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チーム・バチスタの栄光(上) 「このミス」大賞シリーズ (宝島社文庫 599)

チーム・バチスタの栄光(上) 「このミス」大賞シリーズ (宝島社文庫 599)

東城大学医学部付属病院の“チーム・バチスタ”は心臓移植の代替手術であるバチスタ手術専門の天才外科チーム。ところが原因不明の連続術中死が発生。高階病院長は万年講師で不定愁訴外来の田口医師に内部調査を依頼する。医療過誤死か殺人か。田口の聞き取り調査が始まった。第4回『このミス』大賞受賞、一気にベストセラー入りした話題のメディカル・エンターテインメント。


ミステリの面白さを決定付ける幾つかの要素の中で、読者が一番最初に審査・診察するのは「謎」そのものの魅力。作品が訴える「謎」の症状を聞き、読者はその治療の難しさを計り、各症状に合った名医の登場を期待する。病状よりも作品の「謎」の訴え方、その語り口の上手さに重きは置かれる。自分で治療を施せそうと錯覚する症状、逆に全く手に負えない治療お手上げの症状、そのどちらも読者は諸手を挙げて歓迎する。診察料を払うのは読者ですが…(笑)
そういう意味では序盤こそが「謎」の症状、感染経路、来院理由、語り手と語り口、読者が一番注意深く作品を観察する場面。症状の訴え次第では「次の方どうぞ〜」と自宅療養の場合もあり得る。しかし本書の導入部の上手さには本当に舌を巻いた。まずその症状、そして治療を訴える人物の意外性に驚く。大学病院内の手術室で、心臓外科手術中に原因不明の連続死が発生。不運か医療過誤死か殺人か。疑わしきは手術スタッフの先鋭たち、通称「チーム・バチスタ」の中の7人。相互看視の手術室という二重三重の密室の中で一体何が起こったのか!? そしてその調査を申し出た人物は「チーム・バチスタ」のリーダーである執刀医本人。患者の鼓動を止めてしまった者が、その理由を希求する。いよいよこの「謎」の症例の希少性が浮き彫りに。嬉しい事にミステリの絶対条件としてこの謎の名医による解決は約束されている。私は開始2,30ページのこの時点で作品の価値・勝ちをほぼ認めた。症状はお手上げ、でも万歳三唱。
更には何故か大学病院院長、直々に大学病院に巣食う病巣の可及的速やかな除去を命じられた不定愁訴外来の田口公平講師の造形と語り口も素晴らしい。達観か諦観か熾烈な競争社会である大学病院の中で若くして仙人の様に安息の地を手に入れた田口先生。だが冒頭の病院長との会話を見る限り、決して病院内の権力争いのバランス感覚が欠如している訳ではない。他人を罠に掛けないし、他人の罠にも掛からない。何事に対しても近視眼的にならない性格が彼の美点か。そんな彼の語り口が導入部以降も減速する事なく物語を牽引する。言葉の裏、言葉の綾など発言の真意を探る攻防も面白い。
冒頭からまんまと作者の術中には嵌まった私だが、更に作者のメス捌きに見惚れたのは「チーム・バチスタ」の人物紹介。チームを絶賛する紹介記事を利用して7人全員の名前と役職を無理なく紹介。その後、田口先生による聞き取り調査により各人の人物像を明らかにする見事な構成。流れるように容疑者7人全員の特徴を掴ませる手法は本当に新人離れをしている。田口先生が質問する名前の由来や、彼が連想する動物も7人の輪郭をより際出たせる効果があった。手術場面ではこちらも息を殺して見守った。無音の絶望に鳥肌が立った。
上巻の終盤で初めて術中死に立ち会う田口の出した結論は誰一人疑わしい動きをしなかった、という調査報告だった。彼は本作の名医ではなかった。では一体誰が…!? 『未曾有の災厄と福音』の襲来はもう間もなく…。
欠点を指摘するとすれば、各段落の最後に合ってるのか合ってないか判断しづらい比喩を義務のように入れているのが気になった。田口の性格なのか、作者が「小説」を意識しすぎた結果なのか。そこ(だけ)は新人らしい硬さが見えた。

チーム・バチスタの栄光(上)チーム・バチスタのえいこう   読了日:2010年04月18日