野切 耀子(のぎり ようこ)
甘くない彼らの日常は。(あまくないかれらのにちじょうは。)
第05巻評価:★★☆(5点)
総合評価:★★☆(5点)
嬉しくて涙が出るって はじめて知った。一条礼、家入雪之丞、そして五嶋千尋の 問題児3人組のお世話係をしている女子高生の七海緑。何かと自分を助けてくれる礼への恋心を自覚した緑は夏休みの泊りがけのバイトで礼と急接近! 夏休みが終わり、文化祭を迎えるなかで雪之丞にも気持ちの変化が…。そんななか、文化祭で起こったトラブルで礼たちを緑が体を張って守って!? 問題児だった礼と緑の恋が大きく動くドキドキスクールデイズ第5巻!
簡潔完結感想文
嫉妬や叱責で以前のバージョンに すぐ戻ってしまうヒーロー、の 5巻。
少女漫画においてヒーローの母親は簡単に殺されがちである。大雑把に言えば彼にとって大事な女性を この世でヒロインただ一人にするために存在が消されてしまうのだろう。だから死別・離婚・別居、理由は色々あるが母という存在は作品内にはことが多く、そうしてヒロインが聖母の地位を簡単に手に入れやすくなる。これによってヒーローを最も愛する女性もヒロインだけになり、絶対的な愛が完成する。母親が存在するとヒーローを一番 愛し、そしてヒーローに一番 愛された女性が誰なのかが不明確になってしまうのだろう。
本書も そのパターンを踏襲している。母がいないと どうなるか。そこで出てくるのがババアである。ヒロインが母親と対決する作品は多くはないが、祖母と対決する作品は少なくない印象だ。本書と同じように御曹司系ヒーローが出てくる白泉社系はラスボス的位置に祖母を配置している。
今回、本書は交際後すぐに それまで無視していた家柄の格差を議題に上げる。幸福な期間は恐ろしく短かった。この展開は南塔子さん『ReReハロ』を連想した。あちらの作品ではジジイが出しゃばっているけれど。そして御曹司問題を中途半端に処理するのは残念ながら2作品の共通点のような気がした。
本当の御曹司や財閥の実態を知っている人なんて世の中に ほとんどいないから、少女漫画の財閥のジジババは大体 同じようなことを言う。本書のババア こと 礼(れい)の祖母も同じ。どこかで聞いたことのあるセリフを言うので、全く重みが感じられない。財閥や御曹司というという設定は使いたいのだけど、その後 リアルな描写が出来なくて自家中毒に苦しめられるのは こういう話の お約束である。特に本書は千尋(ちひろ)のヤクザ設定に続いて その家柄が欲しかっただけで、その内情なんて作者は真面目に考えていない。作品内では家柄だけで人を見る人がいることが悲しい現実だと描かれているが、皮肉にも本書こそが家柄を利用している。
面白かったのは、ヒーロー・礼が家柄以外 何も持たないという点を炙り出したことである。加えて彼は自分というものを持たないということも分かった。
今回、礼の祖母は礼に何も持っていないと指摘する。でも高校1年生なら当然ではないか。少女漫画で こういうことを言うのはマナー違反かもしれないが、この世の中で16歳で何かを成し遂げた人間は どれだけいるというのか。いてもスポーツ界ぐらいじゃないだろうか。祖母は16歳の孫に何を期待しているのだろうか。起業でもしろって言うのだろうか。彼女の思考も分からないし、その批判を甘んじて受け入れてしまう礼も分からない。
どうやら礼の両親、つまり祖母にとって子供夫婦は学生時代から交際して そのまま祖母の反対を押し切りゴールインしたようだ。けれど庶民の出であった礼の母親は苦労して、そして早くに亡くなった。その「失敗」を再現しないために祖母は交際まもない若いカップルの妨害行為に出た。
でも庶民が通うような学校に通学することは黙認した祖母が、孫の恋愛に口を出すのも おかしな話に思える。嫁の身分を気にする前に、まず本人に世間に胸を張れるような経歴を飾り立てるのが先だろう。財閥・一条(いちじょう)家は これまで礼を放任していたように見えるから急な方針転換が作為的に映る。全ては すれ違いのためである。もうちょっと幸せな描写を続けることは出来なかったのだろうか。イベント尽くしの本書は息つく暇なく物語が動き続けて せわしない。充実した日々の後の暗転が対比になるのに。
ただ祖母の一貫性のない方針に論理的に反論できないのが礼という人間である。この時点で上に立つ器ではないような気がする…。
礼は結局、まだ自分が固まり切っていない。自分と友達の3人だけの世界で生きてきて、気に入らなければ家を出ていくし、学校も不登校になるという態度で自分の意思を示してきた。その狭い世界で自意識だけを育て、やがて高慢な人間になっていった。
それを矯正してくれたのが母の代わりに自分を叱ってくれた聖母・緑(みどり)。彼は彼女に褒められたくて生き方を変えた。未熟な自分のことを決して責めずに、良い所だけを見つけてくれた彼女に惹かれ、そして交際が始まった。
そんな全肯定ヒロインと真逆にいるのが全否定ババアこと祖母である。礼は自分が何者でもないから相手の言い分がストレートに胸を打つようだ。それは洗脳に近い。緑が褒めてくれれば自分は優しい人間なんだと自信が持てた。いつだって緑の言葉は空虚な自分を埋めてくれる存在だったから大切に思い始めた。
緑が聖母ならば、祖母は毒親だろう。緑の姿が見えない場所で祖母の声だけを聞いていたら 礼はすっかり自信を失った。せっかく大きくなった自己肯定感は萎(しぼ)んでしまい、自分には何もないのだと彼女を守る気力すら失ったようだ。
これまでも千尋(ちひろ)への嫉妬心などから「優しさ」を一時なくしたことのある礼。自分の都合の悪い現実を見ると すぐに機嫌が悪くなり緑に当たってしまった。今回も自信喪失から彼女から逃避したように見える。三つ子の魂百まで。礼は ずっと強いままでは いられないみたい。
そこに失望しつつも、彼がまだ高校1年生であることを思い出す。祖母のように彼が何も持たないと決めつけるのは まだ早い。これまでに高慢な自分を反省したように、臆病な自分を反省する日も来るだろう。そこに期待しよう。
3人の活躍もあり文化祭は成功裏に終わる。緑は中断された告白の機運を自分で盛り上げ、礼を話があると呼び出す。どうでも いいけど この時、緑の単独行動をしやすくするためか、形式的な友人たち2人もまた恋に生きる。どうも この3人は3人とも女性同士の友情に薄情なところがあるなぁ…。あと文化祭が終わったら その日のうちに片づけが始まり、そして後夜祭があるってのもスケジュールがタイトすぎるやしないだろうか。緑が教室に礼を呼び出した時には もう元通りだし。
緑が礼に言葉を紡ぐ前に、礼から話があると言われる。ここで彼は『3巻』の花火大会などと同じように緑への感謝を口にする。この会話のラリーと内容は その時と ほぼ同じ。それしか互いを褒めることがないのか、と思ってしまう。
その褒め合いの後、礼は緑に告白する。ここは緑から告白して欲しかった気もするが、これにて めでたく両想いが成立。その様子を、緑に好意を抱いていた千尋(ちひろ)と雪之丞(ゆきのじょう)は廊下から見ていた。この2人は告白する前に全てが終わってしまった。でも千尋は けり がついているけど、彼らの中で一番こじらせている雪之丞が不完全燃焼だと さらに燻(くすぶ)るような気がしてならない。
2人の恋愛の接近は、3人の友情の崩壊の序曲になってしまうのか。次回から『サークルクラッシャー・緑』が開幕か!?
初デートは動物園となる。
どうやら2人が交際してもデートをしても千尋も雪之丞も波風は立てないらしい。これまで通り女1男3の仲良しグループが存続されるようだ。つくづくヒロインにとって都合の良い漫画である。
この動物園は存命中の母と いつもの3人で来たことがある思い出の場所。母の話をする礼が優しい顔をしていると褒めると礼は照れる。間違ってもマザコンとか言わないで、自分の大切なものを大切にしてくれる感じが礼に惚れさせる。人込みではぐれないように手を繋ぐとか、お店でジッと見ていた物を後でプレゼントされるとか既視感たっぷりの初デートが終わる。なんか描写が機械的というか作者の感性が全く反映されている様子がないと言うか…。無味乾燥という言葉が ずっとつきまとう。
緑を家まで送った礼は、買い物帰りの緑の母親と弟の紺に遭遇する。彼らに挨拶をした礼は もう家族公認の中。少女漫画において それは ほぼ婚約を意味するので、もう結婚が見えてきた。だが緑に一通の手紙が舞い込む…。
その手紙は礼の祖母の誕生日パーティーへの招待だった。
財閥・一条家は緑の身辺を調査し、そして迅速に動いた。雪之丞は のこのこ出て行っても いいことはないと忠告する。そして緑に意見を求められた千尋もヤクザの息子として家柄で見る人間は想像以上に多い現実を伝える。
無視していいのか悩む緑はバイト先の女性オーナーに相談する。彼女は礼の母親と大学の同級生で友達が身分違いの家に入った苦労を見てきた人。礼の母親は多くを語らなかったから内情までは知らないが、それでも苦労は分かる。
そんな会話の途中に現れるのが久しぶりの学校の理事長。彼もまた同級生で、しかも礼の母親の幼なじみであるらしい。彼は一条家とは距離を置くべきという考えの人だった。
悩みながらバイトから帰る緑の前に現れたのは礼。彼氏として緑を家まで送ってくれると言う。
そこで緑はパーティーへの不参加を口にする。この穏やかな時間を優先したいというのが緑の考え。でもこれ問題の先送りのようにも感じる。別れると言う選択肢がないのなら その内に ぶつかる壁だと思うが、いつか その時が来たら対処するという考えなのか。何だか結局、緑は こじらせ男子たち3人の「家」というものを真剣に考えないから天真爛漫でいられたのではないか と思ってしまう。偏見もないが深い見識もない。
自分を最優先してくれた緑に礼はデコチューをする。
緑は礼の祖母の誕生日のために花を贈ることで この問題に けりをつける。それで全てが終わるはずだったが、ある日、上品なご婦人を助けた緑は自分が策謀にはまっていることを遅れて理解する。
その人こそ礼の祖母で、来ないと言うのなら こちらから誘拐めいたことをしようという強引な手段を取る。緑のヒロイン的な性格を逆手に取た作戦である。
祖母から連絡を受けて礼は飛んで来る。何はなくとも連れてこられた建物(祖母の住居?)から脱出を試みるも祖母が立ちはだかる。礼もまた祖母の側近たちに連れ去られ、緑は再び孤立してしまう。
祖母に連れられて緑はパーティー会場へと車で向かう。2人きりの車中、祖母は身の上話をし出す。背景を その人に喋らせて説明を簡略化しようと言う試みはずっと続いている。自分から緑に事情を話さなかったのは雪之丞ぐらいじゃないだろうか。この作品には余白がない。全てがスケジュール通りに動いている機械的な印象だ。
祖母は配偶者が亡くなり、それから会社の全権を引き継ぎ、懸命に働いているらしい。礼の父親である息子に任せるつもりではあるが、祖母は息子が後添えを迎えないことが不満。そして礼には息子と同じ轍を踏ませないために家格に見合った人を結婚相手にするつもりだという。
そして一条という組織にはパートナーにも相応の素養が求められる。個人の感情を排除するのが上に立つ者の責務。だが緑には家族を犠牲にしてまで優先することには思えない。祖母は緑の考えを否定する。緑も祖母への言葉に もう少し説得力が欲しいところだ。彼女も成長できるだろうか。
やがて駆けつけた礼と共に2人はパーティーに参加する。祖母と行動する礼は まるで知らない人。さすがに緑も礼のことを上流階級の人間と感じ、生きる世界が違うと痛感する。やがて その世界の違いは、家柄で人を見る人となって緑の前にも現れる。礼は そんな偏見から彼女を守ろうと緑を その人たちから遠ざける。
こうして会場から去る時間にまで何とか2人は身を寄せ合うが、その前に礼が祖母に呼び出される。
そこで祖母は何も持っていない礼の立場を指摘する。礼が家を捨てるという可能性を示唆しても、それは出来ないと全否定する。そうして自己肯定感をゼロにされ、緑が母親と同じ末路を辿るのを回避するには どうすればいいかと問われる。
その結果、礼は緑から視線を逸らす。一緒に帰るはずの約束を反故にして自分の城に逃げ込む。この行動は緑を守るためかもしれないが、心境の変化や今の気持ちを何も言わないまま緑に対して失礼な態度を取るのは、夏祭りの時などと変わっていない。ゴメン、と謝りながらも成長しない礼には失望した。
そうして出来た すれ違いに手を差し伸べるのは雪之丞で…。2人に距離が生まれた時こそ いよいよ当て馬の本領発揮である。