なかじ 有紀(なかじ ゆき)
ビーナスは片想い(ビーナスはかたおもい)
第05巻評価:★★☆(5点)
総合評価:★★☆(5点)
クリスマス・キス以来お互いが気になる紗菜と英知。一方、英知ラブの由樹にも微妙な変化が…。そんなある日、「パンダが見たい」という紗菜を動物園に誘った英知は!?
簡潔完結感想文
- ヒロインに得のない三角関係から得のある三角関係への移行期間で何も起きない。
- 冬の恋愛イベント・クリスマスもバレンタインも現状維持が最優先という虚無。
- パンダを見たい彼女のために動物園に、イルカを見せたい彼のために水族館に。
2年生の間は何も起こさない という鉄の意思を感じる 5巻。
何度も抱きついたり抱き合ったり、2回目のキスをしたりするが何も起きない『5巻』。作者としてみれば自分の考えた この後の構想のために2人が交際を始めてはダメなのだろうが、そこまで作品に熱量を持たない私からしてみれば なぜ交際しないのかが不思議でならない。
連載開始当初は、大学生ヒロインということもあり もう少し精神年齢が高かったように思うが、ヒロイン・紗菜(すずな)を男性たちからの好意に気づかせないようにするためか、どんどんと幼くなってきている。紗菜は英知(えいち)や由樹(ゆき)と無邪気に じゃれているようにしか見えなくなって、幼稚園児の恋と大差ないように感じられる。そうしないと この後の展開で紗菜が無自覚ヒロインで いられないからだろうか。大学生という設定が恋の内容に全く反映されていない。
そして最初の2巻ちょっとで それぞれの恋心に決着をつけた紗菜と英知なのに、それと同じだけの巻数を消費しても次の恋に動かないことには辟易とさせられた。上述の通り、2人が動かないのは今後の展開のため、すなわち由樹の心変わり待ちの状態であるのは分かる。でも2人の心情的には由樹に想い人(英知または紗菜)を取られるかもしれない焦りもあるのだから、動くべきなのである。実際、深見(ふかみ)の時は彼に特別な女性が現れた際に行動をするか否かの選択を迫られている。1回目の恋で出来ていたことが、2回目で出来ないことに対して理由もないのが気になる。
また今回、紗菜が深見への恋心や失恋を抹消するような発言をしているのも大いに引っかかった。
紗菜は由樹に対して、英知への想いを「こんな風に誰かを想ったこと はじめてなんだ」と告げたが、これは作品的に英知と「同士」になった序盤を無視しているようで腹が立つ。あの過程があるから今があるのに、今の純度を上げるために過去を改変している作者に失望した。ヒロインを とにかく可愛く描きたいという作者の欲望が最優先になっている気がした。
作中で寒くなってきたので鍋パーティーを開催。久々に深見と その彼女・穂花(ほのか)も参戦する。かつては恋のライバルであっても全く後腐れがないのが作者の作風である。
そんな中、英知は商店街の福引でビールか動物園の招待券かを選ぶ機会を得る。ビールは私欲、動物園は紗菜のためという選択肢だが、英知は後者を選ぶ。
動物園での2人は まるでデートである。本書では主に舞台となる神戸の実在の場所を巡る描写が挿まれており、それがリアリティになるのだが取材の成果を描くためなのか いつも描写が無駄に長いように感じられる。ネットが未発達の時代では観光ガイド的な意味もあったのだろう。
動物園に併設された遊園地も巡り、最後に観覧車に乗る少女漫画お決まりのコースとなる。そこで英知が亡き姉・静(しずか)の思い出を想起し、英知の淋しさを思い、紗菜は彼を抱きしめる(というか彼の膝に跨っている…)。
そんな紗菜の優しさに触れ、英知はクリスマス以来のキスを交わす。だが2人の関係は動かない。この辺から、両想いにはならないが両片想いの幸せを最後にポエムを添えるという読者にとっては ありがた迷惑な お約束が完成する。
英知の姉の静の死去も、結局 紗菜が聖女っぽくみえる演出に利用されているのも気になる。1回分の内容はないし、新展開も乏しいし、完全に既存の読者に甘えた展開に思える。これは良くも悪くも読者の判断が早く、さっさと見切られる2020年代では ありえない ゆったり感である。
そして2度目のクリスマス。英知は今年も おもちゃ屋で紗菜とバイトをしようと考えていたが、そこに由樹がバイトの応募に来て、彼と過ごすことになる。
労働に励む英知のために紗菜は おでんを作る。料理の腕は あまり上がっていないようだが、1人暮らしも1年半以上が経ち、最初の お弁当の日々から徐々に手作りの頻度が上がっている気がする。その変化の描写は良い。
だが寒空の下、おもちゃを売っていた英知は風邪を引いてしまう。彼をアパートに連れ帰った由樹に助けを求められ紗菜は2人で並んで看病する。眠る英知の横で紗菜は由樹に対して自分の英知への気持ちを伝える。それだけ伝えて紗菜は眠ってしまう。彼女に寄りかかられ由樹は顔を赤くするのであった
看病の甲斐あって翌朝には英知の熱は下がるが、大事をとってバイトには紗菜が代理として向かう。由樹はイヴには英知と、クリスマスには紗菜と憎からず思っている人の隣でクリスマスを過ごしたことになる。この年一番 得をしているのは由樹かもしれない。
バイト帰りの紗菜を英知は家を飛び出して迎える。そこで英知の回復を見た紗菜は彼に抱きつき、2人は抱き合う。…が、何も起きない。1年目はクリスマスが大きな転換点となったが、2年目は何も起きなかった。
続いてはバレンタイン回。紗菜は英知にあげようと自作を試みるが、英知が虫歯治療をしていることを知り、路線を変更する。彼女が考案したのは電動歯ブラシのプレゼント。だが 良いお値段がするのでバイトに励む。
そんな紗菜がバイトをするコンビニ店に由樹が来店するのだが、この時 彼が成人雑誌的な物を買っているのが気になる。性的指向はマジョリティで、英知への感情だけが彼の中でもイレギュラーなものなのか。
この後の展開も含め、作者は どうして由樹に英知に恋をさせたのか、どうして2度も同性愛的な感情を作品に持ち込んだのか、など作者の中での設定がどうなっているのかが全く分からなくなって、腹が立ってくる部分である。人間的に魅力があれば性別は関係ないという大らかな人たちなのかもしれないが、いかにも耽美に溺れる お花畑な頭のようにも見える。
英知には内緒なので2人は すれ違い生活となるはずだったが、英知はバイトしている紗菜を見てしまい、そこから彼女に内緒で夜間の見守りを開始する。
英知たち考古学専攻の学生は また岡山の遺跡での発掘調査をしているらしく、紗菜も事あるごとに差し入れをする。もう完全に公認カップルだと思うが、誰にも冷やかされたりはしない。
ある日、紗菜は由樹と道で会い、近道をしようと山の中に入るが、少女漫画の山は遭難するが鉄則である。2人で穴に落ちて、連絡手段もないので膝を抱えるしかない。由樹は紗菜のために自分の上着を脱ぎ、紗菜に渡す。口では仲違いしながらも、結局 優しいツンデレ男といったところか。
それに感謝し、紗菜は由樹の腕を取り彼を温めようとする。それに赤面する由樹。確かに紗菜の行動は 由樹の二の腕に自分の胸を押し当てているだけにも見えるし…。
紗菜が現場に来ないことを不審に思った英知によって発見され、周囲に大きな迷惑をかけて彼らは救出される。謝罪の場面もなく、ただ英知の胸で泣く紗菜は悪い意味でヒロインだと思った。一応、次の回で担当教官からは こっぴどく叱られる場面はあるが。
その事件の後も英知の紗菜の見守りサービスは続き、バレンタイン当日となる。2人は一緒に夕食を食べる約束をし、その後 電動歯ブラシとチョコを渡して終わる。ここも絶好の告白のチャンスで、告白しない理由が見当たらないのだが告白しない。
そして何も起きないまま春休みになる。一つ変わっているのは由樹の心。段々と紗菜への気持ちが明確になっていく。ヒロインが素敵な2人の男性に奪われる未来のために、今 何も起きないことを我慢するしかない。
また新年度を前の変化として英知の弟・知巳(ともき)が春から美容師の専門学校に進むことになった。これも変わらない中での変化であろう。
そして3月31日の英知の誕生日に紗菜は かつて英知が遠足で行った水族館でイルカにキスをしたことを知って、彼と一緒に水族館に向かう。20歳になった英知は紗菜のアシストで再びイルカにキスをしてもらう。その後、英知は紗菜にイルカにしてもらったように頬にキスをする。
帰り道、英知は紗菜に想いを伝えようとするが、紗菜は寝てしまった。大事な時にすぐ寝ちゃうのも少女漫画ヒロインに必須のスキルである。
それにしても1年前のクリスマスにあった2人の勇気や覚悟は どこに消えてしまったのだろうか。色々な面で成長より退化を感じる。