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少女漫画と小説の感想ブログです

夜が明ければ あなたは再び彼女のものになってしまうから、私の印を あなたに刻む。

True Love(3) (フラワーコミックス)
杉山 美和子(すぎやま みわこ)
True Love
第03巻評価:★★★☆(7点)
 総合評価:★★★☆(7点)
 

幼少時の両親の離婚をきっかけに、9年間離ればなれで育った愛衣と弓弦。両親の復縁で、ふたりは、また家族になる。許されない想いと自覚しつつも、弓弦に恋愛感情をいだいてしまった愛衣。一方の弓弦も、愛衣のことをずっと想っていた。おたがいに、その感情を伝えられないふたりは、どんどんすれ違っていく。けれど、とうとう愛衣の想いがあふれて――…!?急展開の第3巻!!

簡潔完結感想文

  • 世界に祝福されるはずの誕生日は、彼にとって自分の優先順位が低いことが分かった日になる。
  • 自分たちを知らない人の前でなら私たちは兄妹ではなく、願望に従い恋人のように振る舞える。
  • 想いが重なる喜び。並んで歩く帰り道。繋いだ手から伝わる想い。…でも私たちは兄妹なんだ。

想いというハッピーエンド、ではなくバッドエンドへの入口にようこそ、の 3巻。

まるで不倫である。『2巻』の感想文では愛衣(あい)と弓弦(ゆずる)の兄妹間の恋愛は性的マイノリティの苦しみに似たところがある、と書いたが、今回の2人の関係は不倫のようだった。

弓弦は自分の気持ちを封印するためにナナヨという弓弦の中学の後輩で、愛衣の友人でもある女性と交際を始めた。しかし それでも愛衣を愛おしく想う気持ちは治まらず、弓弦は愛衣と逢瀬を重ねる。まるで3人の関係は正妻と不倫男と その愛人である。

弓弦と愛衣は、愛衣の誕生日祝いということで渋谷の街を2人で歩く。ここでは兄妹という彼らの関係を知る者はおらず、カップルのように振る舞うことが許される。これは東京の高校生だから渋谷だが、20代以降ならば2人だけでの旅行となる場面だろう。国内外かかわらず誰も自分を知らない土地で怯えることなく羽を伸ばす。それが不倫旅行の醍醐味だろう。知らんけど。

誰も自分たちを知らない世界では兄妹の鎖から解放される。兄妹以上 恋人未満の夢の時間。

彼らの逢瀬の時間が明け方まで、というのも不倫を思わせる。日中は不倫男には家族と仕事があり、会えるのは限られた時間だけ。許されない関係が許されるのは、自分たちの心の汚れが目立たない夜の間だけ。その時間帯だけは彼らは何もかも忘れられる魔法にかかる。

そう考えると愛衣は薄汚れたシンデレラとも考えられる。人ごみに紛れ お互いの身分を隠し、不倫の王子様と共に楽しい一夜を過ごすが、その魔法は朝の光の中に解けてしまう。

明けていく空の下、愛衣は王子様から愛の象徴であるアクセサリを贈られて、朝の光の中では押し止めていなければならない気持ちに歯止めが利かなくなる。そうしてシンデレラは自分からキスをすることで、魔法の継続と彼の気持ちの奪還を意図するが、明るい光の中、それは許されず、しかも自分のピンチを招いてしまう。

だが そのキスでシンデレラの愛を確信した不倫の王子様は、少女漫画ヒーローにあるまじき選択をする。それが二股だ。自分のパートナーに嘘をつき、友人を騙し、家族も悲しませる彼らが紡ぐ この童話は どこへ向かうのだろうか。


常に展開が早い。他の少女漫画なら色々と理由をつけて先延ばしにするようなことを、あっという間に やってのけている。禁断の恋という設定に加え、この展開の速さは読者を一層 夢中にさせるだろう。

それが可能なのは、上記の内容とも関係があるが、2人が恋愛のマナーを守らなくて良いからだろう。

その最たるものが、弓弦の二股問題だ。彼は自分が愛衣から遠ざかるために利用したナナヨと交際しながら、愛衣が自分のことが分かると即座に受け入れ、『3巻』終了時には二股状態になっている。弓弦だけでなく愛衣もナナヨを騙す形になっており、彼らの幸せは誰かの不幸の上に成り立っている。

通常の少女漫画なら この場面、主人公カップルの恋愛の清純度を保つために、状況を整理するところである。少なくとも弓弦とナナヨの交際は先に解消してから、2人の交際が始まるのが筋だろう。もっと言えば交際をする前に、2人の出自に関する問題に着手しても良い。だが、本書はそれをしない。兄妹は兄妹のまま、二股は二股のまま。兄妹間で交際をすると覚悟を決めた2人は、他の人を傷つけることを恐れずに堂々と進む。だが特に愛衣に これから自分が受けるであろう罰への覚悟があるか、というと怪しいところだが…。

私が本書を好きなのは、作者もまた通常の少女漫画とは違う展開に対する批判や この恋が汚れることを受け入れているように見える点である。恋愛を誠実に、清純に描くことが求められる少女漫画の中で、この道を進む勇気と覚悟は凄い。兄妹間の恋愛で、キモいと一刀両断される恐れのある中で、これだけ切ない物語を描いたことに拍手を送りたい。


間学校の夜、ナナヨから弓弦と付き合うという結果を聞き笑顔で祝福する愛衣。

ナナヨと弓弦の交際は愛衣の生活にも影響が出た。愛衣の誕生日は今年は9年ぶりに家族そろって お祝いできる日になるはずだった。弓弦は愛衣が言わなくても誕生日を覚えていてくれた。それに嬉しさが隠せない愛衣。ここで「彼女」であるナナヨへの微かな罪悪感が生まれるが、妹としての領分だと割り切る。

だが当日、姿を見せた弓弦の後ろからナナヨが現れた。なんと この5月23日はナナヨの誕生日でもあり、彼らは この後 2人きりで過ごすため、愛衣の家に寄っただけ。こうして愛衣は弓弦にとって自分の優先順位が低いことを まざまざと思い知らされる。

その後、アパートで夜8時まで過ごした弓弦とナナヨ。夢のような時間にナナヨは感極まって涙ぐむ。妙齢の男女が密室で2人で過ごした訳だが、その後の修二の訪問によって家宅捜索がされ、彼らに何もなかったことが証明される。

だが愛衣は それを知らないし、ナナヨの「彼女面」にも気持ちが ささくれ立つ。授業をサボって、学校の外階段で膝を抱えて泣く愛衣。

そんな妹の姿を弓弦は見逃さなかった。愛衣が泣くと弓弦が察知するのが お約束。弓弦がヒーローたる証拠なんだろうけど、今回は、愛衣が兄の教室からの角度などを計算している可能性も否定できない…(笑)


衣の帰宅後ヒーローは彼女の前に参上する。だが弓弦は飽くまでも「兄」として妹を気遣い、彼女の成績のことなど生活指導をするばかり。そんな弓弦に対して愛衣は苛立ちと共に話を切り上げようとするが、弓弦は愛衣の中の不満や不安が解消されていないことを知り、彼女を外に連れ出す。

それでも愛衣の一番の悩み、兄の弓弦を好きだという自分の気持ちを伝えることは絶対に出来ない。そこで愛衣は兄の前から逃亡して、電車に飛び乗るが弓弦に追いつかれてしまい、そのまま彼らは愛衣の誕生日を やり直して、愛衣の好きなところを巡ることになる。

渋谷に舞い降りた彼らを兄妹だと知る者は誰もおらず、外見が似ている兄妹ではないから、2人は ただのカップルに見える。ここから2人は束の間、兄妹だということを忘れて1組の男女として同じ時間を過ごす。

愛衣は この魔法が解けるのが怖い。だから映画に時間を費やすより、何の気兼ねもなく兄の隣に居られる時間を優先する。夜が明けるまで一緒に歩き続けた別れる際、弓弦は自分が選んだ誕生日プレゼントを愛衣に渡す。それは誕生日当日にナナヨから渡された物とは違い、弓弦が愛衣を思い浮かべ、愛衣のために選んだ品に愛衣は心が震えるほど嬉しくなる。少女漫画においてアクセサリは愛の結晶だから。

そんな兄への愛おしさが彼女を大胆にし、今度は愛衣から弓弦にキスをする…。弓弦は激しく動揺し、愛衣を突き放し、その後、冷静になり冗談として受け流す。そして愛衣もまた自分の行動に動揺していた。プリンセスのキスにより、魔法は解け2人は ただの兄妹になってしまった。


明け、兄にあわす顔がない気持ちから学校に行く足が鈍くなり、駅のベンチで座る愛衣に修二(しゅうじ)が声を掛ける。

なんと彼は、あの早朝の兄妹間のキスを見ていた。修二の追及に、愛衣は否定することなく事実を認める。ただ一点、自分からの一方的な気持ちでキスをしただけで、兄は関係ないと彼を擁護する。

この時、修二は精神的に幼い愛衣を脅迫し、彼女をコントロールすることも可能だっただろう。だが、修二はそれをしない。それどころか愛衣の抱える恋心の倫理的な問題を追及せず、彼女の気持ちを否定しない。どうしてもチャラついて見えてしまうが、修二は弓弦との距離感も間違えてないし、観察眼も鋭い。

きっと修二は、理想的な反応を体現しているのか。そして この2人の恋を見守る役目なのだろう。それは最終盤で分かる あの人の役割に似ている。社会的に許されない愛でも、許してくれる誰かは必要なのだ。

けれど修二は、この一件で愛衣の本気の気持ちも彼女の強さも理解し、一層 愛衣に惹かれていく。確かに弓弦への気持ちを誤魔化さず、自然体に認めた愛衣は美しかった。それは これまでの幼稚な彼女とは違う女の子から女性への変化の始まりで、彼女の成長の萌芽である。


衣は成績不振などから補習を命じられるが、補習担当の教師が途中で音を上げ、愛衣の担当は弓弦と修二にバトンタッチとなる。ここで愛衣の気持ちを知る修二が機転を利かせ、愛衣と弓弦だけの個人レッスンが始まる。

誰もいない教室で、お互いを見つめる2人。その時、弓弦は愛衣のキスを なかったことにしようとした。愛衣の代わりに当日の気持ちを代弁し、子供の頃を引きずった過剰なスキンシップが原因と結論付ける。そして再度、弓弦から兄妹の線引きをしようと試みる。

自分の恋心を否定された愛衣は、それが嘘ではなく真剣であることを伝えようとするが、弓弦は その口を塞ぐ。今なら引き返し可能だが、これ以上 足を踏み込んだら、きっと弓弦の自制心は崩壊してしまう。彼には そんな確信があったのだろう。

弓弦が死ぬほど聞きたい言葉は、聞いてしまったら絶対に戻れない。ここが地獄の一丁目

だが それでも愛衣は好きという気持ちを捨てられない。弓弦が自分を受け入れなくても、好きという気持ちだけは否定しないでほしい。話すことも見ることも禁じられても、好きだという気持ちだけは大切にしたい、それを持つことを許して欲しい。それが愛衣の唯一の願いであった。


弦に愛衣の気持ちを否定することは出来ない。なぜなら愛衣が自分を受け入れることを彼はずっとずっと夢見ていたから。4年前にハッキリと愛衣への恋心に気づいてから実現不可能だと思っていた夢が叶ったのだ。

だから弓弦は愛衣の気持ちを受け入れる。そして自分の方こそ、愛衣のことが愛おしくてたまらないことを告げる。絶対に誰にも口に出来ないと思っていた妹への想いが、本人に伝えられる奇跡。

こうして2人は兄妹から、恋人同士になる。この時は他のカップルのように、両想いになった幸せに包まれる2人。弓弦が下駄箱で愛衣の姿を見た時、ホッとしたのは、涙で腫れた目を冷やすと同時に愛衣が冷静になる可能性を不安に思ったからだろう。どちらかが足踏みしたら、この恋はすぐに終わる可能性がある。ずっと地獄への道を進むしかないのだ。


恋人として手を繋いで歩く帰り道、早速その場面を父親に見られてしまう。父は男性側を愛衣の恋人だと思って動揺したようだが、弓弦と分かって安堵した。

その後も男同士の会話が続き、弓弦は その会話中に後ろ手でスマホを操作し文章を作成して愛衣にメッセージを送る。これは『1巻』の再会の日のような、秘密の暗号再びといった感じだが ちょっと無理がある。

こうして最初のピンチを乗り切った愛衣だが、その夜、恋人が出来たら紹介してと悪気のない両親の言葉に、愛衣は罪悪感が募る。そんな愛衣の気持ちを弓弦は適切に理解し、最大の理解者になってくれる。2人の秘密の交際はまだ始まったばかり。

そして何より9年ぶりに集合した家族を、今度は両親ではなく自分たちが崩壊させる訳にはいかない。本書の場合、両想いはハッピーエンドではなく、バッドエンドへの入り口と言えよう。