いません。
- マラソン大会って誰よりも早く好きな人に会うためにあるんだ #誰もが恋のランナー
- 素直に愛情表現できない彼のために、私は目をつぶり耳を塞いで隙(好き)を作る。
巻頭の「抱きたい」から巻末の「全部ちょーだい」と性的に狙われる 7巻。
つくづく人が秘めている欲望を引き出していく漫画なんだなー、と思った『7巻』。今回は これまで現実に興味のなかった要(かなめ)に欲望が生じていく様子に彼の成長を感じた。そして物語的に要のターンで、彼ばかりに偏りかねないところで、ちゃんと1話に1回は恵莉子(えりこ)と近江(おうみ)の尽きることのない欲望を描いてくれていて助かる。むしろ要の出現によって近江の彼女を独占したい「欲」が増幅されていて、ラブコメとして一番 面白かったかもしれない。
『6巻』では要の出現によって恵莉子と紗羅(さら)の友情が危機を迎えていた。だから要は いるだけで周辺の人間関係を変化させてしまう触媒だと書いた。触媒だから彼自身が変質することはないはずなのだが、今回 そんな彼が自分の中に存在しないと思っていた「欲」に気づかされ、変わり始める。要はテンションが低めだから、そこまで変わっているように見えないが、実は彼の中で大革命が起きている。恵莉子との交際を否定する場面は これまでと変わらない空気を読まない毒舌のようでいて、自分の発言が起こす周囲への影響を しっかり要が考えていることが分かる秀逸な場面だった。
そして逆に恵莉子が少しも変わらないことが嬉しかった。少女漫画で よくあるパターンは、根暗なヒロインが自分と同種の根暗な男性と共鳴して、自分の立ち位置は ここだと思い込み、格差のあるヒーローと距離を置くという交際の危機を描く流れである。しかし本書は それをしなかった。恵莉子は要との関わり方に悩みはするけれど、近江への愛は少しも揺らいだりしない。その核がしっかりあるから読んでいて不快にならないし、読者としては要のお陰で うろたえる心の弱い近江と、動揺した彼の過剰なサービスを見られるから彼に感謝をしたい気持ちになる。当て馬やライバル登場に際しても本書はオリジナリティを貫き、ちゃんと笑かしにかかってくるから安心だ。
要には悪いが、彼は恋の甘さを引き立てる塩、という役割なのだろうか。ただ最後には要も自分の塩という役割を理解して、2人のために塩になれることを喜んでいるのではないか。それを喜べるぐらいに要が恵莉子にも そして近江にも愛着を持っていく展開がしっかり用意されている。そして恵莉子が無慈悲なほど要に揺れなかったから、要も素直に撤退できる。
ただし気持ちが揺れないことと、告白される嬉しさは少し違う、というのが要の救済になっていると思う。これまでは自分の言いたいことを言っているだけだった要が、相手の反応が欲しいと願い、その反応を見て自分の感情にフィードバックしている。その変化が描けただけで告白シーンは貴重である。そして恵莉子を一途に強烈に想ったことが、恵莉子の(恋心ではない)感情を少しでも揺さぶり、彼女に感謝されたことが要の経験値になっていくだろう。願わくば この後の要が少しずつ人間関係を広げていくような描写が欲しい。
今回の件で現実世界を「チョロい」とまで感じる要が、あっという間に友達だけでなく、彼女を作り、青葉(あおば)レベルの高校在学中デビューを果たす展開を妄想してます!
要を巡る方向性の違いから恵莉子は近江と距離を取る。その隙に要は恵莉子に「抱きたい」というストレートな感情を伝える。
そんな会話をしているのを恵莉子が心配で戻って来た近江に見られる。この時の三角関係の修羅場が実に面白い。3人の変人が集まると もはやコントである。
近江は恵莉子から要を離すために手を引き、弁明を続ける恵莉子の口をキスで塞ぐヒーロー行動に出る。嫉妬と焦燥で変になっているとはいえ、恵莉子の妄想の完全再現をしてくれている。要という当て馬は ちゃんと近江を発情させている。
自分の願望に素直な要には、恵莉子には交際相手がいるといっても関係がない。その辺の空気も読まない。だから翌朝も下駄箱前で恵莉子の到着を待ち、彼女に振り向いてもらおうと必死。
その要の懇願を恵莉子は全身全霊で お断りする。しかし その精一杯の拒絶も要には あまり伝わらない。今世に期待していなかった人が、現世の執着を悪化させて ただのストーカー状態である。
近江をライバルとして観察する要は、彼の八方美人モードを見て、それよりも1人の女性だけを深く愛する自分に勝機を見い出してしまう。けれど恵莉子が近江の前だけで見せる表情やイチャラブを見て、近江が彼女を笑顔に出来る人だということも理解する。要が一番みたいのは彼女の幸せな顔だろう。それでも要は恵莉子のことを一途に想い続ける。一度スイッチが入ってしまったら切れなくなるのが要っぽい。
それにしても最近の恵莉子たちは交際に浮かれているのか無防備である。ずっと国語科準備室でイチャついている訳にはいかないのだろうが、油断が過ぎる。
そんな頃に学校イベント・マラソン大会が開催される。
当日、恵莉子は逆に近江の好きなところを改めて考えていたらマラソンを好成績で完走していた。妄想もゾーンも無敵状態という点では変わらないのかもしれない。その ごほうび とばかりに近江が無邪気な笑顔を見せてくれて、恵莉子は近江の ここが好きだと実感する。
近江は恵莉子と要の交際の噂が広まっていることや、要に問い詰められた恵莉子が近江の好きなところを即答できなかったことなどが気にかかる。そこで恵莉子の思わぬ好成績もあり、近江は自分も好成績を残すことを誓い、出走する。要は当初 マラソンに参加せず見学を決め込むが、恵莉子が近江のゴールを待っていることを知り、彼も出走する。
だが近江と張り合うように全速力で走っていた要は途中で過呼吸を起こす。それを目撃した近江は恵莉子との約束よりも目の前の困っている人を優先する。こういうところも好きだぞ☆
要はぜん息持ちで体育を許可を得て見学してきた人。なのに今回は対抗意識でマラソンに果敢に(無謀に)挑んでしまった。そして この持病のせいで要は人づきあいを学習し損ねたという背景が説明される。そんな要の欠落を知り、近江も彼に対して心を裸にして弱い自分を見せていく。自分も同じだ、と要への慰めだったはずなのに、逆に彼に慰められている近江が笑える。
恵莉子は近江が搬送されたと聞き、医務室に駆けつける。それが誤解であることが分かり、恵莉子は泣きじゃくる。そんな彼女の反応に近江は自分が確かに愛されていると実感が出来た。恵莉子が近江の笑顔で愛を再確認すれば、近江は恵莉子の泣き顔で愛を再確認している。
その充足感から近江は もう2人の関係を隠さないことを提案する。要と張り合っている訳ではないと言う近江だが、やはり要の件も多少は影響しているだろう。八方美人でいることで自分も彼女も守ろうとしている近江だが、彼女の存在を黙殺しているのも確か。他者にどう思われようと関係のない要は ある意味で強い。近江も それを見習おうとしたのではないか。
一方、イチャラブと確かな愛を見せつけられた要は2人の関係を認め、自分の興味を抑えることに成功する。そんな自分の悩みを要はSNS上で「エリー」に恋愛相談をする。まだ恵莉子は要が自分のフォロワーだと知らないので相談に乗る中で、自分の心境を彼に伝える。そしてエリーに励まされた要は もう一頑張りする。
しかし そんな要の姿勢とは逆に、学校内では彼らの噂が広まるばかり。この誤情報で恵莉子と紗羅の間で また行き違いが生じかねないところだが、それは『6巻』ですませているので、似たような内容は重複させない、という整理された構成が良い。
興味本位で恵莉子の噂を探ってくる女子生徒たちを前に、恵莉子は自分の無力さを感じる。無根拠に噂が一因に周囲に対して自分を知ってもらわなかったからという面がある。周囲の人たちは恵莉子をよく知らないから、彼らの自分の信じたい方向に恵莉子の性格を歪めていき、噂が広がっていく。恵莉子を知る人が反論したり打ち消したりと抵抗する力が全く存在しないから、噂が全てを呑み込んでしまう。
だが自分たちの噂を聞いた要は、この噂で恵莉子が悲しんでいることを知り、彼はわざと恵莉子を傷つけるように噂を全否定する。突き放すような物言いは物議を呼び、これで噂好きの生徒たちは一気に恵莉子擁護派に回った。自分が悪者になっても相手を守る「泣いた赤鬼」状態である。そして発言の先を見通して行動する、ということが彼の成長のように感じる。
露悪的な言動をした要は精神的負荷がかかり、彼はバーチャル世界への帰還を切望する。
だが要の感情や行動の意味を知っている近江は、きちんと恵莉子に向き合うことを促す。そして恵莉子も要の様子が気になり、彼と話が出来るように授業を休んで傍にいることを選ぶ。そこで遠回りしながらも恵莉子は要に一番 伝えたい感謝の言葉を言う。恵莉子にも要が自分を助けるために意図的な発言をしたのだということは分かっていた。
こうして自分の真意が伝わったことに要は満たされる。これまで人を傷つけることばかり言うことはあっても、要が人を守り、救うことはなかった。恵莉子のためにした行動は確かに彼女に伝わった。その充足感を恵莉子は要に最初に教えてくれた。
そして自分に背中を向けている彼女に気持ちを伝える。その際の要の言葉は恵莉子にとっても、価値のない自分の、声にならない妄想を叫んでくれた「エリー」という人格の全肯定に思えたのではないか。そして その満たされた恵莉子の顔を見て、自分のことを肯定できるようになったのではないか。
最後に フラれても、彼女にとって自分に「役割」がなくても話しかけても いいことを学んだ要は最後に自分のSNS上の役割を話す。1話からあった伏線が ここにきて回収される。壮大なドッキリだったなぁ。
近江にとって この件は恵莉子の魅力は伝わる人には伝わるという事例となった。
だから彼は これまで以上に素直な言葉を伝えるし、全部が欲しいと この先の欲望も話すようになる。ただし全部、恵莉子がイヤホンをしていて聞こえないと思ったから言えた言葉。しかし恵莉子の耳は近江の欲望を全て聞いていた。寝ている恵莉子にしたことに続いて近江の秘密の行動が恵莉子に筒抜けなのが笑える。二重に恥ずかしい思いをするぐらいなら、もう恵莉子に正面から伝えた方がいい、と近江は学んだかもしれない。
そうして2人は一歩進んだキスをする。近江の特別の証であり、彼の欲望の一つの表現なのだろう。そして恵莉子も近江も その先を考えている。少女漫画的性描写は何の参考にもならないことに言及した本書では どうなっちゃうんでしょう。