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『我らが隣人の犯罪』から12年後の『我らが隣人の犯罪』。同居する「らしさ」と「らしくなさ」。

理由 (新潮文庫)

理由 (新潮文庫)

事件はなぜ起こったか。殺されたのは「誰」で、いったい「誰」が殺人者であったのか。東京荒川区超高層マンションで凄惨な殺人事件が起きた。室内には中年男女と老女の惨殺体。そして、ベランダから転落した若い男。ところが、四人の死者は、そこに住んでいるはずの家族ではなかった……。ドキュメンタリー的手法で現代社会ならではの悲劇を浮き彫りにする、直木賞受賞作。


作家・宮部みゆきの「らしさ」と「らしくなさ」が同居した作品。「らしさ」はそのリーダビリティの高さで、ドキュメンタリー的な手法を用いて小説内では現実に起きた、そして解決済みの過去のものとなった事件にも関わらず、小説読者をグイグイと事件に引き込んでいく。この手法は一歩間違えば読者が事件に関心を持たず、退屈を感じる危険もあるが、見事な物語の運びで読者もまたその世界の住人にしていく。続く事件の関係者・親戚縁者・隣人、そして同級生にまで及ぶ執拗なまでのインタビューは、事件の背景を徐々に明らかにしながら、本書のテーマである「家」や「家庭」が抱える問題について浮かび上がらせていく。読者の誰もが自分と家・家族・家庭の繋がりについて考えさせられる一冊になっている。
「らしくなさ」はこの新しく用いた手法に対して宮部さんは無理をしているのではないかと感じる点だ。この手法によってこそ得られた利点も多くあるが、失われたのは宮部作品らしさだろう。宮部作品に触れたときに得られる「伸びやかさ」がないのだ。扱う事件が他作品に比べて格段に重過ぎるという側面はあるだろうが、どうにも宮部さんが自分を殺して「社会派」を作り上げようと無理をしているように思えてしまう。作者も感じるその息苦しさから、ドキュメンタリー手法から唯一抜け出す宝井一家(特に男子高校生・康孝)の章で存分に羽を伸ばしているのではないか。康孝の登場には、「宮部さん、もう我慢できなかったんだなぁ」と苦笑してしまった。また康隆から考えたのは、宮部さんは「社会派」の作品よりも結局、理想的な物分りの良い少年が書きたいだけなのではとか、宮部さんの中では男でも20歳超えると悪人OKなんだなとか、宮部作品の中の基準についてだった。
ドキュメンタリー手法を採りながらもミステリ・小説としても面白い構成になっているから凄い。超高層マンションの一室で起きた惨殺事件だが、被害者と思われた購入者の住人は早い内からその生存が確認される。この死んだと思われた者の生存という現象がまず目を惹き、続いて、では被害者は一体誰なのか、なぜ住人はその家にいなかったのかという疑問が噴出していく。この過程はドキュメントながら、初見の読者にとっては非常にスリリングである。ただ上述した通り、小説内では完全に真相が明らかになった時点からの回顧なので、読者はまだ手探り状態の序盤から頻出する記者の「事件がああいう結末を迎えたのは…」とか「ご承知の通りに、事件は…」みたいな、思わせぶりな言い回しには多少の苛立ちを感じさせられるけれど。
何といっても本書は長い。長い長い理由も分かる。インタビューする人数が人生の数であり、数が多ければ多いほど多種多様に家庭環境や世代、土地が存在し、誰もが家に縛られている事が痛いほどに分かる。舞台となった高額マンションで暮らす人々、未婚の女性、シングルマザー/ファザー、介護問題、お受験、嫁姑問題、女性の人権、子が親に持つ憎しみ、親が子に対する羨みなどなど時代の変遷、経済成長などと共に決してなくならない家による呪いや呪縛、呪詛がある。本書でも、また現実でも多いのは家庭で虐げられて育った者は、その歪みを自分が作る家庭にも持ち込んでしまうという不幸な連鎖だろう。そういう意味ではあの人が家庭を持たないという確固たる決意を持っていたのは己をよく知っていたとも言える。勿論、その人の作中の言動が許されるわけではないけれど。他の無関係ともいえる家庭を深く描写する割りに、あまり言及されないがその人の育った家庭に私は原因や憎しみを見出してしまう。また言及されないといえば、重要な関係者のその後もされていない。言わずもがなの事なのかもしれないが、周辺ばかり丹念に(執拗に)書き込む割りに中心がポッカリと穴が開いているような構造が気になった。連載記事のラストも記者のものというよりも宮部さんの「らしさ」を感じる人の情に訴える締めになっており、本書では「らしさ」を捨て、もっと硬い社会派ドキュメントとして事件に切り込んでほしかった。この記事によって執筆者は何を書きたかったのがボヤけてしまった。家庭のサンプル集めに力を注ぎすぎではないか。
所謂、庶民でも超高層マンションが手に入るというバブルの狂乱とその崩壊、そこに巻き込まれた地に足のついていない生活を高望みした人々が巻き起こした事件。…なのは分かるが、どうも下町育ちの宮部さんが下町にも高層マンションが乱立する様子にご立腹した小説とも読めなくはない。また長らく本書を未読だったため比較できなかったが、直木賞受賞は『火車』ですべきだったという多くの人の意見に賛同する。アチラの方が、見事な構成といい(もちろん作品の長さも含め)、扱うテーマ、そして何より小説として優れている。宮部さんのお薦め作品は?と人に聞かれても本書は候補にすら挙げないだろう。理由はやはり「らしくない」からだ。

理由りゆう   読了日:2013年05月24日