《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

獰猛な獣に杭を打ったように、残酷で俺様な黒太子に対して観衆を証人にして釘を刺す

天は赤い河のほとり(5) (フラワーコミックス)
篠原 千絵(しのはら ちえ)
天は赤い河のほとり(そらはあかいかわのほとり)
第05巻評価:★★★☆(7点)
 総合評価:★★★★(8点)
 

ミタンニ軍が駐留する都市国家・マラティア。ザナンザが黒太子をおびき出している間に、カイルと夕梨は少ない兵を引き連れてマラティア入りした。敵を油断させるため、わざとふざけた態度をとるカイルに、城の太守たちもあきれ顔。作戦通りすっかり手薄になった警備をかいくぐり、夕梨たちは城内を詮索。街や城の地図とともに、秘宝”竜の眼”を捜す。一方、マラティア軍はカイル達のことを知らせるために黒太子に伝令を送るが、カイルの部下が待ち伏せして、伝令を止めることになっていた。しかし、カイルの部下たちは何者かによって殺されてしまう。伝令は黒太子のところへ届いてしまい、計画は崩れ始めて…!?

簡潔完結感想文

  • 単独行動は失敗からのトラブルを展開させるヒロインの基本行動。初の遠距離恋愛編。
  • 敵国に一時滞在して、後の最高権力者とコネを作っておくユーリの基本的な外交姿勢。
  • 翻訳機能は話し言葉のみに作動し、文字が読めないユーリに記号で伝えるI LOVE YOU.

1ビットの情報が私に無限の勇気をくれる、の 5巻。

『5巻』は初めての長期かつ遠距離恋愛が始まる。これまではナキア皇妃の権謀術数に巻き込まれてピンチや別離の連続だったけれど、ミタンニ王国との戦争が始まり、作中で初めてナキア皇妃側の動きが主軸ではなくなっている。

今回、ユーリは やや自業自得な面があるものの、戦争に巻き込まれて敵国に送られる。隣国にも名を馳せるかいる皇子の初の側室という対外的な立場もありユーリはカイルが対決する黒太子・マッティワザとの個人的な接触がある。マッティワザが これまでのイケメン、そして これからのイケメンと違うのはユーリに恋心や欲望を一切 抱かないところだろう。美形として描かれながら このスタンスを守るのは彼ぐらい。これは直前にザナンザ皇子が当て馬として初出走したことも影響しているだろう。完全に乙女ゲーム化しないようにマッティワザはユーリを「子供」として認識する。これは各人の性的嗜好の違いで、マッティワザはユーリの中に優れた資質を見い出した後も女性として興味を抱かない。※ネタバレ もしかしたら このスタンスのお陰で彼は早々に死んだりしなかったのかもしれない。ユーリとカイルの純愛を乱すノイズは ことごとく排除されるのが本書の厳密なルールだから。

ザナンザ皇子のように性暴力やキスマークがなくても、噂一つで双方は傷つく

恋愛感情は一切 持たないものの、マッティワザとユーリの交流は敵国の有力者(イケメン)との個人的な交流により、その人の人となり・背景を知るというユーリによる外交手段とも言える。これはミタンニ王国の他の、もう一つのヒッタイト帝国の隣国でも同じ展開となる。

カイルは飽くまでオリエントの平和のためではあるが、隣国と戦争をすることで現在の緊迫した状況を打破したい。カイルにとって隣国は飽くまで敵という記号。強力なライバルであることを認めつつも その人の内情は戦争に関係ない。そうした冷たい戦いをするカイルには出来ない、血の通った交流をするのがユーリの役割。ユーリのお陰で作品にドラマが生まれている。そのために やや勇み足で危険に飛び込み、そして捕まることを繰り返すのだけど…。


の遠距離恋愛で描かれるのは、この時代の文通のようなもの。カイルがユーリから教わった記号で、ユーリに愛を伝えるエピソードは『5巻』を貫くもので、これを1巻内にまとめる作者の手腕に唸る。

その記号を教わって早速 実践することはユーリがカイルの確かな愛を知り、ユーリは両想いを実感できる。それでもユーリ側から愛を伝えないのは2人の間に まだ格差があるからだろう。ユーリにとってカイルは時代も身分も考え方も違う人。彼女の軸足は いつか帰る現在日本にあり、例えカイルを好きで、彼も自分を好きだと分かっても、彼女の中で迷いが吹っ切れるまでは現状維持を優先する。そしてユーリはカイルと並び立てる人になろうとして自分の有益性を示そうとする(そして時に失敗する)。ユーリの成長途上でカイルの愛を受け入れてしまうより、ユーリの中でカイルに相応しい人物になれるまで彼女は愛に溺れない。

そんなユーリの成長は、これまでの高い身体能力による功績から内面から溢れ出る言葉の重みにシフトしたように思えた。マッティワザに願うことの内容や その手法は彼をして「いい外交感覚」と言わしめる。隣国の有力者が、ユーリを有名なカイル皇子の側室としてではなく彼女自身を認めることが今後の外交に影響を与える。

ユーリは、カイルだけでは成功しなかった個人的な交流の上で成り立つ隣国との関係性の構築をし始めている。


イルは戦争相手のミタンニ王国の兵士が多数駐留する都市国家に自ら赴く。そこでカイルは放蕩皇子を演じて世に広まる自分たち夫婦の評判を帳消しにしていく。相手を油断させ見張りを緩和したところで城門を開け自軍を引き込む作戦でカイルは無血開城を狙っている。都市から黒太子・マッティワザへの伝令を止めることで作戦開始までの安全期間を確保しようとしていた。

彼らが この都市で捜索するのは城内の配備図と、ナキア皇妃が探す「竜(イルヤンカ)の眼」。ただし秘宝なので実物を誰も知らず収納されている箱の特徴しか分からない。

久しぶりに2人きりの時間でユーリはカイルに愛しているを伝えるためのハートマークを伝授する。だからカイルはハートをユーリの手の平に描き、自分の気持ちを伝える。ユーリは自分の気持ちを伝えないけれど、彼女はカイルの気持ちを初めて知った。


調に進む城内の捜索だが、城外では裏切り者が跋扈しており、カイルの目論見を崩そうという動きが見られる。阻止するはずの伝令がマッティワザに届いてしまい、彼はカイルの企みに気づき、予想より早く都市に戻ってしまう。

理由を作って都市城内に入った部隊長が側近に危機を伝える。しかしカイルは正式に招待された晩餐会に出席中で、身分の無い者たちは そこに入ることが許されない。それでも刻一刻を状況が悪くなると考えたユーリは恋愛脳の女子を演じて、叱責を無視してカイルに直行。そこで黒太子の接近を耳打ちする。異変を知ったカイルもプレイボーイキャラになり会場を後にし、そのまま作戦の前倒しを命じる。

『5巻』では計3回 どうにかして相手にメッセージを届けようとする場面が描かれる

戦通り、味方を招き入れ、武器庫を燃やし戦力を削ぎ、権力のトップを抑えることで無力化する。
順調すぎる現実を前に自分が何もしていないと感じたユーリは「竜の眼」の捜索のために単独行動する。守られるだけの立場じゃないのがユーリだけど、自分から災難に巻き込まれに行くタイプの人間でもある。宝物庫を捜索中に神官・シャマルが登場しユーリは彼にも協力してもらう(見ようによっては無血開城に乗じた奪略者だ)。

あっという間に「竜の眼」を発見するユーリだったが、シャマル=ナキア皇妃の側近・ウルヒだということが判明し、ウルヒはユーリを昏倒させ「竜の眼」を奪う。本当は その首も切るはずだったが本当の奪略者が接近しユーリを放置するに止める。いつも首の皮一枚繋がっているユーリである。
ウルヒは「竜の眼」を帝国に持ち帰ろうとするが、軍の撤退を指示する黒太子・マッティワザに阻まれ、欲していない彼に所有権が移ってしまう。


ーリはミタンニ王国の兵士に戦利品として連れ去られてしまう。その様子を侍女たちが目撃し、3姉妹の内 双子が後を追い、兵に捕まることでユーリの護衛をする。

たった3日で都市を攻略したカイルだけれど、一番大切な者を失う。冷静さを失ったカイルをイル・バーニが正し、カイルは皇子としての役割を全うする。カイルも人に支えられて望まれる皇子になっているのだ。


マッティワザが兵たちが拉致した女性の中に宿敵カイルの側室がいるという噂を聞きつけ、女性を集める。その気配を察した双子は高級な服を着ているユーリと自分の服を取り換えて身代わりになる。

ここで初めて黒太子・マッティワザと接したユーリは彼の残酷さを間近で見る。同じ立場でもカイルとは全く違うマッティワザだったが、多くの女性の中からカイルの側室を見極めるだけの推理力を有していた。彼の前では即興の身代わり作戦など無意味だった。


ッティワザは戦いの女神・イシュタルとして名高いユーリを見せしめに殺害することで帝国の戦意を削ごうとする。マッティワザの残虐性を演出しながらユーリは、ハットゥサから遠く離れたミタンニ王国の首都に到着する。

ユーリの刑場での処刑の前に彼女の愛馬・アスランが この国に連れてこられた という布石が置かれる。馬も大事な資産なのだろうけど、アスランほどの荒馬が捕まるとは思えない。主人・ユーリを思ってのこと、だと思うことにする。そしてマッティワザはユーリが処刑を生き延びたら なんでも望みをかなえる と言う。これも布石。

ユーリは自分の死が、カイルがイシュタルを でっちあげたという不名誉に繋がると知る。何としても生存したいが、ユーリの前には獰猛な獣が登場する。ご丁寧にマッティワザは獅子(ライオン)はイシュタルに仕える神獣だと説明し、ユーリのイシュタル伝説の補強材料を提供してくれる。この場に双子がいることも伝説の補強に使われ、ユーリは獅子を従える(どれだけの力で杭を打ち込んでいるのか、とかツッコみたくなるけれど…)。


国の市民までも魅了したユーリは黒太子に約束の履行をさせる。黒太子は国境を出る前に隠密に殺すことで自分の不名誉にならないように手を打つ。

しかしユーリが望むのは帰還ではなかった。彼女は捕虜の待遇改善をマッティワザへの望みとした。彼が無下に却下できないように、その場にいる市民にも この交渉にメリットがあることを周知させる。
マッティワザは完全に約束されていない自分の安全よりも他者のために交渉をしたユーリに、優れた外交感覚があると一目置く。そしてマッティワザは市民を味方に付けたユーリのイシュタルとしての立場を利用し、ミタンニ王国がイシュタルを引き入れたことを国民の士気高揚と対外的な威信に利用する。

双子と3人きりになってから恐怖を吐き出し、そして本当は帰りたい胸の内を吐露したユーリは、例え噂であっても自分がマッティワザの側室になったことがカイルに伝わるのは号泣するほど辛い。
それでもカイルは自分の変わらない愛を伝えるため、前代未聞の捕虜交換交渉を理由に使者を送り、その使者からユーリへ通信用の粘土板を秘密裏に渡すようにしていた。ユーリはカイルの離れても変わらない愛を心の支えにする。