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夜市 (角川ホラー文庫)

夜市 (角川ホラー文庫)

妖怪たちが様々な品物を売る不思議な市場「夜市」。ここでは望むものが何でも手に入る。小学生の時に夜市に迷い込んだ裕司は、自分の弟と引き換えに「野球の才能」を買った。野球部のヒーローとして成長した裕司だったが、弟を売ったことに罪悪感を抱き続けてきた。そして今夜、弟を買い戻すため、裕司は再び夜市を訪れた…。奇跡的な美しさに満ちた感動のエンディング。魂を揺さぶる、日本ホラー小説大賞受賞作。


高熱の時にボンヤリと眺めるテレビの映像は、どこか現実は切り離された別世界の出来事のように感じる。普段は意識しない自分(現実)とテレビ(向こう側)の境界が高熱の時にだけ感知されるようになるからだ。本書はそんな世界を隔てる薄い膜の存在を常に感じる作品だった。その薄い膜の向こうは現実と地続きの異界。作者はその筆致により読者を冷静な高熱状態になるよう心身を変調させ、膜を可視化して、その向こう側を垣間見せる…。
高熱状態なのは登場人物たちも同じ。彼らは通常、人の入る事の出来ない異界に足を踏み入れ、その世界独自の「ルール」に翻弄される。そのルールは現実の法とは懸け離れ、また彼らは平素ならばパニックに陥るような光景に多く遭遇する。しかし彼らは変に冷静だ。身に降りかかる異常な出来事を淡白に理性的に対処する。彼らは実に人間らしく、そして実に人間らしくなかった。そういう意味では登場人物に関しては高熱状態というよりも、催眠状態という方が近いかもしれない。表題作の「夜市」に関して言えば、ヒロインのいずみが仄かな好意が読み取れるとはいえ、裕司の提案に、人気のない暗がりに誘い込むような言動に対して、唯々諾々と付いて行ってしまっている。また現実世界へ戻ると異界での記憶を忘却するのも睡眠状態に突入していた傍証(?)となるだろう。
本書収録の2編のラストシーンは似ている。どちらも異界に入る物語だから当然か。そこには人との別れがあった。その人と別れる前にその人物の歩んできた人生を知った。その数奇な人生に、数奇な人生を歩ませてしまう異界のルールに恐れ戦いた。本書は日本ホラー小説大賞受賞作であるから当然ジャンルは「ホラー」に分類されるが、直接的に読者を怖がらせるような描写は少ない。けれど間接的に、読者がその奥行きを感じ取った時に読者の内から内発的に湧き上がる恐怖が用意されていた。時間や空間、数多あったはずの人生の選択・自由を全て奪われる恐ろしさに身を震わす。本書によって感知してしまった世界を隔ててくれている膜、そしてその頼りない薄さ。更に静かに怖いのは人はいつしかまた高熱を出すという事だ。異界に入ったものは再び異界に呼ばれる…。
でも一番怖かったのは裕司かな。他に何も望ま(め)ない生霊のような存在。

  • 「夜市」…表題作。あらすじ参照。100ページ弱の作品だが、その奥行きが果てしない。夜市の世界観はもちろん、上述の通り数奇な人生を考えるほどに、現実感が乏しかった作風は一転、一気に支え切れないほど重みを持ち出した。まさに地続きの世界。また中盤以降のミステリ的な論理性が好き。夜市のルールの中で最大多数の幸福を得る為の妙案。巻き込まれるいずみの配置が見事。
  • 「風の古道」…カミやモノノケの類が往還する「古道」に迷い込んだ少年たちの彷徨…。こちらも中盤からのレン自身の人生の謎解きで評価がより高く。彼という存在に思いを馳せると悲しくて、また自分の存在が揺らいで少し怖かった。2回ある主人公とレンの別れの場面は彼らの言葉には出さない想いが感じられる印象的なシーン。古道と現実世界はダブって存在する。世界は本当に薄皮一枚で隔てられている。しかし薄いはずの膜も2人を隔絶する絶対的な存在となった。

夜市よいち   読了日:2010年08月08日