《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

別人格を生きることは生き直すこと。コスプレは ひみつ道具「人生やりなおし機」。

ライアー×ライアー(1) (デザートコミックス)
金田一 蓮十郎(きんだいち れんじゅうろう)
ライアー×ライアー
第01巻評価:★★★☆(7点)
  総合評価:★★★★(8点)
 

私×義弟(おとうと)×女子高生姿の私=三角関係!!? ――ある日、ノリで友達の高校時代の制服を借りて街に出た湊(みなと)はそこで義理の弟・透(とおる)と遭遇してしまう!! 別人だと言い張る湊を信じた透だけど、透はその「女子高生姿」のほうの自分に惚れてしまったみたいで……!!? 世にも奇妙なラブストーリー開幕!

簡潔完結感想文

  • 出会い。街中で遭遇する義弟。しかも女子大生の自分は女子高生の制服姿。嘘で乗り切れ!
  • 順調な交際。女子高生の自分を愛す義弟。不愛想だけど優しくて金払いも良く一途。完璧!
  • アル恋愛。女子大生の自分が恋愛に目覚めかける。1人格に1人ずつ恋人が出来そうです。

す方も騙される方も、理想の世界を夢見ているから嘘が許容されていく 1巻。

どうやら二重生活設定が好きな作者さん(未読の『ニコイチ』など)。
こうなったら全作品二重生活にして虚構と現実の狭間でしか生きられない人たちの物語を描いて欲しい。
一貫したテーマで作品を発表するアーティストみたいで格好いい。

私は今回、作者の作品に初めて触れました。
全体の感想としては、全体を しっかりとコントロールしている感じに好感を持った。

本書の連載開始の時点で漫画家生活10年以上経過していることが その要因か。
物語の後半で判明する設定がちゃんと最初から確立されていることが分かる。

奇をてらった設定で、連載の長期化を目論む新人作家さんとは違って腰が据わってる。
こういう失速感のない、計算されつくした作品が私は大好きです。

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女子高生の姿を義弟に見られて さあ大変。恥を かくぐらいなら嘘を重ねる×!

そして二重生活ゆえに複雑に込み入る事情をしっかりと整理して、
しかも 読者が考えるよりも速いテンポで物語を進めていく様は爽快だった。

潔癖症で掃除ばかりしている主人公・湊(みなと)の物語に相応しい整理整頓された展開だった。

少しネタバレになるかもしれないが、
途中まで私は、一つの予想を立てて読んでいた。

読み返して『1巻』で湊が その可能性に言及していることに気づいたが、
「実は姉と知ってて あえて言わずに からかってる可能性があるんじゃないのか説」

分かってるよー。『ライアー×ライアー』ってタイトルは、
姉弟そろって嘘をついている って意味なんだよね、と思っていたら全く違った。

私の予想が外れたと分かってから 物語は加速度的に面白さを増したように思う。
後半にかけて、前半に輪をかけて内容が充実し、幸福感に満たされて物語を閉じた。

終盤の展開のためにも、序盤の ちょっとムリ目な嘘は必要悪だと思う。


読したからこそ気づいた事だと思うが、
本書は ネット空間での「なりすまし」のように、主人公が他者として生き直す物語にも読めますね。

中学入学前に親同士が再婚し義理の姉弟となった湊(みなと・姉)と透(とおる・弟)

女性関係にだらしない中高生時代を過ごしてきた透に迷惑を被り、
湊は大学入学の際には半径2メートル以内に近づかない念書まで書かせた。

年頃を迎えるまで仲良くやっていたはずなのに、出来てしまった距離。

それが友人の制服を借り、女子高生として街を歩いていた時に、
透と出会ってしまい、恥ずかしさの余り別人として振る舞ったことから 一つの恋が生まれる。

透が その女子高生・みな(湊の仮名)を大層お気に召してしまったのだ。

湊が、みな として透に関わる最初の動機は、
モテ男として傍若無人に生きてきた透に手痛い思いをさせたいという気持ちだった。

だが、みな として接する透は、どこまでも優しく温かい。
交際によって、思春期を迎える前の透との関係を再構築出来ていることを知り、湊は自分の嘘に乗りはじめる…。

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別人格で接する弟は見たことのない顔を たくさん見せる。汚れていくのは自分の心…。

2人は ある意味で、お互いに二重人格の恋愛をしていると言える。

別人として振る舞う姉・湊、
別人のように見える弟・透。

普段、家族には見せない顔を見せる(見る)ことで、
リアルな自分と相手の奥底にあった気持ちを再確認していく。

それは本来の自分を取り戻す作業なのかもしれない。
別人の力を借りて、湊と透は新しい関係性を築いていく。


人公・湊の代表的な性格が、病的なまでの潔癖症だろう

それが始まったのが、中学2年生の夏の日。

その日、湊が帰宅すると上級生の女子生徒が2階から降りてきた。
そして透は裸で部屋に居た。
科学的にも精神的にも性の匂いを嗅ぎ取った湊は、
透を汚らわしいものだと思い始める。

そして その日は「透の女関係の大暴れの始まり」でもあった

湊が透に強制する除菌は、女関係を菌と見立てているとも考えられる。

湊の心理を分析するならば、
湊の中の透の理想像が崩れたことが潔癖の引き金になったのだろう。

恋愛感情抜きに、家族として素行が悪いで有名な上級生に透が体を預けたことが許せないのだろう。
家の中で行ったこと、それを目撃してしまった自分、割と平然としている透、
その全てを綺麗に洗い流したいから、掃除を怠らないのかもしれない。

『1巻』の中でも、湊は透に関して こんなことを言っている。
「ぶっちゃけ女関係なかったら悪い子じゃないんだよね?」
湊の中で引っ掛かっている透の悪癖はここだけ。

だからこそ、みな として透をコントロール出来る立場になった時に、
嘘を重ねてまで、いの一番に透のセフレ関係を清算させること にしたのだろう。

そうして、湊が思う「綺麗な身体」になった透なのであった…。


の身辺が綺麗になったからなのか、みな として行動する時の湊に潔癖症の気はない。

これは人格が違うからというよりも、やはり透に嫌悪感がないのだろう。

みなとして透と接することは、
中学生の「あの日」をなかったことにする、
透と出会った頃の小学生のままの良好な姉弟関係が続いた世界を生きることなのだろう。

それは透にとっても同じなのかもしれない。
あの日、堰を切って始まった乱れた女性関係。
それを断ち切ったから、本来の純情な自分が顔を出す。

どうしても湊の立場が邪魔するから、みな と透の恋愛は素直に読めないが、
実は、みな の視点オンリーで透を見てみると、完璧な彼氏として読める。

年上のモテ大学生が自分のために全てを投げうつほど一途になってくれる、という夢のような物語だ。

ちょっと物欲しげに見ていた高価な物も買ってくれて、
基本は誠実に接してくれるが時々 ドキドキも させてくれる行動に出る。

おいおい、最高の彼氏ではないか。

家族であり、過去の所業を知っていて、迷惑を被った湊だからツッコんでいるが、
女子高生が偶然、街で出会った人の中では最高クラスの優良物件だ。


かし残念ながら、みな は姉である湊なのである。

だからこそ湊は男としての透の溢れる魅力や行動に感心しつつも、
2人の姉弟の間に恋愛要素を持ち込むことに罪悪感があり、キスなどのスキンシップも抵抗がある。

そして自分の知らない顔を見せる、純粋な透の気持ちを知れば知るほど、
彼を騙している罪悪感が膨らみ続ける。

スケコマシだった透の本気度を見るために、あれやこれや試練を与えてみる みな(湊)。
しかし、それが全て形となって提示されていくから困ったもの。

自分が騙している透が、騙す必要のない姉の前でも
みな に誠実であろうとしていることが分かってしまうから胸が痛い。

また透の生活態度の内偵と、罪悪感があるために、
家の中でも姉弟の会話が生まれ始めているのが、面白いところ。

みな ではなく湊としても、これまで以上に透と話すことが出来ていく。

以前のように喧嘩腰ではなくて、みな での行動をフォローするように、
湊として透に助け舟を出したりするのは、ここ数年 見られなかった家庭の光景だろう。

そして湊には透の女性関係の過去例の引き出しは死ぬほどあるのだから、
今回の透の変化・本気度が如実に感じられるのだ。


そして彼の想いの純度が高さを思い知るほど、自分が汚れる。

潔癖症で、透の行動の被害者だったはずの自分が、今度は透を騙していく。
そのモヤモヤを、自分の心を洗い流すために、湊は掃除に精を出すのだろう。

湊が自分の汚れと どう折り合いを付けるのか、今後が楽しみです。


かし、湊に好意を持つ烏丸(からすま)くんは当て馬感が半端ないですね。
男性として申し分がないところが、逆に彼の不幸を際立たせている。

みな として透と接する前にサークルの交流があったなら、
間違いなく幸せなカップルになっていた気がする。

そして烏丸に有利となっているのは、湊との出会い。
最初に出会ったのが、小学校の塾の時(あの中学の夏の日より前)だということが湊の安心感につながるのだろう。

烏丸自身が性の匂いをさせない(努力をしている)ことも、湊の彼への好意の一部だろう。
大学生で初めて会ったサークルの男性陣などでは 湊は性の匂いを嗅ぎ取ったかもしれない。

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恋愛不感症の湊が初めて恋をしてもいいと思えた相手・烏丸。でも理由は幼なじみだから⁉

み返すと、色々と立ち止まる場面がありますね。

その一つが、お値段10万円のお財布を みな に渡した透が、
お返しに自分の願いを聞いて欲しいと言った時に、「手 繋ぎたい」という場面。

これまで身体で繋がった関係は数多あったかもしれないが、
こうやって手を、心が繋がる関係は、透にはなかったのだろう。

透の顔を見ていると精神の充実ぶりが分かりますね。


そして透が契約した携帯電話は2年間の基本使用料を支払う縛りも意味深に思える。

通常の携帯電話会社のルールなんだけど、
これは大学卒業までの彼らの2年間、関係が大いに変化する2年間とも読めますね。

少しネタバレになりますが、湊が別人格・みなに縛られる2年間、って意味だったりするのかな…。


あとは湊の所属するサークルの描写が あんなに多くなるとは思ってませんでした。
読了時にはこの人たちを皆 好きになっているんだから凄いことです。


疑問に思ったのが、
今度は透の下半身を暴走させるためにセッティングした合コン。

でも、どうやって透を誘い出したのか謎ですね。
なぜなら透には友達がいないから!

女性ならともかく、知らない同性から合コンに誘われても行くかは微妙です。
この段階で透は みな に夢中な上、知らない人の誘いなんて無礼に断るだろうに。


性の純情が好きな私としては みな に誠実な透の姿はニヤニヤしてしまう。
でもストレートにキュンキュンしないのは、嘘の関係だから。

なので前半は割と冷めた視線で、構造的な面白さだけを楽しんでました。


ちなみに湊から見た透の女性関係が最低なのは、
この後の湊の擬似二股交際の罪を相殺するためにも思えますね。

透への復讐心みたいなものがないと湊の動機にならないし、
この後の展開を考えると、湊が単に2人の男性を手玉に取るビッチになってしまうから、
透を最低のキャラとして設定したようにも思える。

読者の湊への抵抗感を減ずるために、生贄として捧げられたのが透の過去なのではないか。
(もちろん あの夏の日が2人の関係を悪化させた契機として必要だが)


物語のスタートを20歳にしたのは、10代だと年齢的に女子高生に近すぎるからか。

そういえば女子大生が女子高生の制服を着て男の子と出会う物語の始まりは、
同じ「デザート」掲載の栄羽 弥(さこう わたり)さん『コスプレ★アニマル』(2004年連載開始)でも ありますね。
(あちらは連載当初は19歳の設定だったか)


ちなみに連載が不定期だからか各話の最初に前回のまとめが入る。
完結まで7年と4か月。
連載と恋愛を追っていた人には長い時間だっただろうなぁ…。

ライアー×ライアー (1)(デザートKC)

ライアー×ライアー (1)(デザートKC)