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沈黙/アビシニアン (角川文庫)

沈黙/アビシニアン (角川文庫)

祖母の家の地下室で見つかった数千枚のレコードと十一冊のノート。記されていたのは、十七世紀アフリカに始まるある楽曲の、壮大な歴史。薫子は、運命に翻弄され世界を巡ったこの楽曲と、それを採取した風変わりな祖先の来歴を辿り始めるが…(「沈黙」)。キッチンカウンターの向こうの彼女に、ぼくは胸を焦がした。字の読めない彼女のために、ぼくは物語を書き始める。はかなく静かな恋愛小説(「アビシニアン」)。『アラビアの夜の種族』で日本推理作家協会賞日本SF大賞を受賞した著者が繰り広げる、壮大で深遠な幻想世界。


400ページ弱の「沈黙」と200ページ強の「アビシニアン」の2篇の合冊。
私の中では2篇の質感、読後感は対照的だった。世界から抹殺された音楽の歴史を紐解いていく「沈黙」は硬質な文章で物語のある程度の見通しがつくまで読み辛いと思ったが、最後の一文を読んだ後にも残響が聴こえていた作品。一方「アビシニアン」は現代的で若い男女が主人公の恋愛小説ともいうべき作品なので世界に没入しやすいが、終盤、物語は霊的・観念的になり過ぎ戸惑っている内に、やや唐突に文字は果てた。作品の全てを感受できた感覚はなかった。
本書収録の2篇はデビュー作『13』に続く感覚(主に五感)シリーズなのかな(それも合冊の理由の一つ?)。「沈黙」は音楽を聴く聴覚を中心に、「アビシニアン」は嗅覚から始まり痛覚、そして文字の喪失が小説上で描かれる。
古川作品の凄いのは五感の一つから世界を構築してしまう点だと思う。読書中、嫌でも聴覚という感覚に意識が向く「沈黙」では、現実には文字を視覚で追っている私なのに、やがて文字は音楽に変換され、そして世界そのものとなった。本来、世界の一部であるはずの音楽は世界を呑み込み、私は音楽の中にいる、音楽は世界と同義であると本気で錯覚した。続く「アビシニアン」では、文字は匂いになり味覚になり映像に換わり、文字を追いながら私は文字を失くす人間の感覚を味わう。それは全てを縛る文字からの解放、文字を必要としない魂の抱擁であった。
作者の圧倒的な文章は彼の視る世界の隅々まで描写し、聴く音楽の一音一音まで捉える。その文章は全てを超越する。その中で人は猫になり、音楽になり、他者となり、悪そのものになり、現実は異界と繋がる。
古川さんの文章はいつも私を恍惚とさせるが、私は同時に恐怖を感じている。例えば古川さんに徹底的な絶望や世界の否定を描かれたら、私はかなり深く、長いあいだ打ちのめされてしまうだろう(例えば「沈黙」の薫子の最後の行動のような事だって古川さんの文章には可能かもしれないと思える)。それだけの力がある。古川作品を読むと文章や小説の怖さを改めて感じる。

  • 「沈黙」…「悪」と対峙する大瀧サーガ。「ルコ」の誕生と世界中に散逸する物語だけで本篇を読む価値がある。…と思いきや、中盤の展開には本当に開いた口が塞がらなかった。ある意味、禁じ手。しかし、またその後を読み進め、全てが必要であったと誤解を解く。読了後、深く一つ息をつき、両の耳に意識を集中させた。
  • 「アビシニアン」…自我や自意識が強いだけの少女かと忌避していた人物だったが、最後には神々しいまでの強靭さ感じた。「沈黙」の「獰猛な舌」に続き、主人公2人の間には彼らの舌で語られる「ことば」があるというのは共通点か? 読了後に浮かんだ言葉は不立文字。悟りと同様、愛は文字などを必要としない。

沈黙/アビシニアンちんもく             読了日:2009年06月28日