南 マキ(みなみ マキ)
声優かっ!(せいゆうかっ!)
第10巻評価:★★☆(5点)
総合評価:★★☆(5点)
正体がバレないよう千里と距離を置き、一層仕事に打ち込むと決めたシロ(姫)。そんな時、お誘いメールが。迷いを断ち切ってもう家には行けないと告げると、千里の様子がおかしくなり!? 一方、学校では千里と姫達の距離が縮まるチャンスが訪れて…。
簡潔完結感想文
- 夢のために千里とは会わないようにするが嫌われたくないから円満な別離を狙う。
- 千里の心が他の人との交流を求めているのを見定めて、掴んで離さない肉食女子。
- シロ方面からの男装バレを防いだはずなのに姫でボロを出しまくる。シ… ロ…⁉
唇よ、熱く君を語れ、の 10巻。
シロと千里(せんり)の別れを描いた良い話だった。彼らが並んでアフレコするアニメの中で、シロのキャラが千里のキャラを思いながらも息絶えていく場面は2人の心情と重なった名場面と言って良いだろう。一緒にいたいけど別れなければならない、決して恋愛ではないけれど そんな人と人との関係の中にある辛い別れが描かれていた。
全12巻の作品なら確かに ここに遠距離恋愛みたいなクライマックスを用意するのは良いタイミングである。相手を尊重しながら、気遣いながら再会を願って別れる。まるでステップアップのために別れることにした男女、という感じであった。留学でもいい。3年後、自分の夢を掴んだ彼女(または彼)が戻ってきて、2人は もう一度 愛を育むのだった… 《Fin》と言った感じか。
本書の問題は それが偽りの友情であることだ。シロという人格は、ヒロイン・姫(ひめ)が社会で認められるために男装した姿。千里との接近でシロが本当は女性だと露呈しないように、シロ(姫)は千里と距離を置く。それが「プロの覚悟と自覚」なのかもしれないが、少々自分勝手なように思える。そして それが本当に姫の夢に繋がっていくのか、という以前から懸念されていた問題が再燃している。
今回は この点が腑に落ちない。シロは不必要に千里に近づいて、技術を盗むだけ盗んだら、自分の秘密がバレない内に千里の気持も考えず利己的に別れを選ぶ。この別れがシロの都合でしかないから不快感が湧く。
ただし この別れは、友情にトラウマを持つ千里に対するリスク回避というメリットもある。千里と一緒にいる際にシロが偽りの姿であることが露呈したら、千里の友情という概念は崩壊してしまっただろう。シロが演技で千里に接していると分かったら、彼は再度 心を閉ざすことは必至だ。なので別れの後の千里の行動も含めて、シロの選択は正解だったと言える。
それは そうなんだけど、シロの千里との別れ方は狡猾さを感じずにはいられない。自分の都合で別れたいんだけど、千里の心に傷を負わせたり 恨まれたくないから円満に別れようという優しさという名のエゴが見えてくる(ような気がする)。作ってもらったオムライスを作り返して この別れを美談にしている(ような気がする)。自分が卑怯であることを隠すための精一杯の(偽装された)誠意という印象を残す。
そして やはり本書において、そもそも姫の夢の実現のためにシロは必要だったのか、という疑問が浮かぶ。シロの持つ「王子声」のスキルが一流声優の近道なのは分かるが、それが姫として認められること、また彼女の夢の実現に やっぱり重ならない。だからシロという存在が名声を得ることに焦り過ぎた拙速な存在のように見えてくる。展開優先で見ないふりをしてきた歪みが大きくなっている気がする。
ただし ある意味で面白いのは、このシロとの別離で生じた千里の空白を姫が埋めるという自作自演のドラマが生まれたことである。
姫は、シロとして千里の家に潜入し、彼のプライベート、トラウマを熟知し、一定の頃合いを見計らって、シロを千里から引き離すことによって、難攻不落だった千里に近づくことに成功している。いつもなら千里に冷淡に扱われることに激怒し話すら ままならない関係なのだが、今の姫にはシロとして距離を縮めた実績と、千里に対する可哀想という憐れみがあるので、何を言われても怒らない心の寛容さが生まれている。
作為的なシロとの別れで、自分と千里の恋愛ルートを開通させようというのか。姫、恐ろしい子…ッ!
シロの飽くまで円満な別れ方の演出方法も狡猾だったが、姫の千里への接近の仕方も狡猾である。自分が得をするために嘘をついた時点で姫のことを好きになり切れない。この問題点を作者は解消してくれるのだろうか。
シロが声を担当したキャラの評判が良くない。シロは千里に依存しようとしても、瑞希(みずき)の忠告(という名の独占欲)で自重せざるを得ない。瑞希に親切にされ、千里のメンタルより、瑞希の言葉を重要視するシロ。瑞希の囲い込みの効果は てき面だ。その直前まで またオムライス食べたい、という魔法の言葉で千里をその気にさせて、放置プレイをかますシロは なかなかドSに見える。
そして男装がバレない内に、夢の為に千里との別れを選ぶシロ。自分勝手すぎないか。
だが自分の決別を山田P(やまだプロデューサー)に伝えると彼は千里との交流推進派だということが発覚する。瑞希の言葉に惑わされて選択を失敗したらしい。姫は、母といい影響や洗脳されやすい人なのかもしれない。だが山田Pの この言葉はシロをテストするために誘導したもの。シロとしての選択に姫の覚悟と自覚を試したいようだ。この場面での やりたいことは分かるが、シロの夢と姫の夢は ぴったりとは重ならないからシロは不要なんじゃないかと思えてしまう。
少しも上がらない声の評価もあって、シロは仕事に没頭する。ちょっと視聴者の顔色を窺い過ぎてるし、ファン媚びているようにも見える。それにシロの担当は5話からのゲストキャラで、そんなキャラが収録中に毎回 声を模索しても一層 迷走するだけのような気がする。
だが その間にシロとの関係が断たれた千里の心は壊れていた。カラッポである自分を指摘され全てを拒絶した頃から一転、人当たりのよい笑顔を振りまくことで全てを許容することにした千里。だが姫は その笑顔に不穏なものを感じていた。
それでも動かなかった姫を動かしたのは、シロ状態の際に千里の家のハウスキーパーに千里の異変を告げられ、助けてと請われたから。困ってる人がいたら助ける、それは姫とラブリー♡ブレザーの信念である。
こうして姫=シロは千里の再び千里の家に訪れる。だがシロは千里の家の敷居を跨がない。それがシロの覚悟と自覚だった。でも それは自分の夢を守るため、彼との友情を軽視するという意味にも感じられる。いまいち作問の意図が分からない。
シロの願いを了承して千里は玄関の閉める。だが その顔は凍り付いているようにも見えた。そのぐらい千里は混乱していた。別れ際の千里のそんな表情を見てしまったシロは今度は自分からオムライスを作り千里に渡す。ここは、別れるけど大好きだよ♡という自分を悪者にしたくない女性の心理に見えてしまうなあ。
こうしてシロに近づくことも出来ないし嫌うことも出来ない千里が選んだのは、シロを早く一流にすることだった。まるで姫にダメ出しをするように手厳しくも正しい言葉をシロに投げつける。それがシロとの復縁の近道だからなのだろう。この喝でシロは立ち直る。こうしてシロの評判は上々になる。
シロとして近づけないなら姫で近づけばいいんじゃないの、とばかりに姫は拒絶覚悟で千里の様子を窺う。そこで千里が通常営業していることに安堵し満面の笑みを浮かべる。その笑顔が千里にシロを思い出させていた。こうして千里は姫のことが印象に残る。計算高い姫の千里への刷り込み完了といったところか。
そしてシロとして千里に出来ることはアフレコを完遂すること。千里の隣でプロの声優の自覚と覚悟を持って役になる。それがシロとして千里への感謝になる。そしてアニメの中のシロのキャラが、千里のキャラに別れを告げる場面は現実の2人と重なる。千里の隣のシロが彼を驚かせるような演技をすることで一流への道を進もうとしている。
シロの声から彼の心意気を感じ取った千里もシロに「待ってる」と告げる。そんな2人だけの世界には瑞希も入れない。
その日から千里は変わり始める。シロが頑張ったように、千里も学校で友達を作ろうと努力を始める。
だがボッチだった千里は友達の作り方が分からない。そんな彼を助けるのが課題と姫。5人グループでのドラマCD制作に際し、千里は姫に捕獲される。姫はシロとして千里と心が通じた達成感と充実感でナチュラルハイになっている。でもシロ状態で千里に男装がバレるんじゃなくて、姫の方面から千里に勘づかれそうな気がする。
こうして居残り組4人+千里のグループが完成する。制作へ向けて話し合いは開催場所は千里の提案で彼の家となる。だが「姫」は千里の家を知っている風で、その上 ナチュラルハイに笑顔で千里は気味悪く感じる。
その後もボロを出しまくる姫だが、何とか千里と一緒の時間を過ごす。だが千里には仲良くなれば なるほど戸惑いが見える。それは彼がまた自分と距離を近づけた人を傷つけてしまうのではないか、という恐怖があるから。トラウマは簡単には解消しない。まして今は千里にシロはいないのだから。
ここの居残り組@千里の家の場面では、飼い猫が異様に初対面のはずの姫に懐く、という場面が欲しかったなぁ。野生の勘と無言の圧力に姫は白旗をあげそうになる、みたいな。
そして千里の知識だけじゃなく、シロとしての経験が姫の演技の上達にも繋がっており、それが千里に姫とシロをダブらせる。ようやく こういう描写が入りましたね。出来ればシロの演技の癖が姫でも出てしまうとか、王子声ばかりで普通の声の出し方を忘れてるとかの描写も見たかった。本書は こういう見たかった場面が見られないという不足感が常に つきまとう。それは もっとエピソードを詰め込めたのではという惜しさである。
CDは完成したが、千里は関係性をリセットしようとする。それを阻止するのは彼の事情を よく知っている姫だった。だが こういう前向きな思考は千里に身近だった ある人を連想させる…。