《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

優しくてとても冷たい あなたは月のようで 温もりは光り遮る雲に見えた『月光浴』

月影ベイベ(5) (フラワーコミックスα)
小玉 ユキ(こだま ゆき)
月影ベイベ(つきかげべいべ)
第5巻評価:★★★☆(7点)
  総合評価:★★★★☆(9点)
 

自分の伯父・円に恋をする蛍子に惹かれていく光。彼女への想いに悩む中、円と、蛍子の亡き母・繭子の関係が気になるように。円の幼馴染み・富樫と、円が語る高校時代。そして、ついに繭子が八尾を去った理由が明かされて…⁉

簡潔完結感想文

  • 過去編。伯父・円と蛍子の母・繭子の30年間。光と蛍子は傍聴人。
  • 想い続けた二人、間違い続けた二人、誰も責めることのできない二人。
  • 話を聞き終わった後のその場所は、蛍子にとって違う意味を持つ場所。


表紙にもなっている通り、5巻は丸々、光の伯父・円と蛍子の母・繭子の過去編です。

本書のキーパーソンであり、最もミステリアスな女性、繭子。
初めてその女性のことが円の口から立体的に語られる。

育った環境が違うので当たり前ですが、蛍子より随分表情が豊かで、溌溂としたその魅力が良く伝わってくる。
外見こそ似ているから周囲や読者は彼女たちを混同してしまうけれど、繭子の幼馴染みの円や富樫にとってはやはり蛍子と繭子は全く違う人なのだろうと思えた。

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幼なじみから恋愛対象へ 円の初恋
小さい頃から当たり前のように近くにいて、当たり前のように恋に落ちた二人。
だけど40数年の二人の人生の中での蜜月の時間はあまりにも短い。
その原因はどちらにも非があり、どちらにも非がない。

要約すると円の恋愛の略歴は、10代で繭子に恋をし、20代で繭子が御曹司との結婚式直前から消息不明になり、30代で繭子と二度目の恋をして、40代でついに繭子と結婚するはずが、その誓いの前に死が二人を別つ。

彼らの人生を俯瞰できる神の視座を与えられた読者の立場からいえば、御曹司との婚約の時の円の意気地のなさが一番悪いように思う。
繭子に御曹司の「結婚を約束してる人はいますか」という問いに即答せず黙っていたらプロポーズされちゃったという話を聞いても、即答せず何も言わない円だから、それからの出来事は因果応報、自業自得にも思える。
その前に約束をしていれば、その後でも約束をしていれば…。

幾つもの「if」ばかり考えてしまう。
もし円が大学の友人(特に女友達)を連れて行かなかっただけでも人生は大きく変わったように思う。

20-21歳の繭子にとって、周囲の期待によって退路が断たれる流れもちゃんと描かれている。
噂も一瞬で広がるような狭くて、濃密な人間関係から成り立っている町なのだ。
おわらという素晴らしい伝統の裏で、町の中だけで生きる難しさもある。

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眉子の人生を照らしていた月の光
町のため、自分の父親が抱く皮算用すら見抜いた親思いの繭子が、望まぬ結婚を決め、その破談によってその親に勘当されるという皮肉。
繭子の父も、親としての面子はもとより、後からは自分の醜さに思い当たったのだろう。
結婚前の円の訪問を拒絶したのも、繭子の幸せではなく、利のある結婚を優先したからだ。
それらを認めたくないからまた余計に繭子だけに責任転嫁をして、それからも決して許さないと頑なになってしまう。

御曹司はどういうつもりで個人的に円に会い、招待状を渡したのだろうか。
繭子に内緒での招待で、そのことが繭子を動揺させる。
繭子に踏ん切りをつけさせるようにするため? 円に勝者と敗者の構図を明確にするため?
その後の繭子の結婚相手といい、繭子が自分に絶対の信頼や好意を向けていないことが男たちには伝わってしまうのだろうか。


御曹司からプロポーズを受けたと報告する半月の夜から、円と直接、会わないまま20代を終えようとしていた繭子が別の人と結婚したのも一人の女性の人生としては当然の流れだろう。
もちろん、漫画としてみれば円と両想いなのにというもどかしさはあるけれど、極めて現実的な選択ともいえる。
これはヘタレなのにロマンチストの円がずっと独身であったのと対照的で、男女の性差がよく表れている気がする。
今後の展開として蛍子の誕生が必要だったとかいうメタ視点の冷めた分析はいりません。

二十歳そこそこの円には解けなかった繭子が半月が好きな理由を、三十代の円が解き明かす構成が良いですね。
離れていてもずっと繭子のことを想っていた証明ですもの。
または円が鈍感な男だという証明かもしれませんが…。


円の30年間の話を聞いていたその場所が、ことによると自分たち3人家族としての家になるはずだったかもしれないという蛍子の受ける静かな衝撃は計り知れません。
もしそれが叶っていたらその家に3人で暮らすことが蛍子にとって生き地獄になっていたかもしれませんけれど。


そういえば繭子は円が非公認の繭子親衛隊に絡まれているところを、自分と円がつき合ってると偽装交際によって牽制する。
その30年後、繭子の娘・蛍子と円の間に変な噂が流れないように、円の甥・光が蛍子と偽装交際を始める。
こう見ると円は誰かから守られてばっかりですね。お姫様気質なのかな(笑)
まぁ、繭子と円はこの直後に偽装交際ではなくなるのですが。


顔も登場しない蛍子の父が、離婚協議では蛍子の親権を取りたいというのはどういう考えなのだろうか。
離婚を先延ばしにしたい戦法なのか、それともやはり妻側の不義を嗅ぎ取っているからなのか。

いずれにしても母の死後、蛍子にも父と暮らす選択肢はなかったと思われる。
一つ謎なのは、蛍子の転入ですね。
円に会える事を願って八尾に戻ってくることも分かるのだが、なぜ4月の新学期の転校ではなく、夏服の時期になってからの転入なのだろうか。
蛍子が高校何年生か分からないがこの途中転入は気になる。
ここは完読しても分からないところです。