ヒナチ なお
恋するハリネズミ(こいするはりねずみ)
第05巻評価:★★☆(5点)
総合評価:★★☆(5点)
ピンチを乗り越え、ラブ度急上昇中の紀衣&帆月。そんな中、友達みんなで海旅行へ行くことに! 帆月くんとの“初お泊まり”でテンションあがりっぱなしの紀衣だけど、思わぬトラブルが発生しちゃって…!? チクチク、きゅんきゅん?ハリネズミ男子との恋、ハッピーすぎる完結巻!!
簡潔完結感想文
- 学校・家庭など帆月を遠巻きにする者たちとの和解する最終巻。ハリネズミ返上。
- 帆月親子の「ハリネズミのジレンマ」を解消するのはヒロイン・紀衣の役目。
- 性行為への不安でヒロインの心のハリが逆立つ。「我慢」はヒーローの勲章。
心の平穏が攻撃性や防御本能を抑制していく、の 最終5巻。
この最終巻では恋愛以外の諸問題を解決していた。それはヒーロー・帆月(ほづき)の孤独な心を救う、トラウマ解消回でもあって、独特な思考を持つ彼の心の歪みを矯正することで、ヒロイン・紀衣(きい)は2人の将来を2人で話し合って進むという安心を得る。恋愛的に余計な邪魔者がいなくて、安心して可愛らしい2人の初々しい恋愛の様子を楽しむことが出来る。
『5巻』では2人はそれぞれ互いの家の両親に会う。少女漫画における親への挨拶は婚約に等しい。これで2人の結婚は確定的と言える。紀衣の家族に会った帆月が先に誠意を見せ、そして その誠意に応えるように紀衣が帆月の家族問題に立ち入っていく。
特に帆月の家庭の問題を解消する話は少女漫画のラストに相応しい題材で、親子の側にいたいのに相手との接し方が分からない「ハリネズミのジレンマ」を解消することが2人の結婚の可能性を高めていく。
『4巻』の元カノ設定は完全に後付けの匂いがプンプンしたが、帆月が家庭内でネグレクトに近い状態なのは本編連載前の読切短編の時から用意されていた設定であろう(『2巻』収録)。
そしてラストも「ハリネズミのジレンマ」といえ、身を寄せ合いたい=性行為への興味もあるけど、同時に身を寄せることが怖いという紀衣のジレンマを帆月がしっかり理解し、これまでディスコミュニケーションによって苦しんでいた2人が その悪循環から抜け出すという明るい未来が予感される。帆月そして紀衣の2人のハリをお互いが抜くことで、もう2度とハリを逆立て誰かを傷つけたりしないという結末を迎えている。恋愛的に表立った進展はないので地味に見えるが、確かな成長を感じる。
また他にも放置されていた学校内での帆月の立ち位置も修正され、これから帆月は この高校で上手くやっていくことが予想される。
…が、最終巻まで帆月のクラスメイトは人間性が酷いことになっていて、仲良くなる必要があるのか、という疑問が拭えない。今回のスケボー3人組の行動は幼稚で、そこそこレベルの高い学校なのに こんな人間しかいないのかと嫌な気持ちになった。
そういえば この海回・お泊り回はクラスの人気者・春樹(はるき)が主導していたが、彼の姿が見えなかった。最後に春樹が もう一度 当て馬として悪あがきをするとばかり思っていたのに帆月がクラスメイトから白い目で見られている中でも姿を現さなかった。彼がクラスメイトと帆月の仲を仲裁すると、帆月の本当の心が伝わらないから黙殺することを選んだのかもしれないが、本書の人の使い方は あまり好きになれない。
なんといっても行方不明者が多数なのだ。同じクラスにいるはずの山田(やまだ)や照橋(てるはし)の存在も抹殺されているし、萌華(もえか)とスミレの女性ライバル組は当然のように再登場しない。海回では帆月の中学の元同級生たちだけでなく、春樹・山田・照橋などが再登場して、彼のことを信じるという行動を取らせても良かったのではないか。結局、世界が広がらず2人だけで生きていくような感じになってしまったのが残念。
雪乃(ゆきの)家族も最終巻は顔を出さないのも残念。最後の最後の最終話で、肉体的魅力が欠乏しているなんてネガティブな内容を描くぐらいなら、同窓会的にトラウマが消失した帆月と、これまでのキャラたちとの交流を通して、帆月の変化を描いても良かったのではないか。
最後まで「ハリネズミのジレンマ」はテーマで一貫していたが、それが読者に伝わっているかは不明だ。紀衣のペットのハリネズミも行方不明状態になっていて、画面が可愛く賑やかなのに、その世界を作者が維持できていないように思えた。良い部分と同じぐらいダメな部分もあるから褒めたいけど褒め切れないのが惜しい。
全体的な話の流れは、テーマと関連しており想像以上にちゃんとしている。なのに ちょこちょこ雑というか無慈悲な所があって好きな世界観ではない。そこが作品をどう評価していいか分からない「ジレンマ」を生んでいた。
夏休みに入り海回・水着回・お泊り回が始まる。
紀衣は夜に帆月と一緒の部屋に泊まるかもしれない可能性で頭がいっぱい。
だが道徳観に乏しいクラスメイトがトラブルを引き起こし、その仲裁に入った帆月たちに乱暴者の汚名が着せられる。帆月は性格上、真実を話さず、誰かが傷つくぐらいなら自分が傷つく方がましと自分で責任を負う。
1人で帰ろうとする帆月を、その性格をよく知る紀衣は彼を信じ、擁護しようとする。帆月は世界中が敵であっても、たった1人 信じてくれる人がいることで満たされる。
それもあって続くトラブルに対しても、本人たち以上に帆月は解決に尽力し、それが周囲の心を動かしていく。帆月と彼の中学の同級生たち、そして紀衣と、主人公たちの周囲の人たちから良い人になってトラブル解決に動き出す。
…というか、クラスメイトが酷すぎる。『1巻』で逆ギレしていた山田や『2巻』の萌華の時もだが、こんな人と友達になりたくないという人ばかりがクラスメイトで、彼らと仲良くなる選択をしなかった帆月は賢明だったのではないか、と思ってしまう。仲良くなるメリットに乏しいクラスメイトたちである…。
紀衣は帆月がずっと学校に馴染むことを望んでおり、それが達成されて満足。だが帆月と2人きりになれない、という不満も残る旅行となった。
そんな紀衣の心残りを帆月が察したのか、彼は2人だけで海に残ると宣言し、2人は並んでカキ氷を食べる。カキ氷は紀衣の過去の言葉を帆月が覚えていたからであって、紀衣は そのことに胸が熱くなる。堤防で並んで座りながら、2人はキスをする。
その帰り道、帆月は紀衣を家まで送る。だが その場面を初登場の紀衣の父親に見つかってしまう…。
当初は ただのクラスメイトとして父の怒りを治めていたが、帆月は正直に「彼氏」であることを伝える。それは紀衣の父親が彼女のアルバムを取り出してきて、父が娘を大事に育ててきたことが分かったから。当座をしのぐよりも、この場で怒りを買ってでも2人の関係を認知してもらい、その先の関係を構築したいから帆月は正直に話すことにした。
そう帆月が行動したのは自分の家庭と違って、紀衣の家庭が思いやりの上で成立していることを肌で感じ取ったから。帆月は両親に何かを願うことを諦める癖がついていたが、紀衣は帆月が諦めようとするものを「なんとかなる」と思って拾う人だった。そんな紀衣を育てた人たちに嘘はつきたくないと帆月は考えた。
その後、お酒が回った父親のせいで、紀衣は帆月と同じ布団に並んで横になる。これは当初の予定では海での お泊り回でするはずのことだろう。間近に見る帆月の顔、身体に紀衣のテンションは上がる。誠実に生きた2人に対する ご褒美かもしれない。
ラストは帆月の家庭の問題。やっぱり少女漫画はヒーローの家庭の事情に踏み込むのが伝統である。
紀衣が帆月の家に お邪魔して初対面した母親は、挨拶が済むと早々に部屋に戻って仕事をすると背を向けようとする。別れ際、紀衣に名刺を渡し、息子が迷惑をかけたら連絡して、といって立ち去る。こうして紀衣は初めて帆月の家が息子に無関心で生きていることを知り、自分の幸福な境遇もあって、必要以上にショックを受ける。
そんな帆月の母子に和解してもらおうと、紀衣は名刺にあった会社に出向く。トラウマ解消はヒロインの務めです。そうして今度はクラスメイトではなく、母親の帆月に対する誤解を解こうと奮闘する。
帆月の母は、荒れた中学校で荒れた生活になってしまった息子への苦情を対処する癖がついてしまった。自分の行動の説明を求めても帆月は口を閉ざすばかり。それは自分たち親が多忙を理由に、帆月が幼い頃から彼の言い分を聞いてこなかったことが原因で、心を閉ざしてしまったからと考えている。だから今更 歩み寄ることも出来ずに、彼に近寄れない。
帆月の親に対する態度は、未だにハリネズミのハリが出ているままなのだ。母親も自分が帆月を近寄らせなかった、心を開かせなかったことが原因だと考えているから、息子のハリに対して意見も言えない状態になっている。このジレンマを解消する鍵を紀衣は探していた…。
帆月の母親から親子関係を聞いていた紀衣だが、目の前で母親が過労によって倒れてしまう。そこで一緒に救急車に乗り、彼女の年齢や血液型を知るために、母親のカバンを探る。そこで出てきたのは…。
母が運び込まれた病室に、紀衣、そして帆月の父親、そして最後に帆月が到着する。息を切らして病室に駆け込んできた帆月だが、母の無事を確認すると 即、踵を返そうとする。必要以上に接触をしないこと、それが自他を守る帆月の家のルールになってしまっているのだろう。
そんな帆月の背中に紀衣は「みんなで写真を撮りましょう!!」と提案する。病室で写真とは不可解な言動だが、それは帆月の母親がパスケースの中に、夫婦と息子の姿を切り貼りした「家族写真」を入れているのを発見したからだった。
それは母親が望んでいたけれど、今更 言えなかった彼女の願望。それを紀衣が叶えようとし、帆月もそれに応える。これから家族写真を増やそう、という帆月の言葉に母は涙する。
その「家族写真」に紀衣も一緒に入ろうと提案された。つまりそれは、将来的に家族になるという約束でもある。夏休み中に紀衣と帆月は互いの家に出入りするようになり、それぞれの家族と交流する。男性のトラウマの解消は交際へのステップになる場合が多いが、本書の場合は交際後のことなので一気に結婚へとステップが進んでいく。
ちなみに帆月父は登場しても一言も発さない。話がややこしくなるから母親に焦点を合わせているのだろうが、何を考えているか分からない人になってしまった。そこまで性格が厳しそうな人にも見えなくて、帆月父の謎は深まるばかり。
最終話は、再び肉体的な接近について。
帆月は感情の起伏に乏しく、そして欲望すら感じさせない。そんな彼に興味を持たれていないのではないか、と紀衣は帆月の前で泣いてしまう。
今回は紀衣が早く自分の心を打ち明けた。その紀衣の心配に対して、帆月は我慢していたと彼も心境を語る。少女漫画において青少年の「我慢」は愛に変換できるものと言えよう。帆月には欲望や衝動はあるけれど、紀衣の心の準備が整うまで待っていたという。2人のことは2人のペースで決めよう、というのが彼らの将来的な約束になる。これは紀衣の心のハリが逆立たないようにして、身を寄せ合うということか。この雰囲気だと、紀衣は早々に心の準備が整っていくような気がするが…。
どこまでも好きな人や家族との距離感が分からなかった帆月。そして周囲の人間も皆、お互いに傷つかない距離を見定め、時に それが不幸を呼んでしまうこともある。そんなジレンマで統一された話は 帆月のハリが消失しハリネズミ改め ただのネズミになったことで幕を閉じる…!?