湯木 のじん（ゆき のじん）
これは愛じゃないので、よろしく（これはあいじゃないので、よろしく）
第04巻評価：★★★（6点）
総合評価：★★★☆（7点）
九条弟の登場でこじらせカップルに波乱の予感!? 九条くんと付き合うことになったさら。だけど、九条くんは昔出会っていたさらが自分を覚えていないことをまだ根に持っている。そのことをさらの友達・咲ちゃんに聞かれて怪しまれ、2人はぎくしゃくしてしまう。どうして九条くんが自分と付き合ったのか不安になってしまったさらの前に、九条くんの弟・葵があらわれて――？ 不器用な2人のこじらせが加速する第4巻！
簡潔完結感想文
- 祝・交際！ ひと時も彼女から離れないラブラブ溺愛かと思いきや ただの監視!?
- ヌルっと現れた自称・弟の正体がサイコパスで大パニック。本当に怖かった場面。
- 自分の情報が筒抜けの人に半分 脅迫されてしまうのは大家の役割と ほぼ同じ。
ラブラブ交際編かと思ったら、平和な時間は短かった、の 4巻。
『3巻』で物語が大きく動いて、これまでとは一変した展開が見られるかと思ったら、相変わらず2人の仲は しっくり来ない。
それもそのはずで、2人は交際し始めたとはいえ、これまで相手に抱いていた不安や不満が少しも解消されていないからである。物語の構造をちゃんと理解していないと、この三歩進んで二歩下がる感じは苛立ちに変換されかねない（初読時の私だ）。
ヒロイン・さら は彼氏の翼（つばさ）が執着する過去の女性が気になって仕方ないが、翼は彼女のことは はぐらかす。その女性とは さら本人である点が ややこしい。さら は自分の過去に記憶と責任を持たない罪があり、翼は自分の過去を開示しない罪がある。その自分の罪に向き合わない限り、彼らが心の底から幸せになることは出来ない。
今回の表面的な展開は当て馬・大家（おおや）が いた時と似ている。自称 翼の弟・葵（あおい）が物語に暗躍することで、2人に不安の種が撒かれる。自分というものがありながら、他の男と接触の機会が多い さら に対する翼の苛立ちも分からなくはない。
ただ今回は交際編突入ということで、2人が歩み寄って仲直りの仕方を学習するという面もある。些細な行き違いがあろうとも、自分が その人と別れたくないという気持ちが強いから互いに距離を縮めようとする。仲違いが多いのは それだけ仲直りの機会も多いということだ。少し意地っ張りな面のあった2人が、それぞれ優先順位を整理して、「今の」相手に向き合う時間を持つ。きっとそれが彼らの関係を ややこしくしている過去との清算にもなるのだろう。
本書は二面性が主題なのだろうか。
翼の最初期はよくある優等生と腹黒の二面性だった。さら は天然ゆえの残酷さが見え隠れする。そして彼女の場合、真のライバル女性がかつての自分というのも面白い。これは金田一蓮十郎さん『ライアー×ライアー』を連想した。ヒーローの心に一番 深く食い込んでいるのは もう一人の自分という存在で、それゆえに身動きが取れない。根深い過去を清算するには、今の自分が一番だと彼に思ってもらうしか ないのだろう。
当て馬・大家も冷淡だと思われたが、それは彼の独自の理論があり、言葉が伝わらない彼の不器用さが原因だった。そして今回から登場する葵も さら に「きれいな翼」だと思われているが、その裏で翼に対する反抗心が見え隠れしている。
一筋縄ではいかない人たちが恋愛模様を繰り広げるから本書は どんどん こじれていく。ただし本書が暗くならないのは基本的に彼らが明るい人間だからだろう。そして悩む時間が短いのも雰囲気を明るく保っている。仲直りできないまま1話2話と浪費するのではなく、すぐに歩み寄りを見せるから明るい未来が広がる。
そして彼らの抱く不安の原因がハッキリしているのも安心材料だ。男性側のトラウマ（過去）を清算しないと真のハッピーエンドが訪れないのは少女漫画の お約束。翼には隠し事があるのだから交際直後から すれ違うのも当たり前だ。そして『4巻』のラストでは それも解消される予感がある。
オレたちの本当の お付き合いは ここからだッ！！
新学期、2人は交際して初めての学校生活を送る。さら は甘々な学園生活を期待するが、翼の体温は低め。
だが翼は さら が周囲に自分とダイアナちゃんとの思い出を語り、それと自分を紐づけられるのが嫌という理由から、さらを監視する。一緒に帰って、お昼も一緒に食べて、なるべく一緒にいるという有難い行為ではあるが、打算的である。彼女にウソがばれないように誠実に接しているだけである。まるで浮気した男である。
そんな時、物語に登場するのが翼の弟だという葵。さら の友人が街で偶然 会ったのだが、翼は自分の過去や周囲が探られていると勘違いし、嫌悪感を表明する。これも隠し事があるから過剰反応してしまうのだ。そうして さら との交際も たった1話の内に上手くいかなくなる。
翼との距離を感じた頃、さら は翼の家から出てきた直後に葵に初めて会う。一緒にコーヒーを飲んで語らった さら は葵を「きれいな九条君（＝翼）」と感じている（笑）
だが その2人の密会を目撃した女子生徒から翼にタレコミされ、彼は不機嫌になる。そのことを さら に聞こうとするが、互いに嘘をつかれて距離は遠ざかるばかり。しかも さら の何で自分で付き合ったのかという質問にも答えてくれない（ダイアナの件は極秘だから）。
初めてのデートも さら から誘ったうえ、デート前に街で会った葵の情報によると翼は高校入学を機にではなく、中学時代から祖父宅に引っ越したということが判明する。翼は こちらの欲しい言葉をくれないし、さら が彼を信じられなくなる虚飾だらけの人生に見えてくる。
デート前に会った葵が体調不良になり、さらは彼を彼の自宅の最寄り駅まで送る。『3巻』の大家の迷子の犬といい、困っている人は助けるのはヒロイン的行動をする。基本的には優しい人なのだろう。
葵と一緒に電車に乗っている際に翼からの電話があり、なんと その電話に葵が勝手に出てしまう。しかも自称・葵は、さら が自分を葵と呼ぶことを不思議に思っている。この場面はホラー漫画かと思うぐらい怖かった。確かに翼の本当の弟・葵の外見は翼にしか分からないが、2人は ここまで接触している場面がない。葵を演じている第三者の可能性も大いにあるのだ。翼の家の近くで会ったり、見た目が良かったりに騙されて葵を葵だと思い込んでいたが、サイコパスかもしれない。
大きな謎を残して推定・葵と別れる さら。だがスマホも取られたままで思考も停止する。
遅れてきた さら を翼は待ち合わせの場所で帰らずに待っていてくれた。その安心感から、さら は恐怖を興奮気味に語るが、その会話中に現れたのが自称・葵だった。ここから猟奇的な事件が起きてしまうのか!?
だが ここで翼が葵を同定したために この件は あっという間に片付く。しかし葵は翼の触れられたくない過去＝ダイアナを知る人物でもあった。葵は昔、翼の部屋でダイアナ＝幼い頃の さら の写真を見ており、それで高校生の さら を見て同一人物だと特定した。翼でも外見では気づかなかった さら＝ダイアナを見抜くとは。いや、翼が少々間抜けなのか？？ もしかしたら翼の中でダイアナは時間経過と共に さら に似ても似つかない美少女に脳内変換されていたのかもしれない（笑）
ここでも翼は真実を知る葵に嘘を報告して自分のプライドを守ろうとするが、それが葵の余計な介入を招く。天使のような小悪魔な葵は、気弱な弟を演じて さら を利用して兄と接触し続ける。さら も屈託なく小学生同士のように葵と遊んでいる。それが何もかも思い通りにいかない翼のフラストレーションになる。だから さら の遅刻のことなど掘り返して、小さい男になった。
このことで またもや2人は距離が出来る。交際前も些細なことから2人は小さな諍いを巻き起こしていたが、それは交際後も同じ。読者としては同じことを繰り返す2人にフラストレーションが溜まるが、それもこれも2人が愛を高らかに宣言できない不健全な状態だからである。
ただ そのことを友人に話し、自分を擁護してもらおうとした さら は彼女から葵を交えたのはデートでのNG行動だと諭される。なので さら は自分でその距離を埋める。彼女は用事がある翼のことを校門で ずっと待っていた。険悪になってからの仲直りの仕方を学習していくのも、この先の長い交際には大事な要素である。
そして2人の心は重なり、2人は初めて手を繋いで帰る。
しかし好事魔多し。その様子を見た葵が、その後も妨害工作に入る。これまで懐いていた さら に対して、さら は「ダイアナ」の代替であると吹き込まれてしまう。これは翼に選ばれた理由に自信がない さら には説得力のある話に聞こえてしまった。だから その日、翼の家で映画を見ても集中できず、彼にキスを迫られても避けてしまう。自信のない恋愛が悪循環を生む。
しかも葵は、翼のことが好きな さら の同級生女性に、2人を別れさせるようにも仕向ける（この女性と、さら の友人の区別が全く つかないので、友人が さら に牙を剥いたのかと思った。もう少し女性の描き分けだけは どうにかして欲しい）。
キスを避けた上に、葵のことがあり、ライバル女性まで登場して2人は平和な日々が続かない。
だが、今度は翼が誠意を見せてくれて2人は次のデートの約束をする。しかし さら が葵の名前を出すから また こじれる。これは いつぞやの大家のようである。2人が2人きりの世界に没入できていない。
今回、さら が自分を避けるようにするのは自分が過去を話さないからだということを、自分に迫る女性から聞き出した翼。だから翼は もう一度 さら に自分から動き、彼女の自宅まで全速力で駆け寄る。
そこで さら は自分が代替手段であっても翼と一緒に居たいと涙ぐんだ。そんな彼女の様子を見て、翼は さら を自分の本当の実家に連れていく。そして本来の自分の部屋＝心の中に さらを招待する。
そこで彼が取り出したのは かつてダイアナと取った1枚の写真。さら は自分だと分からないから、翼が かつて好きだった、忘れられない人の写真なんて見たくない。
躊躇する さら に翼はキスをして、ダイアナよりも さら の方がかわいいと断言する。これは翼にとってもダイアナの幻影が消え、今 目の前にいる さら と恋をするという合図なのだろう。
これで本当のハッピーエンドの準備は整った！ もう こじらせることは、ないはずなんだけど…。
