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この5年後に作者が本書に取り掛かっていたら傑作になったかもしれない作品。作者にも読者にも不幸な作品。

闇色のソプラノ (文春文庫)

闇色のソプラノ (文春文庫)

夭折した童話詩人・樹来たか子の「秋ノ聲」に書かれた「しゃぼろん、しゃぼろん」という不思議な擬音の正体は? たか子の詩に魅せられた女子大生、郷土史家、刑事、末期癌に冒された男、医師、そしてたか子の遺児・静弥が神無き地・遠誉野に集まり、戦慄の事件が幕を開ける。驚愕の長篇本格ミステリー。


北森鴻デビュー3年目の作品。後に著者の代表的なフィールドとなる民俗学の要素を本書で初めて導入し(多分)、また故郷である山口県と、同じく山口出身の金子みすゞをモデルにした童話詩人を登場させるなど、著者にとっては渾身の力作にしたかったのではないかと思われる。が、著者と距離の近い作品というのは往々にして読者を置いてけぼりにするものであって、本書もその御多分に洩れていない。構想に技術が追いついていないという部分が多々あり、後年に発表したなら著者の代表作になっていたのではないか、という時期尚早な思いだけが残される。北森さんは基本的に好きな作家さんであるが、本書は作品に乗れなかった。
一言でいえば、欲張りミステリだろうか。400ページ強の作品には贅沢な数の謎が詰め込まれている。25年前に山口で起きた女性詩人の死の謎。彼女の死の真相を追う者、そしてその息子の周囲に起こる不可解な死。そして詩人に興味を惹かれる者の集まる架空都市・遠誉野。その遠誉野という都市は民俗学的見地によって考察される。…のだが、前述した通り、いかんせん著者のテクニックはまだまだ向上途中であった。これらの要素が上手くリンクして、ダイナミズムを生み出し、一種、呪術的な力を引き出せれば良かったのだが、それぞれの謎が継ぎはぎに合わされていて、ただただ体裁が悪いだけのミステリになってしまった。
失敗の原因の一つには、樹来たか子という詩人の魅力を存分に引き出せなかった事にあるのではないか。北森さんの中には金子みすゞという明確なモデルがあったかもしれないが、解説を読むまで金子みすゞの姿を浮かべなかった私は、彼女の詩に魅せられる女子大生・真夜子や、彼女が出会う同じくたか子に興味を抱く人々の胸の内が少しも分からなかった。真夜子がたか子の詩に触れ、魅了される場面はあり、彼女の詩も載っているのだが、どうにも特別に思えない。もっと真夜子の口を借りて、たか子の作風や魔力的な魅力を説明しないといけなかったのではないか。この全ての登場人物の心を多く占める、物語の影の主役であるたか子に読者がいまいち興味が持てないというのは、作品にとって致命的な欠陥で、それによりたか子の詩作から最後には謎多き死まで取り憑かれたように事件を追求する語り手・真夜子の行動には常に違和感が付きまとう。霊的なビジョンまで見るようになる思い込みの激しい女子大生には苦笑してしまう。
また民俗学的アプローチは解説の方も苦言を呈すほど上手く機能していない。著者は多分、山口の忘れ去られた詩人に深く関わっていく人物たちが、遠く離れた東京の一つの地区に集まる不自然さを払拭するために、場所の持つ力を用いたのだろう。実際、偶然/必然の話は遠誉野という土地の特殊性と共に語られているが、遠誉野への言及は中途半端でタイミングも悪い。またそれに加え、民俗学に詳しい在野の研究家・殿村の存在理由も不明確で、結果的に不必要だったのではと思える。ご意見番的立場なのだが、どうにも含みを持たせており、行動理由など終盤までしこりの残る人物だった。本書で一番落胆したのは遠誉野という装置の不発だった。
北森作品の特徴は登場人物の誰にも共感や好意が向けられないという点かもしれない。陰か陽かでいえば確実に陰の人々が多く、その人たちが集まるからもう作品が「闇色」になる。本書のようなノンシリーズでは「正義」の心を持つ人が誰なのか最後まで分からないので、どの人物に対しても身構えてしまう。最後の最後まで驚かせようとするから、どこまでいっても秘密が残されている危惧と警戒心が謎解きのカタルシスすら奪っているように思う。
またトリック重視の人ではないらしいが、謎ばかりを創出し、それを語り続けるにも関わらず、解決が雑なのも気にかかった(弓沢の事件の血痕の考察など)。アリバイ崩しもお粗末(これも弓沢の事件)。また「あらすじ」にあるほど重要な要素である擬音の謎に関しても、読者に注意を喚起せずに、終盤で急に議題に持ち上がる不自然さを感じた。凝りに凝りすぎて、あちらこちらで個々人に事件が起こり考察を展開するから、物語に、登場人物に通底する謎がなくなってしまった。終始、先走る作者の後姿を、置いてけぼりにされた気持ちで眺めていた。あぁ残念。

闇色のソプラノあんしょくのソプラノ   読了日:2013年05月27日