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あ 泣かないでね 泣くの ずるいから『プリンシパル(いくえみ綾)』

スプラウト(6) (別冊フレンドコミックス)
南波 あつこ(なんば あつこ)
スプラウト
第6巻評価:★★★(6点)
  総合評価:★★☆(5点)
 

南波あつこが贈る、澄んだ季節の物語。いつからだったかな。気がついたら引き返せないほど、好きになってた。草平が下宿を出ていくかもしれない――。突然のしらせに、実紅も下宿のメンバーも動揺を隠せない。清佳さんとタッキー、それぞれの家庭の事情も明らかになって……。大好きな下宿が、変化していく。草平とみゆ、そして実紅の関係は……?青春の物語、クライマックス!

簡潔完結感想文

  • 草平の下宿生活が終了⁉ 降ってわいた話に下宿中が大騒ぎになる中、実紅は…。
  • 下校時、多くの人がいる中、実紅は草平に出ていかないで と涙ながらに訴える。
  • 草平の決意。先日の実紅の言動は校内の噂になり、草平は彼女・みゆと対話する。

もう一度、一番ウザいのは誰か問題 に直面する6巻。

『5巻』のラストで、下宿人で片想いの相手の草平(そうへい)の家族が近隣で持ち家を検討していることが判明し、
その結果、草平が下宿生活をする必要性が無くなるという同居ラブの前提が壊れる危機に直面する。

元々、親の都合でこれまで転校を8回繰り返していた草平が、高校生の間は転校をしたくないという理由から、
アパートに一人暮らしを始め、そして火事で焼け出されてから、主人公・実紅(みく)の家を下宿先とした経緯がある。

だが、転校の心配がなければ、親元で暮らさない理由はほとんどなくなる。
しかも新居は新築で学校にもほど近い、何より親と暮らすことは家族にとって安心材料である。

実紅の両親・他の下宿人たち にとっても草平との暮らしは快適で、誰にとっても楽園のようであった。
気の置けない間柄になった下宿1期生たちの中で初めての別れが訪れようとしている…。


そんな中、一番ショックを受けているのは草平に好意を抱く実紅。

親の唐突な提案に逡巡している時に草平が言った、
「やっぱ この家(ここ)大好きだし」
という下宿を肯定する発言を よすがにして僅かな望みに賭ける実紅。

それは、まるで自分のことを言われたように思えたから。
それを支えにしなければ、喪失感で押しつぶされそうだから。


その騒動の中、家賃など経済的な考慮、親への率直な思いを口にする やっぱり草平は大人だ。
そして家賃のことなど考えもしなかったお嬢様下宿人の清佳(きよか)さんは やっぱり少し甘い。
そんな自分の甘さを思い知らされたからと言って、家族仲の良さも含めて草平の順風満帆さを悪くいうような清佳さんの言葉は聞きたくなかったなぁ。

そして いつの間にか清佳さんまで、実紅・みゆと同じ顔の作りになってしまっている。
序盤の方が描き分けが出来ていた気がする。
『6巻』の中で一箇所、本当に誰だか分からないコマがありました(↓ 参照)。

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この左の人は誰? みゆ の可能性が高いが、ではその服は何?
そんな草平の下宿やめるってよ騒動の最中、いよいよ「ウザ実紅」が誕生する。

友達と下校時、草平や みゆ たちのグループに声を掛けられた実紅。
みゆ が草平が実紅の家から出て、下宿を止めるという話題になった際に思わず、
「草平 家(うち)好きだって 言ったじゃん 好きなら 出てくことないじゃん」
と、まるで草平に責任を押し付けつつ行動を制限させるようなことを言い出す。

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恋人のいる前で、恋人でもない自分の願望を思わず草平に伝える実紅。
本書の中でも屈指のウザさを誇るシーンではないでしょうか。
本書の中で見受けられる限りの みゆ のウザさなんてこのシーンの足元にも及びません。

彼女の前で同居し続けたいという自分の気持ちだけで家から出ていくことを引き留めるとか。
しまいにゃ、お得意の涙を見せ始める始末。

ってか何の涙なのだろうか。
恋が叶わないことへの危機感?
切実な願いだという演出?

実紅の涙のシーンがある度に、冷えていく自分の心を感じる。
独り善がりだなぁとか、自己憐憫だなぁとかしか思えない。


同居解消も、これが両想いだったら、また違う場面になっただろう。
別々の進路、それぞれの未来を目指す場合は前向きな解決策が示されるが、
何といっても実紅にとっては片想いの同居でしかないから痛々しさしか残らない。

ここで手を離したら風船みたいに二度と自分の手の届く範囲には近づいてこない。
話す機会すら失われる。
もう好きにならせることもできない。

だから泣くしかない。
涙で彼の行動を縛るしかない。

涙を女の武器というのは語弊があるかもしれないが、
背筋を伸ばして戦うことを選ばずに、安易に泣いてみせる実紅は、やっぱりウザい。

ただ残念なことに、草平には実紅の涙が有効みたい。
「泣くな!! ダメなの俺 実紅が泣くと!! わけわかんなくなんの!!」
あれもしや、分かってやってる??

もしかしたら、みゆ が指摘した草平の「困っている人がいると ほっとけない」性格を、
実紅は ちゃっかり利用しているのかもしれない。
そのぐらいのことは、やる人です。

というか、やって欲しかった。
実紅に中途半端なワガママ、悪役を演じさせるのならば、
いっそ清々しいほどの性格の悪さを演出してほしかったものだ。
このままでは何もかもが中途半端である。

そんな下校時に実紅が泣いた騒動があった後、
廊下ですれ違った みゆ に実紅は「傷つけたね ごめん」と心の中で謝罪する。

この場面で、直接 みゆ に謝罪しないところが、実紅の性格が陰湿っぽく思える原因だと思う。
悪いと思っても直接口に出す勇気はない、
好きだと思っても直接的な言葉は使わず匂わすだけだ。
みゆ と直接対決をするなど自分の態度を決めないまま、ぬるま湯の同居生活を満喫するだけ、
などなど、実紅のジメッとした感情がどうにも不快感をまとわりつかせる。

片岡先輩と別れるまでの行動力はどこに行ったのか。


終盤にきて、草平の性格(博愛精神)の話を持ち出してくるから、
草平と みゆ の恋愛すらも偽物に思えてくる。

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みゆ の言動に対する草平の違和感は一段と広がっていく。
以前も書きましたが、本書ほど恋する喜びから遠い少女漫画もないと思う。
誰もかれも楽しくない恋愛をしている。
そして次の恋を正当化するために、今の恋を偽物に変えていく…。