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名探偵に薔薇を (創元推理文庫)

名探偵に薔薇を (創元推理文庫)

怪文書『メルヘン小人地獄』がマスコミ各社に届いた。その創作童話ではハンナ、ニコラス、フローラが順々に殺される。やがて、メルヘンをなぞったように血祭りにあげられた死体が発見され、現場には「ハンナはつるそう」の文字が……。不敵な犯人に立ち向かう、名探偵の推理は如何に? 第八回鮎川哲也賞最終候補作、文庫オリジナル刊行。


ミステリの数は名探偵の数でもある。ミステリを読み始め、謎が華麗に解かれる様子に知的興奮を覚えた人なら誰もが一度は自分がその「名探偵」という立場を演じてみたい、と思う事だろう。謎の一つも生まれない平凡な日常に嘆息しながら、名探偵が居るミステリを読む。…けれど名探偵が必要とされない平凡な日常こそが幸福なのだ。名探偵の側には必ず悲しみや憎しみ、誰かの悪意がある。そして名探偵はその負の人間感情全てが見渡せてしまう存在なのだ…。
名探偵と並んで本書で存在感を放つのは、用量さえ守っていれば絶対に露見しない完璧な毒薬「小人地獄」。本書は名探偵とその毒薬を巡る2つの事件が二部構成で展開される。第一部「メルヘン小人地獄」の事件では毒薬は憎悪の象徴である。この毒薬の誕生に関わった人物の怨恨による犯行。完璧な毒薬を完成させる為に登場人物たちに背負われる業と罪、そして非現実的な毒薬を現実世界に召喚させる為に必要な陰惨な描写が続く。
第一部から2年後である第二部「毒杯パズル」ではその毒薬が実際に用いられるが、その完璧な特性を無視した奇異な使用法が名探偵を再び同じ家庭に呼び戻す。2年前の事件の関係者が多く立ち会う中での事件は、例え真実が分かったとしても皆に暗い影を落としそうな予感がする。そう、事件を華麗に解決する名探偵にとっても、この家の者たちは知らぬ仲ではない。そう、名探偵は見なければならない、知人たちの悲しみや憎しみ、悪意の全てを…。
本書の出色は第二部。正統派の第一部も悪くないが、やはり前座であろう。本書は二度、名探偵が同じ場所に足を踏み入れなければ、小人地獄の存在がなくては成立しない。また第二部は(犯人と名探偵の)思考のトレースによる推理方法が頭脳戦の攻防を盛り上げている。まさに二転三転する推理がどれも膝を打つレベルであったのも本書の長所である。
読了後に奥付を見て、驚きと納得の2つの気持ちを抱いた。驚きは本書の出版年月日。作品の雰囲気が新本格世代っぽい気がしたので、本書も20年ぐらい前の90年代前半の作品かと思っていたら、作品の完成は97年で出版は98年だった事。「小人地獄」の描写が昭和的だからか、もっと前の作品かと思っていた。逆に納得したのは作者の若さ。新本格世代の方々と同じように若くしてのデビューだったのだ。大味な(登場人物たちの)設定と、それを歯牙にも掛けないような作品と作者の持つエネルギーが類似していた。
(ネタバレ感想→)名探偵である瀬川は第一部では犯人の魔の手から藤田家を守る盾に、しかし第二部では藤田家の内部をえぐる矛になっている。そして逆に藤田家の住人たちが探偵の慧眼から犯人の動機を隠す盾になっているのが秀逸な構成。鈴花の(最後の)願いを叶える為に尽力するが、鈴花の過失は露見させてはならない矛盾。探偵の信念と藤田家の信念、どちらも理解できるからこそ胸がはちきれそうに痛いのだ。通常、名探偵と犯人は敵対するものだが、第二部の犯人が犯行の動機の中に探偵へ好意を潜ましているのも破格だ(私は受賞を逃した理由である「前例(江戸時代)」にまつわる話を少し前に読んだので動機を連想しやすい状態だったのが不運)。鈴花のご都合主義的ご臨終はどうかと思う…。(←)

名探偵に薔薇をめいたんていにばらを   読了日:2010年11月14日