《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

男たちのただならぬ関係。すぐに俺も お前の住む町に行くからな。時間差 駆け落ち。

ハツカレ モノクロ版 9 (マーガレットコミックスDIGITAL)
桃森 ミヨシ(とうもり みよし)
ハツカレ
第9巻評価:★★★☆(7点)
  総合評価:★★★☆(7点)
 

チロたちは、もうすぐ転校するイブシに思い出に残る品を贈ろうと考えた。それはチロたちの、イブシへの思いを込めた、彼の写真。ところが勘のいいイブシは、素直に撮らせてくれなくて…!?

簡潔完結感想文

  • 寂しがり屋のイブシの親友がゆえに 道連れにされるハシモト。イブシ怨霊説。
  • 何をしても特別になってしまう残り時間。自分と相手の確かな想いを信じて。
  • チロ初めての落涙。同じホームの立つ二人 時の電車がいま引き裂いた『卒業』


独走するイブシ人気をハシモトが猛烈に追い上げる最終コーナーの9巻。

まさか本当にイブシに追いついて二人だけの世界に旅立っていくとは思いませんでした。
重大な展開の切り取り方は独特ですが、展開自体が凡庸でちょっと残念でした。
それでも本書を好きな気持ちは変わりませんでした。
「かってなようですが そうなんです」。

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ハシモトの転校は読者にも青天の霹靂
といっても、ブレるわー、イブシの転校がブレるわー、と思ったのも事実。
なんとイブシの出発の前に判明するハシモトの引っ越し。
イブシの出発まではチロ(ちひろ)に伝えず自分の心に秘めておくハシモトだが、読者の心は穏やかじゃない。

この場面はハシモトの引っ越しを知らないままのチロが、イブシを見送る際の駅のホームで、
「(離れても)大丈夫やとおもうよ 誰かが思ってれば きっと おわらへんよ つながるよ」
ということでハシモトが救われる構造になっている。

…のは分かるのだけれど、2巻以上に亘ってお送りしたイブシ転校の顛末が尻すぼみというか、やっぱりブレたことが残念。

この男子二人の関西圏からの連続退場は何が目的だったんでしょうかね。
クライマックスを、お話の中心人物はやっぱりハシモトだという明確な形が欲しかったのでしょうか
イブシだけの転校にすると、恋敵のイブシが追放されたような形になってしまう。
ハシモトだけの転校にすると、残ったイブシがチロにアプローチし続ける結果になり、ハシモトが心休まらない。

だから、この際、この後のお話も展開しやすくなるので一緒の場所に引っ越させてしまおうということなんでしょうか。
まぁ新天地でも悪友がそばにいるのはお互いにとって安心材料でしょうね。
二人とも相手に対して決して、そんなこと言わないでしょうけど。
それでもやっぱり疑問の残る展開です。


引っ越しに多少の動揺を受けながらも、ハシモト包容力を知り心が休まるチロ。
その準備を手伝うために訪れたハシモトの家では彼の母と初対面する。

ハシモト母はお仕事が芸者さんだから遠方の人に見染められたということなのか。
そして、あんまり結婚生活に向いてなさそうな人だ。
ハシモトの実父との離婚も、夫の単身赴任中の妻側の浮気が原因というあまり少女漫画では見られない理由だ。
でもダメだったらダメで帰ってくればいい。
またあの駅を利用できると知ったら息子も喜ぶでしょう。
ハシモトなりに母とは距離を置いているようだが、やっぱり母子二人で暮らして母想いのいい子だから、母の再婚に際してワガママを言ったりはしなかったんでしょうね。
お金の問題や暮らしの問題、それら現実を無視するほどハシモトは愚かではない。

ハシモトは変なところで強い。
それもまたオトコノコの特徴なんだろうけど。
何か特別なことはお別れの印みたいになってしまうから残りの時間を普段通りに過ごそうとするハシモト。

あの日、初めて声を掛けたあの日から、チロに関わってこれたように、距離が離れても関われると思うとチロに告げるハシモト。
ハシモトは決して器用ではないけれど、実直さが言葉に現れるのが良いですね。
自分の気持ちをちゃんと言ってくれる。
でも実直すぎるし機転は利かないから浮気なんてしたら一発でばれるタイプですよね。


そしてまたチロも現実を無視したワガママを言わない。
少女漫画のヒロインの一部には「行かないで」とか「嫌だ」と言って泣きじゃくって彼氏を困らせるタイプもいるだろう。
彼女たちの姿も真っ当だと思うけれど、静かに自分たちの未来を信じるチロの姿もまた美しい。

このカップルはコミュニケーションも不全じゃないところが良いですよね。
相手のマイナスの点、自分のマイナスの感情に引きずられない。
相手の挙措で感情を見抜き、気持ちを溜め込まずにちゃんと言う。
引っ越しという悲しい出来事に際しても、プラスの感情で進もうとする姿勢に好感を持つ。


チロの少しばかりのワガママで歩き回った末にたどり着いた夜の公園。
月明かりに照らされてベンチに並んで座る二人。
そして実質的な初キス。最大の幸福感の裏にある、ちょっと物悲しい気持ち。
特別なことを避けても特別な思い出になってしまうのも皮肉で悲しい。

ハシモトはこの帰り道、布団の中で何回もガッツポーズしてそうですね。
良い意味で眠れずに輾転反側しながら、ニヤけていそうです。


だが、二人で制服で並ぶ最後の駅のホームで、チロの初めての涙を流します。
これはある意味で初キスよりも胸に刺さります。

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チロが流す初めての涙
幼い日から泣きたくないと思って、泣かないようにしていたチロが泣いてしまうことが彼女の心の揺れの大きさを物語っている。
(多分)全10巻中で1回しか泣かないヒロインはなかなか珍しいのではないでしょうか。
見た目は少女で か弱そうなチロですが、ヒロイン気質ではなく、泣かないことが持ち味になるとは思いませんでしたね。


そして見送ったはずの学校のない土曜日のお別れは省略され、次の回ではもう引っ越して2か月後に場面が移る。
これはイブシに続いてお別れを二度してもねという重複の回避と、制服で駅のホームに立つ二人こそ別れに相応しいという判断だろう。

遠距離恋愛になってからのチロが携帯電話代の心配してるけれど、携帯電話って距離と料金に関連はありませんよね。
固定電話のように遠距離で電話代がかかると言っているのが気になりました。

ただ、どうやら二人は離れていても幸せみたいです。さみしくなんか、ありません…。