- 作者: 古川日出男,片岡忠彦
- 出版社/メーカー: KADOKAWA
- 発売日: 2006/07/22
- メディア: 文庫
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侵掠したフランス軍壊滅の奇策、「読む者を狂気へ導く玄妙驚異の書物」は今まさにカイロの片隅で、作られんとしている。三夜をかけて譚られた「ゾハルの地下宮殿の物語」が幕を閉じ、二人めの主人公がようよう登場する頃、ナポレオンは既にナイルを遡上し始めていた。一刻も早く『災厄の書』を完成させ、敵将に献上せねばならない。一夜、また一夜と、年代記が譚られる。「ひとりの少年が森を去る…」。圧巻の物語、第二部。
第二部。現実世界ではいよいよ風評だけだったナポレオン軍がエジプトに侵攻を開始。麗しさや誇りは皆無の軍隊だが、その近代戦術の前にエジプト軍は成す術がなかった。一縷の望みは、たった一冊の書物の完成に託された…。
この第二部は『災厄(わざわい)の書』の俗称の内、『美しい二人の拾い子ファラーとサフィアーンの物語』が語られる。時代は第一部より一千年後。いよいよ第二・第三の主人公の登場。現代の完璧な書物として存在した単行本『アラビアの夜の種族』を文庫化に際して分冊するのは商業目的だけと思われたが分冊方式もなかなか悪くない。アーダム・ファラー・サフィアーン、3人だから3冊。
さてこのファラーとサフィアーン、2人の拾い子の共通点は自らの出自を知らない捨て子である事と容貌の麗しさだけ。あとは全てが正反対の二人。何もかも違うその設定が絶妙なコントラストとなって物語を際立てる。
簡単に言えば2人は絶望の魔術師・ファラー、希望の剣士・サフィアーンである。彼らの人生にはそれぞれ絶望と希望が用意されていた。自分の根本的な差異を知らずに育ったファラーはあるジジイに将来の夢を奪われた。己の高貴な出自を知らずに育ったサフィアーンはある女性に純真な心を奪われた。衝撃の事実を告げられ絶望の闇に沈むのはファラー、衝撃の事実を知らされ希望の光を見るのはサフィアーン。一方は世界への復讐のため、一方は未来の祝言のために打倒「魔王」を掲げる。その「魔王」の名は…。
サフィアーン誕生の悲劇も秀逸だが、私が何より好きだったのはファラーの人生の中の絶望。彼の故郷の森の話は『13』の密林の話を連想した。私は古川さんの描く残酷な運命の話が大好物だ。運命の歯車の軋む音、そして訪れる予め定められたカタストロフィ。その容赦なき運命にゾクゾクした。人物的にはサフィアーンの方が好きです。第一部では陰気アーダムに対して陽気なジンニーア、この第二部では月のファラーと太陽のアーダム。基本的に地の底の物語だが、明るい登場人物たちが悲劇も悪魔も柔らかく照らしてくれる。
第二部でもまた善悪の境界線が反転する様が面白かった。また地底のダンジョン、悪夢の迷宮・阿房宮を夢と現実の境界線がない者の捩れを以って捩れを制すという論理に痺れた。2人の勇者と図らずも「魔王」と呼称された者の決戦は意外な結末を見せる。そしてまだまだ波乱を巻き起こしそうな驚愕のラスト。華美な装飾にも慣れ、いよいよ私も物語の虜だ。私の「災厄」は睡眠時間の短縮ぐらい? そんなのアーダムの眠りへの渇望に比べればまだまだだけど。