- 作者: 宮部みゆき
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 1995/01/30
- メディア: 文庫
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嵐の晩だった。雑誌記者の高坂昭吾は、車で東京に向かう道すがら、道端で自転車をパンクさせ、立ち往生していた少年を拾った。何となく不思議なところがあるその少年、稲村慎司は言った。「僕は超常能力者なんだ」。その言葉を証明するかのように、二人が走行中に遭遇した死亡事故の真相を語り始めた。それが全ての始まりだったのだ…宮部みゆきのブロックバスター待望の文庫化。
上手い、本当に上手い、と感心しきりの一冊。嵐の中での慎司との出会い、行方不明の子供、慎司の超能力、と数十ページで読者の興味を完全に惹きつける導入部。そして読者の興味を最後まで失わせない見事なプロット、登場人物を深く理解できるように配置されたエピソードとその重ね方、人の心情を的確に表現する文章、稀代のストーリーテラー・宮部みゆきの魅力満載の一冊。本書は第45回日本推理作家協会賞を受賞。同時受賞は同じ年の綾辻行人さんの『時計館の殺人』。ミステリのジャンルは少し違いますが、どちらも素晴らしい作品。
本書も初期宮部作品に多く見られるような超能力・超心理モノである。しかも今回は直球の超能力そのもの。またか、と思うのだけど、それ以上に読ませる。それも絶妙な構成によるもので、一つは高坂が超能力に半信半疑でい続ける点と、超能力を一旦、否定される点である。高坂が端から超能力を信じてしまっては、作者の結論ありきで読者が置いてけぼりになる。それを高坂が理知的な判断をもって慎司の能力を見極めようとする描写がある事によって、読者も高坂と同じ視点・速度で超能力を知れる。この半信半疑の高坂の態度こそ、慎司との関係を深め、また逆に能力を持つ者と持たざる者との徹底的な「違い」も如実に表れる。そしてもう一点の超能力の否定。これによって物語に直也が登場し、更には直也の「種明かし」により、謎解きに似たカタルシスが味わえる。前半に高坂が彼らと接近する事によって後半の面白さが格段に増す。うーん、構成の妙。
ミステリとして事件らしい事件が起こるのは、後半、いやもう終盤になってからである。この事件も、ともすれば高坂の個人的な物語になる所を、前半で2人の青年を登場させる事によって一味違う事件・解決、真相にしている。ミステリとしては禁じ手である超能力だけれども、本書はその能力をどう使ったかがパズルのピースとなるミステリである。高坂の過去をはじめ、超能力の能力・生き方・使い方という問題が前半でしっかりと描かれているので、事件という外枠に生々しい苦味や苦しみを注いでいる。いわば前半はナスの煮びたしを作る時、味がしみ込むようにするナスの切れ込みなのである。美味しい! 宮部さん料理上手。