《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

超能力犯罪に司法の手は伸びない。法の盲点を突いた 血塗られた幸せ一家。

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末次 由紀(すえつぐ ゆき)
Only Youー翔べない翼ー( ーとべないつばさー)
第08巻評価:★★☆(5点)
  総合評価:★★☆(5点)
 

“こころとの未来”を守るため、真の超能力(ちから)が健二を貫いた──!罪の重さと絶望に、真は世界を閉ざしてしまう。姿を消した真を、こころは懸命に追うが……。「君がいたから、世界は愛おしく輝いて見えた──。」深い闇と哀しみを越えて翼を広げる、永遠のトゥルー・ロマンス、最終章!!感動の長編読み切り「君の黒い羽根」も収録。

簡潔完結感想文

  • 聖母になって以降、影が薄いヒロイン。手を汚すのは男ばかりの男の戦い。
  • 新しい命が生まれたら明るい未来? 兄と父で計7、8人の命を奪ってますが…。
  • 本編と同じ思想から派生した短編が素晴らしくて、本編の粗さが悪目立ちする。

でたくない めでたくない、の 最終8巻。

明確に、主役が国見(くにみ)の叔父さんに奪われた最終巻でしたね。
ヒロインもヒーローも、彼の計画を実現させるための駒に過ぎない、と思えてしまう。

主人公たちが彼の敷いたレールの上を走らされているだけで、
自分たちが未来を選んだ、という感覚が薄いことが、カタルシスを失わせた。
一家を支える収入源さえ、叔父の用意したものなのだから。
超能力で苦しんでいるとはいえヒーローが情けなく映る。

結局、叔父の望む世界が実現したわけで、
その後に取り繕ったようにハッピーエンド感を演出しても虚しいだけ。

演劇で主役を脇役がくうように、
本来の構想から延長した物語では、追加キャラが全てを支配してしまった。

ピカレスクロマンとしては面白いが、
少女漫画としては初期のコンセプトから随分 逸脱したように思う。
主役の2人が動き続けることでドラマが生まれていたのに、
後半は、彼らは一つの家で落ち着いて生活するだけ。

特にヒロインは 何もしないことが顕著になる一方で、
理想論ばかりの彼女の浅はかな思考が正しいと絶賛される世界が形成されていく。
それもこれも親や友人など彼女に反対意見を述べる人物を排除し続けた弊害である。
分かりやすい正義を振りかざす彼女だから、叔父は簡単にコントロール出来たのではないか。

後半は作品全体がヒロインの清純さを守るばかりで、
男たちが悪事や血に手を汚していくのとは対照的であった。
作品全体は重いのに、変な所だけ少女趣味なのが気になった(少女漫画だから仕方ないが)。

またヒロインの、失明期間があるという設定は飾り程度なのも気になる。
カップルの双方が特殊な人生を歩んでいる、という価値を付与するためのアクセサリーだったのだろう。


を守る「緑」のオーラの国見は、
家族の生か 叔父の死か、という究極の選択を迫られ、叔父に超能力を発動する。

一方、危険な「赤」のオーラの子ども・優(ゆう)は、妊娠中の こころ が苦しんでいるのを目の当たりにし、
人に助けを求めに走るが、周囲の人間に彼の意図が伝わらない。
再び こころ のもとに戻ってきた優は、その能力を「緑」にして使用する…。

このオーラの変化がが優の改心ということになるのかなぁ。
これで彼は他人に いたずらに危害を加えるような人ではなくなったということか。
でも「赤」が「緑」に変わるように「緑」も「赤」に変わるのは本書が証明している。

更には国見の叔父が予想していたように、
成長して自分が5人も殺していることに悩む日も確実に来る。
物語は その前に幕を閉じて一応のハッピーエンドを見せているが、この一家の前途は不安だらけだ。

だからハッピーエンドに取り繕った印象が生まれてしまうのだ。


の後 こころ は周囲の人の助けもあり病院へと運ばれる。
一方、国見は叔父を連れて病院にテレポートしてきた。

だが、叔父は脳死状態で、生命維持を機械が担っている状態となる。

医学的には原因不明の脳内出血らしいが、国見の手は赤く染まっていて、
叔父の こめかみ にも外傷があったと思うが、それはどう処理されたのか。
ラスト付近は色々と雑な部分が目について仕方ない。

叔父を殺してしまったことに放心する国見。
彼はふらりと立ち上がり、病院の屋上を目指し、
施錠されている柵を超能力で開け、自死を試みようとする。

国見が叔父の脳死に関わっていることを予感した こころ は、
無理をして病室を抜け出し、国見を探す…。

いよいよクライマックスの場面を用意しているのは分かるが、
この2人の行動は どちらも短絡的で好ましくない。
2人とも お腹の子どもを軽視し過ぎではないか。
子どもが行動の抑止力にならないことも、ラストのカタルシスが減少する一因だろう。

国見は未来を黒く塗るほどの絶望なのは分かるが、あまりにも無責任に映る。
そして こころ も次はない、と言われた直後なのに、身体に負担をかける行動に出る。
感動よりも、行動への疑問が大きすぎて、白けてしまった。

最も気になったのは、屋上での場面。
この病院、外観は6-7階ぐらいにしか見えないが、
国見が自殺をしようという時の、病院と周囲の建物の高さが安定していない。

住宅街の中の病院かと思いきや、急に周囲も10階以上のビルだらけになる。
さらに病院の屋上は それらのビルを見下ろす位置にあるから、20階ぐらいの高さある感じになる。

これは国見の心境のイメージ映像という言い逃れは出来るだろうが、
ドラマチックな映像にするために事実を歪曲しているとしか思えない。

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(右上)の病院の屋上から眺めた景色が(左上)。病院名にもなっている緑山が相当 高いのか?

父は愛する人を喪った悲しみが、その後15年以上 続いた。
自分では死ねない超能力者特有の身体を持っていたからこそ、死ぬ道を模索し続けていた。

でも国見は叔父とは背景が違う。
叔父を殺した衝撃は認めるが、
彼には まだ愛する人がいて、未来がある。
なのに自死を選ぼうとするのは ちょっと理解が出来ない。

国見は以前にも自死を試みたことがあるが、それは こころ との離別があったからだ。
大体、こころ を守る超能力を肯定していたではないか。
いきなり考えを振り切っているのが やっぱり納得できない。

叔父の死の模索が とても考えられていたので、
この国見の行動は最終回らしい最終回にするための安直さが悪目立ちする。


上で見つけた国見を助けようと、また全速力をする こころ。
残酷な言い方だが、こころ にも、国見か子どもか の命の選択を迫れば良かったのに。
彼女だけが何も考えずに行動しても、何の副作用も受けないのが気になる。

落ちていく国見に手を伸ばす こころ。
だが国見の体重を引っ張り上げられる訳もなく、2人で落ちていく。

それをテレポートで瞬間移動する国見。
助かったことを確認した こころ は国見の頬を打つ。

国見は叫ぶ、自分が許せない、この能力(ちから)が許せない、と。
これ以上 自分を憎みながら生きたくない、だから死ぬ。
愛する人を身勝手に残してでも。

でも こころ を助けたテレポートは、紛れもなく超能力なのだ。

こころは 自分のために生きるのがいやなら わたしのために生きて…
罪から逃げてしまわないで…と懇願する。

2人の問題は、そうして一件落着。

んーー、でも国見って随分前から こころ のためだけに生きていた気がする。
彼女の望む世界を実現するために、自信を奉仕していたではないか。

結局、堂々巡りでそこに落ち着くだけで、国見の心境に変革があった訳ではない。
2人の関係の修復が、同じ内容と同じ言葉の繰り返しで新鮮味が失われて久しい。


そして優は叔父の願いを聞き入れて、彼の生命を維持していた装置の機能を停止させる。

それが叔父が優に託した願い。
叔父は優にも幸せになれ、と願っていた。

こうして物語は幕を下ろす。
「主人公が死ななきゃ終わらない話」
「主人公が死ねば美談で終わる」
これらは『8巻』の後半を占める読切短編中の言葉だが、本編にもピッタリの言葉だ。

例え陰の主役であっても、叔父が死ぬことで初めて物語は終わりを迎えられる。


父の葬儀の後に、叔父が国見に残した封筒を開ける。
そこには国見に関する研究、そして叔父の心配りが記されていた。

ちなみに国見は「赤」と「緑」の能力の融合の可能性があるらしい。
本当に世界最高の存在になる日も来るのか。
最後までヒーローの価値を上げにかかるとは。

国見もトラウマが数日で すっかり氷解したようで、暗い表情から解放される。
彼が犯した殺人さえも、いよいよ美談になって行きます。

最後の場面、こころ が抱きかかえる妹・唯(ゆい)に優(そして国見も)は頬を紅潮させているが、
この時が初対面だったのだろうか。
この場面がよく分からない。
まさか若き日の作者は妊婦が出産後すぐ歩いて家族のもとに赤ちゃんを見せに行くとでも思っていたのか。

もしかして赤ちゃんの名前が唯(ゆい)なのは、
書名が『Only You』だから、「優」=You と「唯」=Only という意味なのかな。
そして翔べない翼を持つのは国見だ。
こころ がどこにも該当しないか。
それとも彼女は作品全体を包む この世界の神か。

(影の)主人公の死で物語は閉じられ、そして赤ちゃんが明るい未来を象徴する。

でも上述の通り、全く心が休まらないラストである。
そして国見が2人、優が6人(国見の叔父を含め)人を殺している事実が残る。
その苦しみを描くことなく、幸せそうな一コマで物語を終わらせるのは卑怯に感じる。

特に優はオーラの色の変化だけで、良き存在のように描かれているのが浅く感じる。
実子と養子を同時に育てるなど、こころ にも現実的な問題が数多く残されているが、
そういう扱い切れないことは全部描かないらしい。


後だし、絶版の作品なので盛大にネタバレをして終わりにします。

ヒロイン・こころ  :聖女から聖母
ヒーロー・国見 真 :2人殺害
子供その1・優 :5人+1人殺害
子供その2・唯 :無垢な存在(超能力の保持も不明)

そして物語から弾かれた数多の人々。

ヒロインの母:病死  ヒロインの父:大阪に転勤
ヒーローの母:家族放棄   ヒーローの父:死亡  ヒーローの妹:死亡
ヒーローの叔父:死亡  その妻:死亡  その娘:留学の可能性大
優の母:死亡  優の父・兄:家族放棄

名前を持った友人たちも、中途半端な立ち位置で中盤以降は全く出てこない。

結果的に、超能力者と社会の接点はどんどん失われ、
ヒロインたちの行動を縛る人物たちを排除して、彼らだけの楽園を作り上げる独善的な話になってしまった。

そして、何人も死なせて排除して出来上がった家族が、
叔父のサポートありきだったのが情けない。
傀儡の主人公たちの魅力は減っていくばかりである。

「君の黒い羽根 ー宇宙(そら)の少年ー」…
エイズに冒された11歳の少年・律(りつ)は悪魔を召喚し、自分が死ぬ日を教えてくれるよう願う…。

本編以上に時代を感じさせる作品。
雑誌掲載は1998年。

少女漫画と「不治の病」は定番とも言える組み合わせ。
エイズの前は白血病が多かったと思われる。
だが現在(2022年)では、エイズの患者を中心に据えることは あまりないだろう。
それだけ医学が進歩したということだ。

ちなみに私が この1年で読んだ2つの少女漫画の「難病モノ」は どちらも心臓病だったなぁ。

この少年も、本編の国見の叔父と同じく、自分の死ぬ日が分かっている人である。
本編の連載中に雑誌に掲載されたので、国見の叔父の運命を考える時に生まれた短編だろう。
広義では姉妹編と言えるかもしれない。

死ぬ日が分かっていれば、恐怖心に時間を奪われずに、有効に生きることが出来る。
そう考える少年は本当に11歳なのだろうか。

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長くないと承知していたが、それ以上に短い人生。その後も精神力で普通に過ごす11歳の強さよ。

教室内の怪我が原因で、周囲に感染させないために病名を告白する律。
その動揺がクラスを覆うことを見越して、先回りで学校に来ることを止める。
死期を知りながら、「病気を治すことに集中します」と笑顔で語る彼の姿が悲しすぎる。

1人で千羽鶴を折りながらも「みんなで作った」という女子生徒も健気である。
この作品の主要人物には悪い人がいない。

この女子生徒との交流が、律に生への執着を生ませる。
律が女の子の髪を結ぶ場面は彼らの中で最大に胸が高鳴る行為である。
エロティックといってもいいかもしれないぐらい。
したいことが出来た時、したいことが出来ないことを自覚しなければならないなんて辛すぎる。

もう一人、律の毎日を見続けていたのが悪魔。
彼もまた心優しい存在だから、宇宙から地球を見たいという律の願いを聞き届ける。

運命は変わらない。
救いのない人生だが、その後の彼に救いが用意されている。

もしかして悪魔が極悪人しか相手にしない(したくない)のは、
その優しさが邪魔をして仕事の効率が落ちるからではないだろうか。