ろびこ
僕と君の大切な話(ぼくときみのたいせつなはなし)
第07巻評価:★★★★(8点)
総合評価:★★★★☆(9点)
同じ学年の東くんに片想いしてきた相沢のぞみ。告白に超斜め上の返事をされてからも、めげずに駅のホーム、中庭、部室、喫茶店、図書室と、沢山の会話を続けて次第に東くんと仲良くなり、ついについに東くんから告白される。だけど、なぜだか付き合うのは待ってほしいと言われてしまって? 笑いもニヤニヤも”恋も”止まらない! すれ違う男女の新感覚”トーキング”ラブコメディー、完結の第7巻!
簡潔完結感想文
- 告白しても交際は出来ないという東くん。これも一種の男のトラウマ問題⁉
- 悟りを開いた東くんは言葉を争いに使わない。うん… 皆さんと話がしたい。
- 学校イベントにも恋愛イベントにも頼らない稀有な少女漫画が ここに完結!
言葉をどう用いるかだけで、成長を感じられる 最終7巻。
本書の主人公・東 司朗(あずま しろう)は対話の道を閉ざさない。
それをポリシーにしている彼ではあるが、
初期の彼の言葉は自分の考えを訴えるためにしかなかった。
相手に反論し、相手のことを考えず論破だけを目的にする幼さが見え隠れした。
だが、最終巻の彼はどうだ。
クラスメイトたちの不和を調停するために言葉を駆使し、
友人の恋愛の心配事を好意的な解釈を用いて解消してあげて、
かつての自分のように、想いを伝えることに尻込みする幼なじみに対して優しい言葉で背中を押している。
もはや、まごうことなきイケメンである。
精神的なイケメン男子が ここに誕生した。
会話を作品のテーマに据えて、
そして会話方法でヒーローの変化を的確に伝える。
この点だけでも、本書は素晴らしい漫画だと断言できる。
そして少女漫画的観点から言うと、
『2巻』以降は学園モノとしての側面が強いのに、学校イベントがなかったことも凄い。
物語の始まりは高校2年生の2学期。
修学旅行もすでに終わっているのか無かった。
文化祭については ちょうど開催時期直前だがスルー。
1年生の文化祭準備の時期こそ大事な場面で使われているが、文化祭自体は描かれていない。
3年生の文化祭も描かれることなく、その手前で物語は終わった。
話のネタに困ったら学校イベントと恋愛を組み合わせることの多い少女漫画だが、
本書は、ハレの日を描かないまま、ケの、普通の学校生活が続いた。
これによって外圧によって恋愛感情が盛り上がるのではなく、
普通の日常の中で、自分の中に恋が芽生えていく様子が手に取るように分かった。
唯一、季節的な特別イベントがあったのは、初詣回ぐらいだろうか。
ただこれも、学校外で会うことの続いた冬休みの中の1日。
大きなイベントというよりは、流れの中の一部と言える。
『7巻』でも、告白した後も学校の日常は変わらずに続く雰囲気を維持しているのが好ましい。
当人にとっては告白も交際も「世界を揺るがす大事件」だけど、やはり世界は誰か一人で回しているのではない。
そういう冷静な客観性があるから、この作品世界は広く感じられるのだ。
その一方で相沢さんが脳内でキャーキャー盛り上がっているから笑えるし。
物語が高校3年生の1学期で終わっているのも賢明な選択だ。
私の持論として、少女漫画の高校3年生は魔の時期である。
作者は力量があるので大丈夫だと思うが、安易に足を踏み入れて泥沼に沈んでいく作品も少なくない。
どうしても作風が暗くなってしまうから、読んでいても息苦しさが出てしまう。
ならば、どこまでも広がる青い空を見つめながら、物語を閉じるのも悪くない。
この先は、僕や私が大好きな話として読者が想像すればいい。
そして三角関係、元カノ・元カレ問題、失恋など
少女漫画における恋愛イベントを主人公たちに全くさせていないのも特徴だろう。
これらは脇役キャラで匂わせている程度。
登場人物に無駄な悲しみを与えないのが本書の優しいところ。
ちっとも少女漫画らしくないのに、ちゃんと少女漫画している そのバランス感覚は並ではない。
『7巻』で唯一 少女漫画の作法かな、と思うのは、
相沢さんに告白はしたが、彼女からの返事は待ってと言う東くんスタンス。
彼は「相沢さんに告白を申し込めるような男」になるために、
人生で初めて小説を書き上げようとする。
これは少女漫画の最終回前に見られる男性ヒーローのトラウマ克服に構図が似ている。
東くんに大々的なトラウマがある訳ではないので、
描かれるのは飽くまでも執筆という孤独で、そして恥を伴う作業だけなのですが、
彼自身の問題が交際のスタートの障害となっている。
そして『1巻』1話で告白する勇気を持っていた相沢さんに対して、
東くんが恋心を自覚してから しばらくは告白できなかったのはヒーローの成長待ち、であって
これもまた少女漫画的なヒロイン最強の展開とも言える。
ドSや俺様ヒーローなどと少し種類は違うが、
スタート時に性格に難があったのは、東くんも同じである。
その彼が寛容さを持ち合わせるようになったのだから、これは確かな成長だ。
まぁ、相沢さんも告白の前に1年余りにわたって、ウジウジしていた訳ですから、
東くんだけが未熟だったような書き方はフェアではないのですが。
東くんは自分に課した難題に大いに苦しめられる。
これまで批評する側だったのが、される側になって初めて気づくことは多く、精神を摩耗する。
漫画を創作する文芸部員の女子生徒に辛辣な言葉を吐いた自分を反省したことでしょう。
こういう過去があるから東くんも他者に対する気遣いが出来るようになったのかな?
創作の苦しみが彼を成長させたと言える。
女子生徒の喧嘩の仲裁という火中の栗を拾うようなことをしてみたり、
(クラスの不和は執筆に支障が出る、という理由もあるが)
カフェインくんの恋愛相談その2・はまりん編に乗ってあげたりする。
この相談で印象的なのは、東くんが、
彼らの交際に対して否定の一切 言葉を使わずに、彼らの在り方を肯定しているところ。
女性の態度を好意的に解釈するなど これまでの東くんには見られなかった。
これまでなら、女性側の棘のある言葉に対して「失礼な女性だな」
「女というものは独善的で 相手の事情など考えられない生き物だ」ぐらいのことを言いかねなかった。
カフェインくんへの友情から、彼を喜ばす言葉だけを紡いでいる。
それがカフェインくんの自信にも繋がり、彼女のことをより好意的に見直す契機となった。
ただし、実は はまりん が東くんにとっての理想的な女性なだけである可能性もあるのだが…。
読書好きだし、創作に関する悩みを分かち合えるし、結構な共通点を持っている。
同じように東くんが、背中を押して上げるのが、
幼なじみの圭介(けいすけ)の、東くんと一番 歳が近い叔母・鈴(すず)への告白。
結果から言うと『7巻』において圭介の恋は破れる。
本書でこんなに明確な失恋は他にない。
だが私は本書において、失恋を決定づけられた者は、
告白することも叶わないのが、この世界のルールだと思っている。
俗に言う サイレント失恋である。
(東くんを密かに想っていた九藤(くどう)さんや相沢さんに好意を抱いた環(たまき)、そして鈴本人)
だから このルールに縛られた作品の中で、
圭介が告白できたこと自体が、彼の明るい未来を示すものではないか。
『7巻』で失恋した彼だが、これからも続く『8巻』『9巻』の作品世界では想いが成就している可能性が高い。
作者は優しいから、登場人物を無駄に悲しませたりしない。
今の彼の悲しみが反転する日が あるに決まっている。
しかし子供の頃の圭介が、鈴が恋していた野呂(のろ)先生の体型に酷似しているのは偶然か必然か。
もしかして鈴の頭に好きな体型として刷り込まれていたのではないか。
圭介が再び太っちょ体型に戻れば、恋愛成就の可能性が更に高まったりして…。
圭介と、そして東くんが、ちゃんと鈴を見ていることが示されて その優しさにまた嬉しくなった。
養子である鈴が、少女時代から少なからずガマンをしていることを知っている圭介。
圭介自身は否定しているが、
彼が親から押し付けられた環境に息苦しさを覚えていたのは確かで、
何だかんだ女性陣に可愛がられている東に対して、黒い感情を持つのも時間の問題だったかもしれない。
それが鈴のガマンと共鳴したから、彼女は圭介に言葉を掛けたのかもしれない。
圭介の親に対するガマンは中学時代に爆発したらしく、荒れて金髪アフロになった時期もある。
彼の今の飄々とした性格は、そうやって獲得されていったのかもしれない。
どの登場人物にも言えることだが、彼の話も もっと読みたい。
そして今、実の姉妹である4人の姉たちと、離れて生活することになる養子の鈴。
進学のためという理由があるが、
鈴が異分子の自分が彼女たちの世界から弾かれたと思っても不思議ではない。
だから圭介は、彼女を孤独と孤絶から守ろうと、会いに行くと言い出したのだろう。
鈴にとっては、幼い頃から、この家にとっての もう一人の異分子である圭介が側いることが、
連帯感と安心感を もたらしていたとも考えられる。
だから圭介が高校卒業後、本当に鈴を追っかけていけば、
そこが鈴の居るべき場所となって、圭介が隣にいるのが当たり前の日常がやって来る、はず。
そうやって、水戸黄門のように各地の争いや心配事を解消していく平和の使者・東くん。
もはや彼は無敵である。
小説創作で背伸びをすることを止めた。理想を追うことを止めた。
書きたいという気持ちに従って、書けるもの書く。
創作した作品は、人間性の全て。
それを相沢さんに見せることは羞恥の極致。
だが彼女は既に好きな男性にパンツを見せている。2度も。
ならば、東くんも同じ覚悟を持つしかない。
それに人間性は既に見せているし、その上で彼女は君を慕っている。
そうして作品は完成する。
これは、東くんが相沢さんと色々な話をしたから出来た大切な話。
いよいよ学校で創作小説を書いていることを告げ、作品を手渡した東くん。
しかし、彼女が作品の感想を告げるまでには時間がかかった(5日!)。
本書の特徴として、返答までが長いことが挙げられる。
この待つ作業も含めて恋愛と考えているのだろう。
そして もう一つのルールは直接対話。
間違ってもLINEで告白したり、感想を送りつけたりしない。
相手の準備が整うまで、時には不安で心がいっぱいになりながら、ゆっくりと待つ。
相手の言葉を否定しない、相手の言葉を催促しない、
それが対話のルールだから。
そして、あの駅のホーム。始まりの場所である。
最初とは座る位置が逆で、会話が始まる。
座る位置が逆なのは『1巻』との対称性を一層 際立たせるためなのかな。
相沢さんにとっては、小説の出来不出来よりも、
東くんの創作物に触れることで「東くんの見ている世界が垣間見られる気がし」た喜びが大きい。
かつて「嫌な気持ちに飲み込まれそうにな」っていた相沢さんが救われたのは、
東くんが愛おしそうに見つめる先に、青い空があったから(『2巻』)。
そして彼の小説の世界にも同じものがあった。
これからも相沢さんは彼が書く小説を、彼自身と同じように大切に思うのだろう。
改めて東くんから告白する この回が実質 最終回ですね。
連載の最終回は後日談に近い。
もっともっと後日談を読みたい気持ちはあるが、
最終回自体がファンサービスなのではないか。
キスも その一環かなと私は思います。
それを読みたい読者の気持ちを、作者がくみ取ってくれた。
交際後数か月、学年も変わり、季節も夏を迎えている。
夏は この作品が迎えることが出来なかった唯一の季節だから選ばれたのでしょうか。
まぁ春も、早春で冬と言えるぐらいの寒さのような気もするが…。
そういえば夏服を初めて見たかもしれない。
夏私服も見たいなぁ(妄想内では出てきましたね)。
3年生では せっかく同じクラスになれた2人なのに、机を並べて授業を受けるなんて光景が見られなかった。
というか この漫画、授業を受けているシーンが1回もない。
勉強に関してはテストか補習か、ぐらいでしたね。
心配なのは、授業中も恋人のことを見つめて、
相沢さんは全く授業に身が入ってないだろうな、ということだけ。
各キャラのその後や、2人の交際の様子など、
見たいシーンばかりの作品ですが、惜しまれている内が華です。
ましてや少女漫画なら なおさら。
作者に作品内で、なぜ超長編少女漫画はグダグダになってしまうかを考察して欲しかった。
叔母に関しては正式に顔出しするのは、これぐらいで丁度よい。
何より私は彼女たちを好まない。
彼女たちの生き方が変わることは絶対にないし、
姉弟のように育った甥っ子・東くんの立ち位置が変わることはないだろう。
もちろん相沢さんとの対面とか見たい場面はいっぱいあるが。
本編の中では、叔母と相沢さんの遭遇フラグが徹底的に回避されている。
交際前に合わせたら、上手くいくものも上手くいかなくなる。
そういえば相沢さんの家族(といっても弟と祖母)と、
東くんが初対面したのも、交際が成立してからですね(おまけ漫画)。
相沢さんの弟・龍二(りゅうじ)くんが、姉の変態性を守ろうとしたのは、
姉が大好きなツンデレシスコンだから、ではないでしょうね…。
見られてしまったら、その後の同室での姉の発狂が迷惑だからと考えるべきか。
「僕は君の弟になんだか嫌われてる」という東くんだが、
そんな人とも対話を続けるのが彼だろう。
分かり合えない人なんていないのが、この世界。
いつか義理の弟と仲よくなる日が来るのではないか。
環と九藤さんに関しては、サイレント失恋同士の連帯感かなと私は思う。
圭介の恋を察する東くんと同じく、見ている人は見ていて、気づく人は気づくという例だろう。
もちろん恋愛フラグでもいいけど、それと同等に違う可能性もある。
それに作者なら少女漫画の悪癖である、安易な身内同士・余り物同士のカップリングをしないと信じている。
『7巻』における東くんの読書本。
・『こころ』
東くんの創作小説。
・『落葉』(多分)
・『僕と君の大切な話』