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バルーン・タウンの殺人 (創元推理文庫)

バルーン・タウンの殺人 (創元推理文庫)

東京都第七特別区、通称バルーン・タウン。人工子宮の利用が普通になった世界の中で、それでも敢えて母体での出産を望む女性たちが暮らす、あらゆる犯罪と無縁の長閑な別天地、の筈なのに、なぜか事件は次々と起きる。前代未聞の密室トリックや暗号「踊る妊婦人形」など、奇妙な謎に挑む妊婦探偵・暮林美央の活躍を描いて賞賛を受けた松尾由美のデビュー作。シリーズ第一弾。


父に近未来SF、母にミステリをもった子供の誕生である。彼女(彼)は両親の長所を受け継ぎ、小説に新しい分野を開拓したことで後世に名を残す…。
この小説は私が「ある世界の、あるルール」と呼んでいる、特殊条件下の事件を描いた世界形成型ミステリである。しかし、この世界の特殊なルールはいたって簡単、女性の妊娠である。妊娠という現象が一般から、特殊になった世界を描いたミステリ。また人工子宮のない現代でも、多くの読者(特に男性)にとっては妊娠が特別である事が、本書の謎や性の問題をより一層、引き立てている。
驚くべきは最初の短編が誕生したのは15年前(92年)である事。15年前から出生率の低下の問題を取り上げ、人工子宮(AU)が女性に自由や自立をもたらすだけでなく、人口政策の一環として政府としてもニーズがある、という政治的なマクロ視点も取り入れている点に本書の世界設定の堅牢さを感じた。

  • 「バルーン・タウンの殺人」…路上で男を刺した犯人が逃げ込んだ妊婦の町。目撃者は多数、犯人は妊婦、なのだが…。町の外でも中でも焦点はお腹であって顔ではない。焦点が盲点を生む。女性の妊娠の自由と出産方法の選択の自由。事件は、自由が生んだ不自由が原因とも言える。作中で一部の政治家が推進する物は、まさに「産む機械」。いつの時代も、偏った政治家はいるものです。
  • 「バルーン・タウンの密室」…バルーン・タウンを訪問中の知事が部屋の一室で何者かに頭部を殴打された。だが、警備の監視と体型的理由から知事の部屋に侵入出来た者は皆無で…。「穴だらけの密室」という謎の創出と、前代未聞の犯人像と解決・動機もさることながら人間VS機械の推理合戦も見所。
  • 「亀腹同盟」…妊娠八ヶ月の大橋有佳は見事な亀腹の持ち主。彼女は、この町での仕事を無償で手伝う女性から「亀腹同盟」への参加を勧められるが…。ホームズのパロディ、らしいが私は元ネタを知らない…。事件の真相はあるのだが、全体がアンチミステリとも言えなくもなく、知識・想像力は時に邪魔になる一例。
  • 「なぜ、助産婦に頼まなかったのか?」…街中で倒れている男性を発見した茉莉奈。彼が最後に発した言葉は「なぜ、助産婦に頼まなかったのか?」だった…。この世界のルールにもう一つ縛りを加えた事件。どの短編も妊娠を巡る政治的思惑、各人の腹の内が交錯している。そして今回は美央のお腹の子の父親に俄然注目がいく。最初から最後まで、注目すべきはお腹の中なのである。
  • 「バルーン・タウンの裏窓」…深夜、有明夏乃は向かいのマンションの窓に怪しい人影を見る。その影は部屋の住人よりもお腹が出ていて…。些細な事象が波乱をもたらす様子、そして元凶へたどり着く様子がコミカルで面白い。

バルーン・タウンの殺人バルーン・タウンのさつじん   読了日:2007年03月21日