《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

恋愛面でも生活面でもヒロインが甘やかされる、苦労の裏の成長のない世界 完結。

ビーナスは片想い 12 (花とゆめコミックス)
なかじ 有紀(なかじ ゆき)
ビーナスは片想い(ビーナスはかたおもい)
第12巻評価:★★☆(5点)
 総合評価:★★☆(5点)
 

ようやく結ばれた紗菜と英知!幸せいっぱいの紗菜だが、近頃元気の無い陽奈子の事が気がかりで…。卒業間近で揺れ動く、それぞれの想いは――由樹&洵(まこと)の恋の行方を追った特別編も併録!

簡潔完結感想文

  • 恋愛の揉め事は割愛するから、すれ違いも お別れ危機も すぐに解決しちゃう。
  • モラトリアム漫画はモラトリアムのまま終わる。ラストシーンも微妙な選択。
  • 残された最後の「片想い」が成就して真のハッピーエンドに。内容は既視感。

和ではあるが、平凡でもある 最終12巻。

中高生読者からすれば、本書の憧れの大学生活と恋愛模様を味わえただろう。だが徹底的にキャラから苦しみや悲しみを取り除く作者の過保護のせいで、ヒロインの紗菜(すずな)は現実に直面することなく、夢の中で生きているような状態で物語は終わった。若い読者は これからの自分の人生の参考に この大学生活を見守ったと思うが、いよいよモラトリアムが終わる大学生活の最後の、希望が通らないことや、社会から容赦なく評価される、そんな現実を突きつけられるヒリヒリとした感情や焦燥、不安などは全く描かれないので その辺は少しも参考にならない。

結果的に紗菜は卒業後も定時に働くような状況でなく、そして英知(えいち)も大学院に入り学生生活を延長させている。同級生も後輩も自分の足で立とうとしている中で、彼ら2人だけが現状維持しているような状況だ。これは大学在学中からデビューを果たした作者には就職は無縁の世界だからなのだろうか。
連載中、大学生活の4年間を描き切れるという見通しが立ったのなら もう一歩、大学卒業の意味や重みなどに踏み込んで欲しかった。これでは作者がヒロインを過保護に甘やかしすぎた結果、自力で立てない人になってしまったみたいである。


品は社会の厳しさは描かないが、恋愛的には甘い状況を作るために、最後に4年間 隣人だった2人は1つの部屋での同棲を選択する。それは2人が家族となるための一歩なのかもしれないが、紗菜の父親などは、安定収入のない未熟な2人が同棲するなんて、と渋い顔をするだろう。私も同じ顔をした。

新しい住まいも英知に用意してもらって、紗菜は彼の提案を受け入れるだけの楽な人生に見えてしまう。
特に、友人の陽奈子(ひなこ)が恋人と離れ離れになることを選んでも、まずは自分で働き、その先に恋人との生活を掴もうとするから、その比較で どうしても紗菜の考えが甘いように感じられる。
4年間という時間があったのだから、もう少し作者は紗菜を成長させられなかったのか、と ヘラヘラと笑うばかりの紗菜を見て思ってしまう。紗菜が将来図を描けないなら、作者が事前に準備してあげるべきだったのに、4年生の夏になって卒業後の道を描くのは遅すぎた。結果的に紗菜が中途半端な状態で卒業してしまった。

紗菜の お仕事は、苦しみや不安を優しく包み込むヒロインの特別職。だから現実的な職業など不要!

して私がもっとも残念に思ったのは、ラストシーン。作者は幸せの究極の形である結婚式をラストに持ってきたが、当人たちのではなく、物語で放置されていた状態だった陽奈子のもので、あまり感動がない。そもそも紗菜と陽奈子の友情エピソードも最初だけで、途中から紗菜はイケメンに囲まれて生活しているだけなのだ。

せっかく大学の入学から始まった4年間を描いたのだから、大学の卒業式も ちゃんと描いて、そこで幕を下ろして欲しかった。中学・高校の卒業式と違って卒業式自体で感動する場面はないかもしれないが、学内を思い出巡りしたり、同級生で語らい合ったりは出来たはず。当初は紗菜にとっても英知にとっても重要人物だった深見(ふかみ)など一言の台詞もない。英知を好きになったら深見の存在を抹消してしまい、英知の お陰で将来の選択が出来た、という紗菜の嫌な英知への依存が見える。

物語は同級生の男女5人の群像劇化と思いきや、幸せになった人から順に出番が減らされる。深見を巡る序盤の三角関係は秀逸だったが、それ以降、良かった点が減っていったような気がする。中盤以降は あまりにも紗菜と恋愛に焦点を合わせすぎて、当初 感じられた大学生活も遠ざかった。本当に4年間、お金と時間に不自由なく遊び通した作品だった。そして繰り返しになるが、大人になり切れないまま終わった。

全体的に寝る前に読んだら良い夢を見られそうな、嫌な部分がない作品だが、平和すぎて印象に残らない作品でもある。話の引き出しも少ないように思え、息子の進路に反対する父親が息子の活躍する場を見る英知の一家と由樹の一家の話は重複する部分が多すぎる。終盤の海人(かいと)と愛(めぐむ)という2人の男の子の話も酷似していた。私にとって作者が特別な作家になることはないのかな、と思う作品となった。


めて一夜を共にした2人。
その翌日が紗菜の保育園ボランティア最終日(それを やり遂げてからの一夜でも良かったのでは…?)。紗菜は、同じく学生ボランティアの鮫島(さめじま)に憎まれ口を叩かれながらも彼との関係を良好に築いていた。作中で指摘のある通り、年下の鮫島は由樹に似た立ち位置である。もし もう少し一緒にいたら きっと鮫島は由樹の二の舞になっていただろう。危うく内容が重複するところだった。

最終日は英知が保育園に迎えに来てくれて、それとなく保育士たちに彼氏自慢をする紗菜(笑)
ここで紗菜が思う、英知がいたから踏み出せた、というのは いまいち実感に欠ける話である。いやいや、その前から陽奈子などは実社会に出る準備を重ねていたのに、紗菜は見て見ぬふりをしていたじゃないか、と言いたくなる。


明けには、2人は同じベッドで寝起きするようになっていた。

いつの間にかに卒業論文も書き終わり、紗菜の大学生活も最終盤となる。そして卒業と同時に今のアパートは出なくてはならない。紗菜は収入源が怪しいのに、英知の実家の近くなど彼の新しい住まいの近くに引っ越そうと計画中。基本的に ふわふわした お話だが、経済面も あまりシビアに描かれていない(一応、年明けから同じ保育園でバイト生活をしているらしいが)。紗菜は父親に頭を1回下げただけで保育士資格を取れるまでの家賃援助などが約束されているのだろうか。保育士という目標に文句はないが、それを4年以内で収めろよ、と紗菜の甘さには幻滅させられる。

卒論の提出時に陽奈子に会うが、なんと結婚を約束していた陽奈子は講師の保刈(ほかり)と別れたという…。

その話を聞くのは公園。英知の部屋で鍋パーティーをしていたから、紗菜は自分の部屋が空いているのに、わざわざ雪の舞う日に公園で話を聞く。
保刈は東京の大学から専任講師の誘いがあったのだが、陽奈子と遠距離になるのが嫌で断ることを考え、関西圏内での働き口に限定しようとしていた。だから陽奈子は自分が保刈についていこうとしたのだが、今度は保刈から決まった就職先を蹴ることのないように諭された。

お互いの夢を大事にして欲しいから上手くいかない2人。その話を紗菜は根拠のない「大丈夫」という言葉でまとめる。洗練された陽奈子にとって紗菜は相談相手としては力不足なのではないかと思う。そもそも2人は仲が良さそうに見えないし…。

次に陽奈子と会った時、彼女の左手の薬指には指輪が輝いていた。陽奈子は遠距離を選び、そして自分が彼に追いつけるように東京本社での勤務を目標とする。陽奈子が自立し過ぎて、紗菜が子どもに見える弊害が生まれている。


語の最後を第三者恋愛模様で締める訳にもいかないので、紗菜と英知も すれ違いの日々が起こる。

英知が夜な夜な紗菜に内緒で出掛けているのだ。彼が何をしているのかを知るのは由樹。英知が駐車場の誘導員をしているところに由樹が遭遇し、それを由樹が紗菜に伝えた。SNSよりも早い ご近所ネットワークである。

英知は引っ越し資金のために働いていた。それを知った紗菜は慌てて自分も新居を考える。紗菜は就職の時と同じく、最後まで動かないし情報収集をしていない。行き当たりばったりの人生である。

卒業の迫る2月、英知に呼び出された紗菜は英知の新居の場所を聞き出そうとするが、英知から早めのプレゼントが渡される。それは家の鍵。英知は紗菜と一緒に住むアパートを契約していた。そうして長らく隣人であった2人は同じ家に住むことになる。まぁ 交際前から半同棲生活みたいなもんだったけどね…。

ラストは卒業式ではなく4月の陽奈子と保刈の結婚式シーンで終わる。彼らの4年間は誰もが幸せになる4年間であった。紗菜たちに出来ることは せいぜい同棲で、さすがに2人とも無職状態では結婚は出来なかったか。他人の幸せな場面を拝借して、自分たちも これから2人で同じ道を歩んで行くことを暗示させる。


「オレオ!」…
新年度になり、紗菜たちが大学を卒業した後の お話。
由樹はモデル業が忙しくなり、ステップアップのために大学を休学することを考えていたが父親の反対にあう。その話を聞いた洵(まこと)は長年 片想いをしてきた由樹と離れる寂しさもあるが、それ以上に由樹の活躍を応援する。

父親の お仕事は子供の進路に取り敢えず反対すること。その後 一転して承服すること。

由樹が出演するショーに彼の家族が全員 観覧に来る。由樹の父親は初登場で当然のように若い。実際に息子の活躍を その目で見て、そして由樹の大学は ちゃんと卒業するという言葉を聞いて、父親は息子の海外への挑戦を認める。基本的に英知の弟・知巳(ともき)と同じ内容である(『8巻』)。別れても あっという間に復縁するし、問題は すぐに解決する。
英知の父、紗菜の父、由樹の父と登場する3人の父親は子供の進路に反対をする。母親は物分かりが良く 子供から慕われる一方、父親は頑固であるという画一的な家族像は作者の実体験でも元になっているのだろうか。父親という存在への恨みが見える気がする。

出発の際、見送りに来た洵に由樹はキスをする。それは彼女の「片想い」を由樹が受け入れた証明であった。こうして番外編で全ての片想いは両想いへと昇華していく。

その後、洵はバレーボールの日本代表になり、パリ遠征の際に由樹が出演するショーに花束を抱えて祝福をするのだった。本書で一番の有名人カップルは この2人となった。黒髪で混同されがちだった深見など何者にもなれずに(就職先など不明)、雑魚扱いである…。