やまもり 三香(やまもり みか)
椿町ロンリープラネット(つばきちょうロンリープラネット)
第04巻評価:★★★☆(7点)
総合評価:★★★★(8点)
暁に抱きしめられたふみ。暁への恋を諦めようとしていたのに──。心は乱れたまま夏休みに突入! 暁と悟郎について京都にいくことに。ところが悟郎が仕事で帰ってしまい京都で2人きり──!!
簡潔完結感想文
- 好きが充満しそうな家を飛び出して京都へ。ある意味で修学旅行回です。
- いつもとは違う風景の中に、いつもとは違う格好をした あなたがいる。
- 当て馬だと思われた男性が別の女性に恋をし、新たな当て馬が出現する。
京都伏見稲荷 深草藪之内町トゥギャザープラネット、の 4巻。
『4巻』の大半は京都にいるヒロイン・ふみ と、小説家・木曳野(きびきの)先生。
私は『4巻』は年の差のある2人による修学旅行回として読んだ。
高校生活の最大イベントである修学旅行も2人は絶対に一緒に回れない。
であれば高校2年生の夏休みを利用して、
擬似修学旅行を お送りしようとしたのかもしれない。
1日目は移動と団体行動ばかりで お勉強が中心。
だが2日目からは自由行動で、好きな人と2人だけで京都の町を回るドキドキの展開。
そして更には旅行で一層 距離の近づいた2人が、
京都2日目には名所で告白タイム⁉という盛り上がりまで作ってくれている。
『3巻』までで2人が住む家の中に恋の雰囲気を充満させて、
そこから場面を大きく移し、新しい空気を取り入れて、新鮮さを常に提供できている。
渡辺あゆ さん『L♥DK』と同じようにワンシチュエーションのドラマになりがちだが、
(特に本書は年齢差が大きいので同じ学校にも通えない)
外に出ることによってマンネリを回避している。
恋愛の方も進んでいないように見えて、ちゃんと進んでいるし、
『5巻』での同居生活は、また これまでとは違うドキドキが生まれるだろう。
多くの少女漫画だと交際後の旅行回が多いが、
小説家で自活している木曳野先生は、いつでも旅行に行ける身分。
とても良い大人の修学旅行となりました。
先生が ふみ を京都旅行に同行させることにしたのは、とある雨の日のこと。
傘を持たずに買い物に行った ふみが夕立に出くわし、それを先生が迎えに行く…。
もはや夫婦の(それも老年夫婦)ような2人である。
先生は1本しか傘を持ってこなかったため、必然的に相合傘となる。
普通に考えれば、ふみ の傘がない訳ないのだが、これでいい。
食事はもちろん、季節の流れもしっかり入っていて情緒を醸し出している。
この回も説明過多だけど、
先生が旅行に行くために仕事を詰め込んでいる中でも、
雨に降られているだろう ふみ のために時間と労力を割くという展開が良い。
先生の心に少しでも居場所があるのだから。
こういう落ち着いた胸キュンが好ましい。
この回にサブタイトルを付けるなら「恋は雨上がりのように」だろう。
そんな雨の日に先生に誘われて京都行きが決まる。
表層上の先生の言葉は、ふみ に留守宅を任せられない、というもの。
だが裏返せば、「視界から離れるな」とか「一時も離れたくない」だろうか。
幼なじみの編集者・悟郎(ごろう)が推察するようなことを指摘したら先生は怒るだろうけど(笑)
ふみ は京都も新幹線も初めて。
中学の修学旅行は房総半島という謎のチョイス(失礼ですね)。
全く京都に所縁のない ふみ と、
京都に思い出がある先生の記憶が重なることが奇跡となる。
当初は悟郎と3人での取材旅行だったが、1日目で彼が仕事で東京にとんぼ返りすることになってしまい、
2人だけで京都に滞在することになる。
ここは「やまもり谷(だに)」先生、原稿をおとしてくれて、ありがとう。
宿泊先の旅館では浴衣を着ると各種サービスが受けられるとあって、2人は浴衣を着ることにする。
バイト代が出たサイン会の時などもそうだったが、
ふみ は守銭奴(というか吝嗇家か)なので、
お金をチラつかせれば、行動を操れるところが良いですね(笑)
これによって先生と ふみ両者の和装が見られることになりました。
そういえば先生の和装は初めてですかね。
家も年代物の和風の造りだし、彼自身も甚平とか着てそうな雰囲気ですが、
主にTシャツを着用しているので、和の先生は初めて。
髪型も相まって武士のような雰囲気。
3人ぐらいは斬りつけたことあるでしょう(笑)
ふみ の和装は想像通り、彼女の雰囲気に合っている。
先生は何も言わないが、そこに2コマを消費していることで感情の揺れが見られる。
少し開いた口が、真一文字に閉じられ、目はより真剣に彼女を見つめている。
閉じた口から思いもよらぬ言葉が発せられる前に、
そこから背を向けて「行くぞ」と いつもの自分を取り戻している。
これも後々で先生が「言葉を飲んだ」と丁寧に説明してくれている。
私としては作者の狙いを読み取ったぞ!と、得意になって感想文を書いているのに…。
そうして浴衣で京都の町を回るするが、ふみの下駄の鼻緒が切れてしまう。
それを応急措置する木曳野。
時代小説家であり、時代劇に精通している彼だから、
切れた鼻緒の直し方ぐらい お手の物。
これはまさに、先生の書く時代小説界においての、ベタ展開&江戸の胸キュンである。
そして直した下駄を履かせてくれる様子は、まるで江戸のシンデレラである。
現代劇での着飾った時のハイヒールの靴擦れの、江戸版ですね。
靴にまつわるトラブルは、身体的接触もあるし、男性の優しさも見せられるし、
ヒーローがヒロインを お姫様にするという意味でも便利な場面となる。
木曳野は取材を1日で終え、後の日程は執筆と構想に使う予定だった。
だが彼の方から、2日目に観光スポットへのお誘いがある。
もしかしたら これは ふみ の浴衣姿への彼なりのお礼なのかもしれない…。
彼が行先に選ぶ伏見稲荷も、
子供の頃の木曳野の思い出が残されている場所。
自分から女性を誘う、自分の過去に所縁のある場所に行くこと、
どちらも自分を その人に知ってほしいという願望が隠れているように思う。
心身とも疲弊した1日で、夕食前に寝てしまう。
眠る ふみ の頬や髪を触る木曳野だったが、
その時 ふみが、「すきれす 先生」と寝言を発した…。
ここも先生の手が自発的に女性に伸びるというのは貴重なのではないか。
その言葉に実は大きく動揺しているように見える先生。
どうやら その言葉が頭から離れないらしく、直接 問わずにはいられなかった。
自分からその人と一緒にいようとする、
近づいてくる女性を拒まないが、その人の真意を確かめようとする、
これは先生にとって誤作動である。
先生の問いかけの直前に、ふみが木曳野の過去と呼応する言葉を放ったことも大きいだろう。
『3巻』で先生が ふみ の心の扉を開けたように、
ふみ の何気ない一言が、先生の過去の扉を開けたのではないか。
そして昨夜の寝言を ふみ に知らせ、その意味を問うのも、
「何故オレは こんな下らない事の真相を追求するのか」ではなく、
聞かずにはいられない、放っておけない関心事なのだ。
彼女のことだから、「こんなに知りたいと思う」のではないか。
だが、ふみ は先生の問いを しどろもどろ ながら誤魔化す。
告白しちゃいなよ、と第三者的には思うが、
どうしても先生の容赦ない一刀両断を想像してしまうのは理解できる。
それに先生への好意を認めても、この段階では先生自身が自分の気持ちを把握していないから、時期尚早なのも確か。
恋はタイミング。
先生側の準備がキチンと整うまでは 動いてはいけない。
事実、先生は湧き上がってきている気持ちが分からず苛立ちを覚えている。
その自己分析の時間を与えるのも得策ではないか。
再度 京都に舞い戻った悟郎は、この数日の2人の顛末を聞く。
ふみ に好きな人がいる事実に対し、木曳野は「オレには関係ない事だ」とまたも一蹴。
しかし それは姪っ子の恋のように保護者としての立場からの意見ではない。
それならば小娘を叱り飛ばす言葉を持つはずだ。
関係ない、と自分に言い聞かせることで、これ以上この件を思考しないようにしているのではないか。
悟郎の覚える違和感の正体は その辺にある。
そんな煮え切らない幼なじみに対して、悟郎は当て馬役を買って出る。
一人で先に帰る ふみ に対して、木曳野の前で、ホホにキスをした。
これは『3巻』での「命令ゲーム」での内容と同じ。
木曳野が拒絶したため、悟郎が ふみ とキスをするはずが、
結果的には木曳野がデコチューをした あの事件である。
木曳野は その光景が見たくなかったから自分が動いたと思われるが、
今回は その見たくないものが眼前で行われてしまった。
あくまでも無関係を装う幼なじみに対して、悟郎は彼の心を引き出し、恋愛の戦場に上がらせる。
その姿は まさに当て馬。
相手の奮起を期待しての行動であった。
停滞が予想される ふみ の恋に代わって挟まれるのが「友人の恋」。
ふみ不在中に クラスメイトたちに縁が生まれる。
私の興味のない「友人の恋」ゾーンに突入したわけですが、
上述の通り、ふみ の恋は停滞だろうから、
新しい刺激と進展をもたらす存在として用意された部分もあるだろう。
ふみ の友人・洋(よう)ちゃんと転校生の一心(いっしん)は、
コンビニ商品ではあるが、食の趣味が合う。
木曳野にとって「お前(ふみ)の作るのなら何でもウマい」ように、
一心にとって、洋が勧めるものなら何でもウマい、のだ。
ある意味で2人とも胃袋を掴まれた、と言えよう。
女性は胸キュン、男性は胃袋キュンで 自分の恋心を自覚するのかもしれない…。
他の男の存在が一心の心を搔き乱し、自分の心を自覚する。
ここに恋愛が生まれるとは全くの予想外。
まさか一心が当て馬ではないとは、と驚いた人が多数いたのではないか。
ここは ふみが不在だから洋と一心に縁が出来るという流れが自然で良い。
ふみがいたら洋がこんなにバイトを入れることはなかったし、
そこに一心が通うようになって、こんなに距離が近くはならなかった。
肝だめしも同じ。
本来は苦手だけれど、ふみ もいないし、暇だから参加したという流れが出来ている。
先生が ふみ を京都に誘ったことで、新しい恋が生まれようとしている。
この恋は、三白眼のキューピッドのお陰と言えよう。