- 作者: 似鳥鶏
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 2007/10/31
- メディア: 文庫
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芸術棟に、フルートを吹く幽霊が出るらしい…。吹奏楽部は来る送別演奏会のため練習を行わなくてはならないのだが、幽霊の噂に怯えた部員が練習に来なくなってしまった。幽霊を否定する必要に迫られた部長に協力を求められ、葉山君は夜の芸術棟へと足を運ぶが、予想に反して幽霊は本当に現れた! にわか高校生探偵団が解明した幽霊騒ぎの真相とは? コミカル学園ミステリ。第16回鮎川哲也賞佳作入選、期待の新鋭のデビュー作。
ミステリに登場する幽霊は否定される運命にある(例外もあるが)。幽霊の正体見たり枯れ尾花。幽霊譚に恐れ慄く人たちの心の安寧の為に探偵は立ち上がる。幽霊を枯れ尾花に転生させ、幽霊をこの世に召喚した者を矯正させる。
高校生の学園物怪談ミステリ。校内でその場所を使う文化部の生徒たちの自治区状態になりつつある建物「芸術棟」で、とある怪談が流布する。その噂が原因で部の活動に支障が出始めた吹奏楽部員から頼まれ、同じ芸術棟使用者のよしみで主人公・葉山くんは幽霊譚の真偽を確かめに夜の学校に侵入する。…が、その夜、彼らが目にした物は枯れ尾花ではなく、幽霊だった。
学生探偵団(特にミス研部員たち)は事件≒他人の不幸に心待ちにして、自分の頭脳の優秀さの証明の為だけに、やたらと足を突っ込みたがる印象を作品や作者から受ける。しかし本書の探偵団の結成・行動目的は、飽くまでも人助けである。主人公の葉山くんに肥大した自意識を感じないし(寧ろ影が薄くて実体が掴めない)、探偵役の伊神さんにしても他の奇天烈な探偵たちに比べれば常識人の範疇に収まる。一番、変人だったのは柳瀬さんじゃないか。
誰がやったのか、という探偵の推理の筋道が堅実で好ましい。また証明の為の小道具の使い方には唸らされた。読了して「なるほど、なるほど」と腑に落ちるタイトルが好き(著者曰く『特に意味はな』いらしいが)。犯人側の動機を聞いても不快感はないし、その行動が理解出来る点が長所だろう。ただし使用されるトリックは短所とまでは言えないまでも、ミステリとしては及第点ギリギリかな。1つのトリックは100年前から使われていそうな埃を被った物で、もう1つは派手だが机上の空論っぽい。文章ではなく映像化したら、どちらも作為的で稚拙に映るだろう。トリックと言うよりも悪戯に近いし。けれどその稚拙なトリックが犯人の已むに已まれぬ事情や焦りを表しているのかもしれない。作品全体的には悪くない。
文句があるのは「あとがき」ですね。「ツチケン先生」や「オツイチ先生」に代表される「あとがき」こそ本編の人が好みの私としては、長い割に面白くない、いまいち過ぎるあとがきだった。著者が真面目そうな性格は伝わるんだけどねぇ…。
探偵役の伊神さんは既にセンター試験を終えた高三。書名の通り季節は冬(1月中〜下旬)だから今後は受験に卒業式に大忙しのお役御免!? 既刊の続編で配役変更があるならそれも楽しみ。今後のシリーズでの葉山くんたちの事件へのスタンスが「人助け」と「俗物の好奇心」の分岐点かな。そこに好感を持ったからこそ、今後も事件介入の必要性は大事に描いて欲しいな。
(ネタバレ感想:反転→)暴く側(探偵団)の動機が純粋な人助けだったのと同様に、暴かれる側(犯人)の動機も人助けだった事、そしてそれが手酷く裏切られる場面が痛々しく際立つ。高校生側、そして挿話が読める読者側にしても唐突過ぎる「大人側」の保険金幽霊の仕立て上げ問題は、彼を巡る謎を把握しないまま警察の解決編だけ聞かされて興醒め。高校の幽霊譚だけに収まらない事件の奥行きや社会性や犯罪性、また大人向けのミステリへの作品の昇華の為なのかもしれないが、急展開の「蛇頭竜尾」に思えた。もう少し綺麗な構成はなかったのか。けれど、それだからこそ高校生の純粋さ、そして言わずもがなの未熟さが光る。懸命だったけど賢明ではない彼の行動により人の優しさと厳しさの責任を感じた。(←)