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あなたが読んで くれるの待つわ 昔の名前で出ています('75)。

模倣の殺意 (創元推理文庫)

模倣の殺意 (創元推理文庫)

七月七日の午後七時、新進作家、坂井正夫が青酸カリによる服毒死を遂げた。遺書はなかったが、世を儚んでの自殺として処理された。坂井に編集雑務を頼んでいた医学書系の出版社に勤める中田秋子は、彼の部屋で偶然行きあわせた遠賀野律子の存在が気になり、独自に調査を始める。一方、ルポライター津久見伸助は、同人誌仲間だった坂井の死を記事にするよう雑誌社から依頼され、調べを進める内に、坂井がようやくの思いで発表にこぎつけた受賞後第一作が、さる有名作家の短編の盗作である疑惑が持ち上がり、坂井と確執のあった編集者、柳沢邦夫を追及していく。著者が絶対の自信を持って読者に仕掛ける超絶のトリック。記念すべきデビュー長編の改稿決定版。


1971年発表の作品で、'04年に↑の創元推理文庫版に落ち着くまで30数年で4回書名を改名している。江戸川乱歩賞応募時の名前は『そして死が訪れる』 → 賞を逃すも高評価を受け連載が決まりその時の名は今と同じ『模倣の殺意』('72) → 単行本化の際には『新人賞殺人事件』('73)になるも入手困難な幻の書に → 鮎川哲也さんの解説により文庫化した際にまた『新人文学賞殺人事件』('87)と改名し → '04年に創元推理文庫入りの際に昔の名前に戻る(「解説」参考)。…という、こう言っては何だが、売れない芸能人や歌手が心機一転をはかり事務所を移籍を決めたが、旧芸名では活動が続けられないため、事務所や偉い先生に芸名を頂いて再デビューを繰り返していく、という感じを受ける。演技も歌もいまいちだから大きな舞台は踏めないままなのだが…。(私は今の書名が切れもあり、内容とのリンク度も高くかなり好きだ。『〜殺人事件』のままだったら平成の世の読者は食指が伸びなかったであろう)
本書が面白い点は、2人の素人探偵がそれぞれに疑惑の人物のアリバイトリックを崩そうと正面突破を試みるため、探偵と読者が真相に一歩ずつ近づいているように感じられ、素早い場面転換がミステリ特有の推理部分の中弛みを回避している点である。更にはこの正面突破の混乱によって実に上手く本隊(メイントリック)を読者の目から隠すという陽動作戦に成功している点も著者の名采配だろう。悪人(腹に一物抱えている者たち)が幾人も登場し、彼らの嘘が徐々に暴かれる過程の面白さがある一方、どこを切り取っても陰気な雰囲気が拭えなかった。
素人探偵2人の猪突猛進ぶりは胸が空くというより、熟慮とは正反対で相手に失礼極まりなく、相手の憤慨によって捜査の道が絶たれるのでは、とハラハラした。たまたまお天道様に顔向けできない隠し事のある人たちだったから良かったものの、頭脳戦とは程遠い直感型の捜査はミステリらしからぬと不満に思った。
芸達者ではないものの、本書が出版界で活動し続けられるのは目立たないが、知る人ぞ知る功績があるからである。それが、(おそらく)国内初のある手法を用いた作品という功績である。なので、とある3つのグループに属している者が本書を読んだ時には驚嘆をもって称えられるであろう。1.本書の発表直後に読んだ人(最低40歳以上)、2.日本の探偵小説を発表順に読んでいる人(天文学的確率)、3.この手法に初めて触れる人。
それ以外の者(特に多くのミステリに触れた経験値の高い者)にとっては、先行例としての価値はあるものの、試行錯誤の跡が見られる箇所や全体のフォルムの歪さばかりが気になるだろう。多分、71年発売と04年発売の車を並べて見た時の感想に似ている(他には体操などスポーツの世界の技術も同じ)。旧型車を好む人もいるだろうが、技術は確実に進歩している。ミステリ上級者なら本文を読む前から、ある部分を見ただけで、トリックの察しが付くのではないかと思われる。


(ネタバレ感想:反転→)読み返したら、文庫版54ページの『本格物を目ざす新人は、探偵イコール犯人、という大テーマに一度は果敢に挑戦すべきだ』という文章発見。これは大胆な文章だなぁ。
書名にもある2つの「模倣」に対し、1人の坂井は身を引いてまで名誉を守り、1人の坂井は立身出世の道具として利用するという性格の違いを見事に表し、秋子にとっては「坂井」へのより深い愛になり、憎しみになり、作品を模倣して殺害を決めた、という「模倣」縛りに唸らされる。改めて今の書名が好きだ。
そこかしこに昭和を感じる作品だが、同姓同名の2人の作家志望の男、という真相はいかにも前時代的なものだった(今なら「坂井」と名乗っていた別の誰かを用意するだろう)。勿論、トリックの性質上、あまり描き込んではいけないが、2人の坂井に関して、同一人物だと錯誤できるのは作者の文章の硬さという作家としての欠点がトリックをアシストしている気もする。また、トリックは文章上のみで成立するものだが、作中の探偵役の津久見に関しては自分の追う事件の時間経過を肌で感じてもおかしくはないかな、とご都合主義っぽさを感じた。(←) 

模倣の殺意もほうのさつい   読了日:2013年04月10日