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アルジャーノンに花束を (ダニエル・キイス文庫)

アルジャーノンに花束を (ダニエル・キイス文庫)

32歳になっても幼児の知能しかないパン屋の店員チャーリイ・ゴードン。そんな彼に、夢のような話が舞いこんだ。大学の偉い先生が頭をよくしてくれるというのだ。この申し出にとびついた彼は、白ネズミのアルジャーノンを競争相手に、連日検査を受けることに。やがて手術により、チャーリイは天才に変貌したが…超知能を手に入れた青年の愛と憎しみ、喜びと孤独を通して人間の心の真実に迫り、全世界が涙した現代の聖書(バイブル)。


思ったよりもずっと暗い話。特に知能が上がったチャーリーが思い出す過去の体験は読んでいられない。私には感動というよりも沈鬱といった感じだった。泣けると評判の本にことごとく泣けない私…。読んでいて思ったのは、北村薫さんの『スキップ』の精神版みたいだということ。「スキップ」では主人公の精神は保持したまま肉体が変わったが、本書はそれの逆。肉体と過去を保持したまま精神だけが変容していく。彼の知能の上下を文字で表現する方法が面白かった。
後半は現代で言えばアルツハイマー病のようだ。頭の良くなる手術や脳の働きは、以前読んだ『海馬』を思い出す。あの本には、薬によって頭が良くなったねずみの話が出てきたし、研究者の池谷さんは痴呆やアルツハイマーの改善を志しているから本書との関連が多い。池谷さんの研究が進めばチャーリーもアルジャーノンも救われたのかもしれない…、そう思うと切ない。知能が手からこぼれ落ちるのはチャーリーにはっきりとした自覚と無力があるだけに辛いだろう。知識の階段を急いで登って、象牙の塔からの眺めを見てしまったが故に、強制的に降ろされる。しかも彼は最終的に患者であり研究者でもあるという奇妙な立場に立たされる。誰よりも頭が良くなった彼が見つけてしまった手術の欠陥というのは、とても悲劇的で胸を打つ。ラストはちょっと作為的で美談過ぎると思ってしまったけど。
この本はチャーリーに焦点を当てているが、社会的な反応まで描写したら(日本の)マスコミは個人的な話を放送してるのだろうな、と思った。手術や技術の科学的な話より育ってきた家庭環境とか本人の人となりとかに話題が集中するのだろう。多分、彼の家族は普通の生活を送れまい。高すぎる知能の壁は越えられないから、自分の理解できる領域に問題を集中するのだろうと思った一例。