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少女漫画と小説の感想ブログです

無くしたって 変わったって 想い通りいかなくても『「ただいま」』

たいようのいえ(10) (デザートコミックス)
タアモ
たいようのいえ
第10巻評価:★★★★(8点)
  総合評価:★★★★(8点)
 

考えることがたくさんある。なんで逃げてきたんだろう……あと少しなんだ。ちゃんと向き合うんだ。彼が私にそうしてくれたように……。「子供のころからずっと好きだった。」大樹(だいき)がついに真魚(まお)に真剣告白。戸惑う真魚は、かつてと逆に実家に逃げ込む。しかし、その実家で義母(はは)がくれる優しさに基(ひろ)と大樹がくれたものを思い出し……。誰もが優しく、誰もが出口のない気持ちに少しずつ道筋を見つけ始めて……!?

簡潔完結感想文

  • 大樹からの告白に懊悩する真魚。頭がいっぱいになった真魚の返答、そして大樹の愛のカタチ。
  • 結果的ずっと ぼっちのクリスマスの基。だが今年は訪問者がいる、帰ってくる家族がいる。
  • 新年を迎えるにあたって大掃除やお節づくりに勤しむ中村家。来年への願いを込めながら。

つでも今日が、いちばん楽しい日、の10巻。

この漫画の後半は、物事が解決に向かって前へ進んでいる感じが実感できて良いですね。
ミステリ小説を読書中の、何かのキッカケで物事が連鎖的に解決するのではないかという期待に似ている。

この巻までの様々な経験の中では失敗や傷つくこともあったけれど、
その経験を踏まえて、より良い選択をすることが出来るという流れが手に取るように分かる。
じっくり読み込む、繰り返し味わう、そういう行為に耐えうる質の高い作品である。


れといえば時の流れも感じられる。
特にこの『10巻』は年末年始の空気をまとっている巻。

いつもよりも丁寧に一日一日を過ごしている感じがする。
何だか あずまきよひこ さんの『よつばと!』感が出ている。

クリスマスケーキを受け取りに行ったり、
大掃除をしたり、
おせちを作って新年を迎える準備をしたり、
着物を着て初詣に向かったり、
初夢を見たり(大晦日の夜の夢だから、まだ初夢じゃない気もするが)、
行事を一つずつ丁寧にこなすことで、次の年の福を呼び込もうとする。

そして大事なのは、年末年始には家族がそばにいてくれたという事実。

やはり真魚(まお)が主人公なので真魚中心に読んでしまうが、
同居人の基(ひろ)にとっても、久々の家族の居る温かな年末なのですね。

ずっと欲しかったものが手に入る幸せ。
物質的なことでなく精神的な充実度が幸福に繋がっていく。

さて新しい年はどんな年になるのだろうか。
そして作中の完結までの経過時間は1年なので、お別れへのカウントダウンでもある。
幸せになって欲しい、でも終わって欲しくない。

本書の登場人物たちと作者の力量なら『よつばと!』みたいに2,3回分の連載で作中時間が1週間 経過するペースでも読める気がする。
すると1年では最大150話ぐらい?
1巻に4話収録すると30巻ぐらいになるのか。
あと20巻も読めたらどんなに幸せだろう…。


愛の方もいよいよ大詰め。

よくよく考えてみると家族問題を抜きにした恋愛漫画としては、
2人の男性からどちらを選ぶかの結論が出るので今巻が最終巻でも問題はないのですね。

思いもよらぬ人から告白されて戸惑い、悩み、
そこで出した結論が自分の想いをより鮮明に際立たせる。

同居人であり同級生の大樹(だいき)から告白された真魚が不器用なりに返答を固めていく過程が描かれる。

改めて面白いのが、この恋のトライアングラーが一つ屋根の下で行われていること。
実の兄弟の争いであることだ。

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3人が3人とも自分の気持ちを正直に告白。結ばれる線は明らかだが正々堂々と勝負するために。

基(ひろ)も大樹もお互いを家族として大事に想っているから、
骨肉の争いにはならないが、なかなかにヘビーなシチュエーションである。

そして大樹といる中村(なかむら)家では息が詰まってしまうから、
真魚が逃避先に選んだのが、父や義母たちの居る自分の実家という構図も面白い。

かつて実家で嫌な思いをして中村家をシェルターにした真魚が、今度は実家をシェルターにする。

これは大樹の作戦通り、真魚の頭の中が大樹でいっぱいになった証拠でもある。
オーバーヒートして、いっぱいいっぱいになってしまった気がするが…。


そんな真魚の返答を待っている中、
並ぶお店の中で大樹が立ち止まったのは、宝飾品店の前ではなくて、1人暮らし応援フェアの前。

そういえば大樹は、もし基と真魚があの家で交際したら自分は出ていくと呟いていたことを思い出して一瞬 焦る。

しかし彼が買って帰ったのは兄へのクリスマスプレゼントのゲーム機本体。
「一緒にやろうよ (ゲーム内で)ボコボコにするから 来年も さ来年も」
という言葉を添える大樹。

これは実質的な永住宣言でもありますね。
家族として同じ時間を過ごすことをゲーム機と言葉に託して…。
まぁ、心情的には許されるのであれば基(ひろ)本体をボコボコにしたいでしょうが(笑)

良い話。
そしてもう一つ良い話なのが、このプレゼントを購入したのが、
真魚の返答を聞く前であること。
基へ渡したのは返答の後になったが、その前に大樹の心は決まっていた。

これは過去の告白シーンなどと同じく、順序が大事なところですね。
敗色は濃厚ではあるが、どんな結果になろうとも、この家に居続ける決意は固まっていたのだ。

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今はまだ兄へ託すことも、新しい出会いの可能性も振り切って、君に会いたい。

真魚に抱擁する大樹から始まる一連のシーンは美しいですね。
映像化したらこれでもかと盛り上がるシーンだ。

が、真魚の返答を聞いた大樹はアッサリと話を切り上げる。

大樹が最後のお別れの意味を込めて真魚と手を繋いで帰るシーンもまた印象的。
こんなに人に思われるなんて真魚は幸せ者だ。

苦手そうな合コンに参加してみる大樹の心境も、
そしてそれを振り切ってでも、幸福を基に託すと決めても、
真魚に会いたいという心境も痛切に感じることが出来ます。


そんな大樹と何かと縁のある、基の同僚のラジカル杉本(すぎもと)さん。
今回で晴れて失恋した者同士になった大樹は杉本さんに、
「見守る愛もある」と告げる。

これは『9巻』で大樹が言っていたことですね。
もちろん本来の望みではないかもしれないが、これが大樹の愛のカタチです。

次に大樹が好きになる人はどんな人だろう。想像つきませんね。
大樹は表面上の性格とは裏腹にずるずると引きずりそうな気もします。


んな騒動を終えて迎えるクリスマス。

両親の他界した日が雨だったため大樹が雨が嫌いなように、
真魚父はクリスマスが嫌い。
なぜなら元妻の浮気が発覚した日だから。
それを自宅で目撃した日だから。

そんな父の気分の沈む日に実家に帰った真魚
父は変わらず素っ気なく、荒い語気で真魚に接する。

だが、そんな父も大きなケーキを予約して、
ケーキ店では嬉しそうに商品を引き取りに来ていた。
そろそろこの人も変わりそうな予感がしますね。

クリスマスのシーンは孤独を感じる基の前に真魚が現れたり、
そこに大樹が帰宅して下手な嘘をついて出て行ったり、
真魚が元来 興味のなかったアクセサリーが、
基から渡された瞬間に無上のプレゼントになったり、
しばしいちゃついた後、大樹を2人でむかえにいくという場面がどれも幸せでニヤニヤとしてしまう。


中村家と真魚の家の合同旅行も目前。
基の妹の陽菜(ひな)の参加も決まって、物事はまた動き出す。

そういえば中学3年生の陽菜は、中村家のある地区の高校を志望しているらしい。
本当に新しい年は、今年よりも一層 素晴らしい年になりそうな予感がする。
なんと幸福感に包まれた読後感なのだろうか。