《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

水面に映った月をすくって 捕まえたと笑って こぼれてゆく月と共に あなたもすり抜けた『月光浴』

月影ベイベ(6) (フラワーコミックスα)
小玉 ユキ(こだま ゆき)
月影ベイベ(つきかげべいべ)
第6巻評価:★★★★☆(9点)
  総合評価:★★★★☆(9点)
 

母を愛していた円に惹かれる蛍子と、そんな彼女に想いを寄せる光。親たちの悲しく切ない過去を知り、二人の心も乱される。夏になり”おわら”の練習が本格化する中、光と蛍子の心境にも変化が。八尾の町に新しい風が吹き…⁉

簡潔完結感想文

  • 今はここにはいない人が、今を生きる人の生き方を少しずつ変える。
  • 今の君への想いは、今の自分にしか言えないこと。過去と現在2つの半月。
  • たとえ言ったことを後悔したとしても、言わなかった後悔よりもずっといい。


他者の教訓が、自分の後悔が、今を生きる者の道しるべになる6巻。

『前巻』の円の口から語られた母と円の過去の話を聞くことによって、蛍子の表情は柔らかくなったらしい(光談)。
これはこれまで秘せられていた一人の女性としての母を知り、彼女に近づけたという娘としての喜びだろうか。
が、一方で蛍子は苛立ち、そして円との接触を避け始める。
円の語る過去の中で自分は、母・繭子と過ごした時間のその一部、しかも成長を見守る娘のような存在でしかないことを思い知らされた。
母親には近づけたけれど、好きな人との距離は果てしなく遠い。
蛍子にとって円の自宅兼店舗に入ることは、円にとって娘として扱われる、つまり一人の女性として見られない場所なのだろうか。


そしてもう一つ、蛍子だけではなく光にももたらされた自意識の変化。
それは自分は今、生きているということ。

蛍子の母・繭子が八尾のこと自分の過去ことを娘に大人になったら教えると言ったのも、大人になった蛍子の横に自分がいることを当然と思っていたからこそのこと。
自分の存在や思いを他者に伝え、関係性を変化できるのは生者の特権なのだ。

蛍子のための 蛍子だけの浴衣
夏休みに入ると町はおわらに向けた自主練習が行われるようになる。
しかし転入生にもかかわらず手厚くもてなされ、贔屓される快く思わない鳴美の妨害により自主練への参加の機会を奪われる。
蛍子のそばには何だかんだいつも光がいて、転入直後は厳しかった同級生・里央も結構早い段階で態度を和らげたため、これまで順調だった蛍子の生活に最大の試練が訪れる。
しかも東京での踊りとは違い、こちらの人の中で踊ることに慣れ始め、楽しみを見つけ始めた自分には一際辛い状況となる。
この変化は以前の蛍子なら考えられませんね。ここら辺も表情が柔らかくなった一因かもしれない。

ただ私が町の住人なら鳴美と同じような反応をしただろうなと思い、彼女の態度もまた共感できてしまう。

踊り手としては25歳までというのは、男女の出会いの場でもあったのですかね。
笠をかぶって踊るのが淫靡さが増す気がする。
この地区では風の盆から十月十日後の出生率が高かったりするのだろうか…。

鳴美に母の過去の失態も含めて責められるが、過去を知った蛍子は反論する。
ここも主に恋愛面ではあるものの嫌いと一言で切り捨てていた母への気持ちの変化の表れだろうか。


こうして自主練習に参加できないと沈鬱な表情を浮かべながらも事情を話さない蛍子に、祖母が珍しく声を荒げたのは、娘に話を聞くべき時に話を聞かなかった後悔からだろう。
聞き分けのいい娘だと決めつけ、玉の輿のような縁談に娘の気持ちをないがしろにしたのは、父親だけではなかった。
優しそうなおばあちゃんという印象の彼女の中にもどれだけ激しい思いが渦巻いていたのだろう。
娘が遺した蛍子にしてあげられることをするのが彼女の償いなのかもしれない。
祖母からそして母からの贈り物となった蛍子の浴衣の話はそれだけで胸にくる話だ。
またこの祖母が光のメロン好きを覚えていたのも、それだけあの一夜のことが記憶に鮮明なのだと思うと切なくなる。


後半は逃げ続けてきたことに対峙する円の同級生・富樫の話。

円ですら触れられなかったデリケートな話題に、若者特有の傲慢ともいえる強さで富樫に踏み入っていく蛍子。
富樫にとっては触れられたくない話だが繭子の娘であり、余所者と町の住民の間にいる蛍子は、説得するには適格な人物かもしれない。
やがて富樫の態度を変えさせる有限の生を実感した若者の言葉。
風鈴ではあるが鈴の音は繭子を降臨させるのか。
もしかしたら円は蛍子の存在が富樫が変わるきかっけになるのではと思い体育祭に呼び出したのかもしれない。

こちらの人間として 母の名代として 説得を試みる蛍子
富樫の話はその登場も謎めいていて、唄の名手という設定もやや唐突に思えるが、富樫の復活は今後の展開に大きく関わる出来事ですね。
円の胡弓に加え、彼が地方(じかた)としておわらに参加することが重要なのだ。


そして何と言ってもラストの光の告白。

この告白シーン大好きですね。
方言も良いですけど、告白の言葉がストレートで良い!
飾らず、愚直なほど真っ直ぐな光らしい言葉ではないか。
今巻は特に各話のラストで気になる展開が用意されていて連載としての引きが強いように感じられた。


蛍子と光を幸せにするために繭子と円がいるわけでは決してない。
それはそうなのだが、二人のすれ違いを聞いたからこそ、果たせぬ思いがあったからこそ、蛍子も光も、今を生きる者として歩くことを決めたのだ。
このように時間の流れを感じられるところ、バタフライエフェクトとも言える何かが何かに影響を与える現象をしっかりと描かれているのが感じられて素晴らしい。

漫画としても再読に耐えられる本というのが最大の賛辞なればいいと思う。
二度目の方が面白いぐらいだ。褒めてるんデスよ…。