- 作者: 滝田務雄
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 2009/09/30
- メディア: 文庫
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彼の名は黒川鈴木。姓名どちらも姓に見えるという点で、まあ珍名の部類に入る。職業は警察官。階級は巡査部長。既婚で子供はない。ふだんはヒマでも、事件が起これば無能な白石と真面目な赤木、二人の部下を連れて現場に急行する。起こる事件は本ワサビ泥棒、カラス騒動…。第三回ミステリーズ!新人賞受賞作から始まる愉快な脱力系ミステリ短編集。
田舎の刑事・黒川鈴木が遭遇する5つの事件をまとめた短編集。田舎の警察だから人手は少なく彼はどんな事件にも顔を出す。ワサビ泥棒から果ては無差別大量殺人事件未遂まで、彼は一手に引き受ける。どんな事件でも彼は優秀な活躍を見せるが、いつも事件とは無関係な所で満身創痍の状態にあった。架空の世界で、二重生活で、職場で、そして家庭で、彼の精神は少しずつ消耗していく。そんな彼の姿は哀れだが、とーーっても滑稽である。
ミステリとしては残念な事にトリックが小粒の作品が多い。大まかには予測が付いてしまうトリックと、細かすぎて驚けないトリックのどちらかだった。短編ならではの切れ味の鋭さはなかった。その代わりに、回を重ねるごとに登場人物たちがいい感じに暴走していく様が堪能できる。1編目と5編目の黒川はもはや別人格といってもいいほどに変貌している。史上初(?)の「イジラれ探偵」の誕生である。作者の筆も興に乗って、後半は読書中に吹き出す回数も多くなる。特に5編目は破壊力抜群。目指せ、お笑いミステリの代表・東川篤哉大先生。
強盗や盗難など「盗」む事件が多く、2,3編目の拳銃という共通項を見るにつけ「はは〜ん、最後には創元推理お得意のパターンが待っているのね」などと思い、連作集への期待半分、強引などんでん返しへの不安半分で待っていたが、飽くまでも本書は独立短編集だった。ただ黒川のネットと現実の二重生活が徐々に周囲と自身に影響を与えていく様子は引き継がれていて楽しかった。ネットでの女子大生キャラ確立の理由に黒川の慎重さと狡猾さの表れか。でも一番、腹黒いのは…。
- 「田舎の刑事の趣味とお仕事」…表題作。管内で盗難事件発生。盗品は大量の本ワサビ。犯人は農園の事情に人物だと思われるが…。現実とネットの2つの盗品探し、2つの世界の1人のお調子者。やがて二重写しになる事件。トリックを含め統一された端整な世界が良い。てっきりネットゲームのパーティに犯人がいるのかと。この頃の黒川刑事は嫌味な上司。でも、この頃はまだまだ幸せだったね…。
- 「田舎の刑事の魚と拳銃」…平和な田舎町で弾痕が発見される。現場に残された不自然な痕跡は何を訴えるのか…。謎も解決も動きの少ない地味な事件。文字ネタ一発トリックか。黒川の刑事・人間としての長所の他に家庭での不遇も見られる。黒川たちはツッコミ・赤木を加えて漫才トリオとしての再出発。
- 「田舎の刑事の危機とリベンジ」…田舎のコンビニで強盗事件が発生。犯人は店員と客を人質にとったとの情報が…。客の名は黒川鈴木。前編とは一転して派手な事件。犯人候補が少ないので目星は付き易いが、謎の演出方法が上手い。この辺りから黒川の不幸やイジられ方、壊れっぷりが板に付いてきた。
- 「田舎の刑事の赤と黒」…亡き夫人がカラスに託したとされる時価2億円のルビー。それを追う者たちが田舎町に溢れ…。2,4編目は謎よりもドラマに重点が置かれているようで、謎解きの盛り上がりには欠ける。もうちょっとミステリ度を高めて欲しい。黒川夫人が彼の人の心理をトレースできるのが怖い…。
- 「田舎の刑事のウサギと猛毒」…青酸カリを盗み出したストーカーの男が事故死した。男は何に毒薬を仕掛けたのか…。口のない容疑者の計画を暴く、時間との戦いを強いられる緊張感が良かった。初登場の彼が真犯人かと予想し、毒薬もコンサート会場に仕掛けるのかと思った。どちらも外れた。最終話で遂にブレイクしたあの人のキャラに大爆笑。今後のお笑いミステリとしての活躍が楽しみ。