《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

巨大球団が勝つとは限らない。'08年のプロ野球界に酷似。

日本シリーズを目前に控えた東京ヒーローズの桂監督が、東京タワーで不可解な失踪を遂げた。にわかに白熱化する大阪ダイヤとの日本シリーズ。しかもその真只中、今度は東京ヒーローズの代理監督が蒸発してしまった…。事件の陰に潜む黒い陰謀を暴こうと奔走する新聞記者や監督の娘比奈子の眼前に、やがて全野球ファンを熱狂の渦に巻き込んだ壮絶な戦いを操ろうとする巨大な魔の手の存在が明らかになる…。本書は、不可能興味の横溢する事件をユーモラスな筆致で描いた、野球ミステリの傑作である。


プロ野球ミステリ。と言うと延々と試合の描写が続くのでは…とか、読むのには野球知識が必要なんじゃ…、という危惧があるかもしれないが、心配はご無用。勿論、知識があるからこそ楽しめる場面もあるのだろうが、知識のほとんど無い私でも充分に楽しめた。天藤作品リーグの中でも優勝候補級の作品。
試合の描写や細かな戦術もあるにはあるのだが最低限の場面だけ。この物語を動かすのはプロ野球を取り囲む側の人々である。監督やコーチ・球団オーナーなどの経営陣、そしてスポーツ新聞の記者たちである。
本書は謎の不可思議さ、登場人物の魅力、展開の早さ、全てが素晴らしい。まず弱小チーム「東京ヒーローズ」を1年でリーグ優勝に導いた名監督が日本シリーズ2日前の失踪というセンセーショナルな謎がある(しかも本人のヒゲだけを残して)。この失踪(誘拐?)劇では東京タワーを巨大な密室として使っている点も面白い。失踪事件を追うのは「東京ヒーローズ」のコーチ・立花の親友でスポーツ新聞「東日新聞」記者の矢田貝と新聞社の即席チーム。本書の登場人物は立花を始め謎や展開の魅力に負けない濃いキャラクタ揃いだが、私は新聞社の記者たちが好き。チームのボス・矢田貝が失踪事件の状況説明をする場面だけでメンバー各々の性格が把握出来るようになっている。これは天藤さんの技巧に他ならない。
記者たちが監督の素性を追う内に見えてくる失踪の裏側・監督電撃移籍の謎・見え隠れする陰謀、そして名監督の意外な悪評。更に事件は代理監督の失踪にまで発展する(しかも代理監督の服だけ残して)。指導者不在、満身創痍の「東京ヒーローズ」は日本シリーズ3連敗を喫し…。事件の顛末ももちろんだが、シリーズの勝敗も読者を惹き付ける要因となり物語は一度もだれる事が無い。ただし真相披露の場面だけは、個々人の願望とその達成のために取った行動・陰謀が入り組んでいるので、少し頭を整理しつつ読まないといけない。そこだけは注意。興に乗ったまま咀嚼せず飲み込むと消化不良になる恐れがある。それは勿体無い。
生まれてこの方、某新聞を読み続けている私は順調にプロ野球が大嫌いな人間に育った。なぜなら勝っても負けても某巨大な球団の試合しか記事にならないから。しかし本書を読了して、それもこれもプロ野球への「愛」なのかな、とも思った。本書でも各人のプロ野球球団への様々な思惑が入り乱れるが、根底に流れているのは野球・球団への愛である。それは間違いない。だから読了後も嫌な気持ちは残らない。更に本書には最後の最後まで驚きが用意されている…!!
余談:天藤作品のジジイは強欲な人が多い。ジジイに恨みでもあるのかしら。

(ネタバレ感想:反転→)日本シリーズの優勝をあと一歩で逃し続けているチームのオーナーの健康状態がすぐれず、今年が彼にとって最後の日本シリーズになる事が一連の事件の発端である。ならば現実にもあの名物オーナーがいよいよ危ないとなったら、本書と同様の工作が行われるのだろうか…と心配になった。実際その可能性は低くない気がする(今でも金に物を言わせた大型補強などあるし)。本書では野球というスポーツに対して恥じるような行動は決して無かったのだが、現実はやはり汚い方法が取られるのだろうか、と野球嫌いとしては穿ってしまう。(←)

鈍い球音にぶいきゅうおん   読了日:2008年08月28日