《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

出会ってからというもの、俺は お前と3日と離れられないことを思い知る。

椿町ロンリープラネット 5 (マーガレットコミックスDIGITAL)
やまもり 三香(やまもり みか)
椿町ロンリープラネット(つばきちょうロンリープラネット
第05巻評価:★★★★(8点)
  総合評価:★★★★(8点)
 

恋心を隠そうとするあまり暁ではなく別の先生が好き、ということになってしまったふみ。暁はそれ以降不機嫌です。ふたりの関係がぎくしゃくする中、ふとした暁の優しさにふみの気持ちは高まり─!?

簡潔完結感想文

  • 当て馬を自覚している当て馬役の暗躍。だが木乃伊取りが木乃伊になる⁉
  • 京都旅行に続き男女3人夏祭り物語。秘めていた恋の花火は空に打ちあがる。
  • 初の別居。女性の居る家に我武者羅に走ることで、先生のトラウマ解消?

れまで通りの自分には もう戻れない 5巻。

物語が大きく動きます。
中盤でヒロイン・ふみが行動に出たことも驚きましたが、
終盤でヒーロー・木曳野(きびきの)が走ったことにも驚いた。
間違いなく物語の転換点となる巻です。

ちなみに私は、この巻を木曳野のトラウマの解消として読んだ。

『5巻』の中で木曳野の恋愛遍歴が彼の中で回想される。
そばにいる女性に告白させてしまう魔性を持つ彼だが、現在は恋愛ニート、ひきこもり、不感症状態。
なぜ彼がそうなってしまったのかが回想の中で語られる。

彼にとって女性、または恋愛とは
「好きだと言って近付いて来ては 嫌いだと言って離れて行く」もの。
「数を重ねても結果はいつも同じ」
「好きになるのも 好きになられるのも不慣れで不毛」
「ならばいっそ ひとりでいれば いい」という結論に達したらしい。

こういう経緯を経ていたから、
ふみが木曳野に出会ってからというものも、彼の周囲に恋愛の気配はなかった。

ただし この回想の中で一つだけ気になる箇所がある。
それが木曳野が大学時代に出会った女性との交際。

この女性との恋愛も、それまでと そして それからと同じ経緯を辿っている。
一方的に距離を詰めてくるが、交際中も個を崩さない木曳野に呆れ、疲れ果てる。

だが その交際の中の とある冬の日、木曳野は 自分から彼女の家に向かっている。
プレゼントまで用意して、彼女のために彼から動いた。

もしかしたら、回想される幾つもの交際の中で、この恋だけは先生にとって割と重要だったのではないか。
交際相手も、黒髪と清楚な感じがどことなく ふみ に似ている。
(この件に関して完読すると とあることに気づく。が、それは その巻での感想文で書きます)

が、中から出てきたのは別の男といる彼女。
これって、男性にとって恋愛・女性不信になるぐらいショッキングな出来事だと思う。
木曳野は表情一つ変えないが、だからといって彼が何も思っていない訳ではない。
幼なじみの悟郎(ごろう)が言う通り、「愛情深い」人でもあるんだから。

もしかしたら女性を追うことは、先生のトラウマなのではないか。
傷つきたくないから自分からは動かない。
それは先生の処世術なのかもしれない。

その事件以降に重ねる恋愛も
「きっと自分には何かが欠落しているんだろうと思」わされるだけ。
相手だけでなく自分を傷つけるのが木曳野の恋愛なのだろう。

だが今回、先生は自分から動く。
閉ざされた扉を自分の手で開く。
これによってトラウマは払拭され、恋愛は解禁となる。

多くの少女漫画ではヒロインがヒーローのトラウマを共有し、助けになるが、
本書では、ヒーローの自問自答で解決することになる。
それに先生の過去の因縁はまだありますし。
…っと、それはまた別の話。


都旅行から1週間、
当て馬役を進んで引き受ける編集者・悟郎が、恋心を自覚していない木曳野の心を波立たせる。

余談になりますが、
『2巻』の木曳野のサイン会会場の場面で無駄に目立っていた男性、
そして今回のファンレターの送り主は、幸田もも子さん『センセイ君主(未読)』の登場人物だったんですね。

夏の盛り、エアコンが壊れたため、
ひるなか から風呂に入り、上半身裸でうろつく木曳野。
ふみ は、それを見て赤面する。

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同居によるラッキースケベも『5巻』が初。こういう慎ましやかさが まことに好ましい。

恋する女性の気持ちを少しも理解しない先生に逆ギレに近い怒りをぶつける ふみ。
しかし その怒りも先生には上手く届かず、
木曳野は うら若き女性に対して、乱れた格好をする自分に反省しただけ。
先生にとって、礼節を重んじる格好が、翌日からの襟付きのシャツだったのだろう。
木曳野の真面目で天然なところは、読者を虜にする彼の魔性ですね。

食を通じて結ばれるところの大きい彼らだが、
今回は先生が ふみ の料理の下準備に興味を持ち、初の共同作業となる。
けれど木曳野は不器用らしく、絹さやをボロボロにするだけ。
これは彼の恋愛に対する態度と似ているかもしれない。
自分では大事にしているつもりでも、相手がボロボロになってしまう。

それは今も変わらずで、彼に恋する ふみ を「女扱い」するのがきちんとした格好で、
彼女の反省の言葉に対しても「同居人」であることを強調する返答をしてしまう。
初心(うぶ)な ふみ にとって、
上裸のセクシー木曳野と正装 木曳野は どちらが嬉しいのだろうか。
シャツを着てるけどボタンは全開ぐらいが丁度いいだろうか(笑)

読者にとっては木曳野は少しずつ分かりやすくなるが、
ふみ にそれを悟らせない、悪い方向に誤解させる仕組みが常に働いている。
これは両想いまで随分とかかるのではないかと思っていたら…。


郎が ふみを夏祭りに誘う。
そこに「祭りの資料が欲しい」と同行する木曳野。
旅行回に続いて、夏祭り回です。

祭りで屈託なく笑う ふみの顔を見て、口角を上げる先生が素敵だ。

京都に続いて、夏祭りでも悟郎は早退してしまう(今回は気を回して)。
なので花火は2人で見ることに。

木曳野から好きな奴と一緒に来なくていいのか、と架空の「好きな人」のことを問われる ふみ。
何度も言いますが、木曳野が女性に対して、
その人が好きな人のことを聞くこと自体が珍事なのです。
(事実、中学生(?)の彼は女性の恋愛話に「正直あまり興味ない」と一刀両断だったのだ)

ふみは好きな人の特徴を次々と挙げるが、木曳野は勘づかない。
ふみ がこんなにも特徴を語られる人、共に時間を過ごす人なんて地球上に1人しかいないのに。

逆に、ふみ から祭りに来た理由を誤解された木曳野は、
自分が祭りに来たのは「お前のこと ほっとけないから」だと告げる。

その言葉と空に広がる花に後ろから押されて、ふみは想いを告げるのだが…。


白に対し、先生が驚き、固まり、沈思黙考したことで、
彼の困惑を感じ取った ふみ は自分の早計に思い当たる。

その直後に友人・洋(よう)ちゃんに声を掛けられ、ふみはそれに便乗し、その場から逃亡する。
逃亡は少女漫画において場面転換を手助けする便利な行動なのです。

ここで洋ちゃんに会うのも偶然ではなく、
ふみが夏祭りに行くと決まる前から、彼女は会場にいるのが決まっていた。
そのことで逃亡も場面転換も自然になっていると言える。

洋の提案で、何日か洋の家にお世話になって、気まずさを解消させようとする。

ふみ は無断で出て行くような子ではないので、ちゃんと先生に了解を取りに家に帰る。
この時、2人は扉で隔てられている。
どちらも扉を開けないのは お互いに気まずいからであろう。

男性側アドバイザーとなったクラスメイト・一心(いっしん)の言う通り、
「気まずいのは お前だけじゃないかもしんないじゃん」。

顔を合わせないことで2人の関係をあの時の状態で一時停止している。

家を空ける許可を得る際に、ふみ は あの告白が嘘ではないことも告げる。
ここで誤魔化す道もあったと思うが、
何度も嘘をついて、蓋をしてきた気持ちを、
これ以上、自分で汚すようなことをしないのが背筋が伸びている。

顔を合わせないまま、距離を取ることで、
先生にとっても、早計に返事をしたりせず、自問自答する時間が与えられた。

もし、この猶予がなかったら、
先生は先生の気持ちに早く見切りをつけてしまったかもしれない。
答えを求められると即座に否定から入ってしまうのが先生なんだもの。


うして、出会ってから初の別居生活が始まる。
厳密には京都取材旅行の帰りがズレているので、何日かは離れていたんでしょうが。

ふみ は3~4日を目安に家を空ける。
食事は家を出る前に ふみが事前に用意してくれた。
私事で家事・仕事を放棄するのだから、当然といえば当然だが、
女子高生にしては冷静で視野の広い判断である。

木曳野は それを食すだけの日々。
机に向かい合う相手はいない。

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木曳野の生活は数か月前に戻っただけ。けれど同じ作り手・同じ料理も、味わいがなくなる。

3日目の食事の途中で、木曳野は家を飛び出す。
夏の暑い最中、先生は走って洋の家にやって来た。

女性の居る家を訪問するなんて、上記の大学生の頃の思い出以来ではないか。
やはり ある意味でトラウマの払拭と考えることも出来る。

女性の居る家の扉を開けることは、
「ひとりでいれば いいのだと」決めた先生の、新たな扉が開かれたことを意味する。

ここで、先生が決意するのが食事中というのも本書らしくて良いですね。
いつも通りに ふみが用意してくれた料理だけれど、一人で食べては味気ない。
君がいない家は、味のしない食事と同じ。
人生を豊かにする調味料が足りない。

そして迎えに来たからには、答えは一つ。
それが先生の覚悟である。

もう彼女のことを娘だとは思わない。
一人の女性として考えている。

その証が呼び名に宿る。