《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

恋愛成就から一番遠い 同性愛者的な男性たちをも魅了するヒロイン、という自己満足。

ビーナスは片想い 6 (花とゆめコミックス)
なかじ 有紀(なかじ ゆき)
ビーナスは片想い(ビーナスはかたおもい)
第06巻評価:★★(4点)
 総合評価:★★☆(5点)
 

お互いが気になりながらも、告白はまだの紗菜と英知。そんなある日、お花見で水に落ちた紗菜に、由樹が自分の服を脱いで紗菜に貸していた。そんな由樹の紗菜に対する気持ちに気づいてしまった英知は…!?

簡潔完結感想文

  • いよいよ一般的な男2女1の三角関係になるが、感情の変遷と理由が分からない。
  • 大学生活は暇なので、物語に動きを出すために登場人物の親族を総動員する。
  • 男が弱った時を見定めて、抱きしめ甘えさせるヒロインの必殺テクニック炸裂。

女漫画と白泉社の王道パターンへと劣化していく 6巻。

この『6巻』でヒロイン・紗菜(すずな)にとって男性ライバルだった由樹(ゆき)が当て馬へと その立場を変えていく。これによって男2女1の三角関係は、一般的な少女漫画のように2人の魅力的な男性が冴えないヒロインを奪い合うという展開へと構図を変えていく。

本書で2回目の三角関係はヒロインが無自覚なまま男性たちが争う、王道であり夢の展開。

多くの読者にとって これは心待ちにしていた展開かもしれない。由樹の、ハーフでモデルという設定は後発の遅れを取り戻すためにあることも分かってくる。紗菜は一途に英知(えいち)を思いながらも、彼女の与り知らないところで英知と由樹は静かに火花を散らしている。こうして どちらの男性も選ばないという優柔不断から脱しつつ、紗菜は無自覚にモテモテヒロインになっていく。紗菜や英知が恋の決定打を なぜか打たないのだが、新しい三角関係が読者の承認欲求を満たすので、現状の維持が最優先課題となる。

しかし作者も恋愛を動かさないまま物語に変化をつけるために工夫をしている。それが少女漫画(特に白泉社)でよくある親族の総動員である。今回は英知の弟や友人・陽奈子(ひなこ)の祖母、そして由樹の家族を動員することで、新しい展開を用意している。恋愛は なぜか一歩も動かないが、読者を退屈させない作者の心意気は感じられる。


そらく本書において、当初 英知が深見(ふかみ)に対して同性愛的な好意を抱いていたのは、英知が本当はヒーローだとは思わせないための目隠しであった。深見への恋が上手くいかないこと、そして徐々に英知への特別な想いが紗菜に湧いてくるのは読者にとって意外な展開であった。

そして深見への静かな失恋を正面から受け止めた英知が紗菜に特別な感情を抱くのは よく分かる。おそらく英知は深見を同性だからではなく、人として好きになったのだろうし、今度はそれが紗菜に適用されるのも理解できる。

ただ問題は由樹でも同じことを繰り返したことである。なぜ由樹も英知と同じように同性愛的な感情を男性に抱いたのか、同じ作品で同じ展開を繰り返したのか首を傾げるばかりである。

もし由樹の英知への想いが本物で永続的なものであったのなら、その意味は理解できる。英知は大雑把に言えばバイセクシャルの素養があって、人として好きになれば その人の性別は関係がない人であるならば、異性である紗菜と、同性である由樹を配置するのは意味がある。英知にとって相手が同性であることが障害にならないのなら、紗菜は時に由樹に傾きそうになる英知の気持ちを 自分に振り向かせるために一層の努力をする必要がある。そういうヒーローが優柔不断で、違う人(しかも男性)に惹かれるという展開なら、由樹を英知と同じ立場に立たせる意味は十分に理解できる。


かし結局 今回のような話の流れになった時、一番に理解できないのが由樹の気持ちの流れである。

由樹が英知に一目惚れしてキスをした後に、人として英知に惹かれていくのは よく分かる。だが そこから英知への気持ちより紗菜への気持ちが強くなっていく過程と理由が分からない。私には人としての紗菜の魅力が いまいち理解できない。特に由樹が登場する2年生以降の紗菜は精神年齢が幼く、英知には気軽なスキンシップをして、由樹には いつも口喧嘩をしているような人なのだ。

そんな彼女を、由樹が英知よりも魅力的に感じる という点に疑問を持った。由樹に同性愛的な指向が一切 描かれていなければ、喧嘩友達だった紗菜が一番近しい人だと気づいた、という流れで好きになるのは理解できるが、英知に幻滅したり失恋することなく、紗菜に気持ちが傾くのは理解が難しかった。性別を考慮しなかった時、人間的な魅力は英知 > 紗菜 としか思えない。


局、作品は由樹を英知と同じく異性愛者として目覚めさせる。ここが私には理解できなかった。

どうやら本書において同性愛的な指向というのは、彼女がいる人を好きになるように、恋愛成就が一番遠いという盲点として英知や由樹の同性隊的な感情を使っているようだ。ちなみに本書には完璧な同性愛者はいない。物語の最後に出てくる明らかにゲイであろうデザイナーも作者の中ではバイセクシャルという設定になっている。作者の中でバイセクシャルは性別ではなく「人」として その人を愛せる都合の良い指向なのだろうが、LGBTQの人々を少女漫画的に便利に利用している印象が否めない。

当初は女性であるからヒロイン・紗菜に1ミリも興味のなかった魅力的な男性2人が、どちらもヒロインの魅力に気づいて、そして奪い合うなんて夢のような話じゃない? という読者を満足させるために同性愛的な感情が利用されているように思えた。同性愛的要素は作者にとって奇抜さの象徴であり、読者を食いつかせる餌でしかないように感じられた。そこが浅はかに思う。

少なくとも由樹は英知を好きなままでいた方が良かったのではないか。同じ過程を経て2人の男性がヒロインを好きになって何を表したかったのか私には理解しがたい。


菜たちも大学3年生になり、サークル活動ではメインの代となる。

この頃は英知と由樹が紗菜を巡って鍔(つば)迫り合いをして、紗菜は無自覚にモテモテヒロインに収まっていく。読者としては楽しい三角関係が成立したが、作品にとって三角関係維持が目的となり、紗菜に序盤のような自発的な動きが見られないのは残念である。

お花見回では川に落ちて下着が透けてしまった紗菜を助けるために自分の服を提供した由樹。まだ温かいとは言えない空気の下を裸で過ごした由樹は風邪を引いてしまう。ここから由樹の風邪回になるが、本書は主要キャラが1回は風邪を引いているなぁ。1年に1回ぐらい熱を出すこともあるだろうから作中の経過時間を考えると妥当な回数だが、作品としては6巻で3回目(紗菜・英知・由樹)の風邪回で頻度が高いように思う。
自分のドジから始まったことなので責任を感じる紗菜は見舞いに行くが、そこに英知が現れ、三角関係の構図となる。紗菜の過剰なスキンシップ、男性への部屋への侵入への警戒心の無さなど、彼女を嫌いになる要素だけが増殖していく。


樹は すぐに復活し、サークルで英知と紗菜を賭けた勝負を挑む。もちろん紗菜は自分が賭けの対象であることを知らない。こうして三角関係は成立したが、それによって物語が固定化されるという副作用も出ている。

大学生活は暇で変化に乏しいので、新しい生活を踏み出した英知の弟・知巳(ともき)を利用した合コン回が始まる。知巳の友達の懇願によって、女子大生と男子専門学生の合コンが開催される。

無防備な紗菜が心配で見守る英知。それを知ったのなら英知は行くなとか、告白するとか色々 とれる手段はあるだろうに、彼は紗菜のナイトであり続ける。バレンタイン回での深夜のコンビニバイト(『5巻』)といい、こうやって愛されていることを実感できれば読者は それで満足するのだろうか。


誌掲載時の季節に近づけるためか早くも夏休みに突入し、紗菜は、人手不足の陽奈子の祖母の旅館で仲居をすることになる。バイトに行くことは留守の英知の家にメモで残したが、行き先を伝えず、携帯電話も忘れたため、長らく2人は連絡が取れない状態となり、プチ遠距離状態に突入する。

そんな時、モデルの仕事で由樹が この旅館に宿泊して、由樹は英知より紗菜を独占できる数少ない機会だったのだが、人手不足が解消され、紗菜は お役御免となる。そんな時に陽奈子は英知に連絡し、紗菜の居場所を明かす。

夏祭りが開催される日、紗菜は一直線に英知に会いに帰ろうとしたが、英知が深見の運転で旅館に現れた。思わぬ再開に抱きつく紗菜。相変わらずスキンシップが過剰である。

同じ大学の5人組で夏祭りを回ることになり、途中で鼻緒が切れた紗菜を英知が抱えて、大学3年生の夏休みは終わる。大学生活も折り返しに入ったというのに、恋愛を急がない彼らの様子にリアリティは薄れる。衝動的な想いがないので、それほど好きじゃないんじゃないの?と その恋心を疑ってしまう。


時収入が入り、英知に御馳走を作ろうと考えた紗菜は高級スーパーで由樹の妹と そして彼女の母親=由樹の母親に会う。紗菜が娘を助けたことと、息子の彼女だと信じ込まされ、母親は紗菜を自宅に招待する。そこに由樹も帰宅し、紗菜は大学周辺では見られない、息子や兄としての由樹の顔を見る。

だが後日、由樹と一緒にいる際に彼の母親が事故に遭ったことを聞き、紗菜も一緒に病院に向かう。そこで由樹の不安を感じ取った紗菜は彼を抱きしめる。弱っている男性に手を差し伸べるのは紗菜の男性を落とすテクニックである。嫌なものの見方だが、英知の時は姉の死を、今回は由樹の不安を感じ取って抱擁すれば男性は好意を抱くというのは あまりにもワンパターンだと思わざるを得ない。

男性のトラウマ・不安の払拭がヒロインの役目。これだけ出来れば幼稚園児並みの精神でも務まる。

結局、由樹の母親はドジを踏んだだけで、この事故騒動は由樹の恋心を強くするだけに使われる。英知の姉の死も同じ理由でしかなく、同性への感情を含め、物語のために利用している感じが、酷く自己中心的に思えて 好きになれない。もう少し作者は広い視野と世界観、公平性を持っていると思ったが、どこまでもヒロインのための物語で辟易とした。