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あぽやん (文春文庫)

あぽやん (文春文庫)

遠藤慶太は29歳。大航ツーリスト本社から成田空港所に「飛ばされて」きた。返り咲きを誓う遠藤だったが…。パスポートの不所持、予約消滅といった旅客のトラブル解決に奮闘するうちに空港勤務のエキスパート「あぽやん」へと成長してゆく、個性豊かな同僚たちと仕事への情熱を爽やかに描いた空港物語。


数十年前ほどではないにしろ、今だって海外渡航は一大イベントだ。なぜなら渡航者には確固たる目的がある。観光をはじめ商談、留学、再会、蜜月。人々はそれぞれの希望を叶えるために空を飛ぶ。その通過点に空港はある。本書は主にツアーの出発点となる空港で、様々なトラブルを排し旅客を無事に送り出す空港のエキスパート「あぽやん」たちの物語である。
「あぽやん」はお客様が笑顔で空港を後に出来るよう尽力するのが仕事だが、同様に作者は読者が各編を笑顔で読了するよう尽力したように思えた。トラブルを未然に防ぐ事も主人公たちの仕事だが、それでは小説にならないのでトラブルは起きる。トラブル=嫌な客・嫌な思いではあるものの、彼らの仕事への熱意や愛情、そして胸がすくような機転がそれらを相殺する。出発時間が問題解決のタイムリミットになりサスペンス度が一層高まる点もこの設定ならではの面白さだ。
文庫解説の方が当初から『テレビドラマにぴったりだと思う』と指摘していたが、私も解説を読む前の読書中からそう思っていた。空港という清潔で人気の舞台といい、起承転結の明確な展開といい、老若男女のキャストのバランスといいドラマにはぴったりだ。けれどドラマ(化)に興味のない私は半分、嫌味でそう思ったのだった。主人公とその周囲だけ善悪が明確過ぎるし、予定調和な展開も徐々に生ぬるく感じられる。何より小説として、作者の顔が見えてこなかった。「お仕事小説」の新たなジャンルの発掘はそれ自体で意味があると思うが、それこそTVドラマのノベライズを読んでいるような軽妙ではあるものの無味乾燥な文章が多かった。既刊の続編ではその部分が進化・深化していればいいな。
余談:本当にドラマ化したら森尾役と古賀役の女優の格やクレジット順で恋愛の行く末が暗示されるだろう。またドラマ化しても「申し訳ございません」という、かつての「ホテル」シリーズを連想させるようなペコペコ謝るドラマになりそうだ…。

  • 「笑って、笑って」…空港勤務という不本意な赴任を強いられた遠藤慶太(29)。勤務中にも眉間に皺が寄りがちな彼が笑顔になる日は来るのだろうか…。連作短編の第1話として過不足のない構成。ミステリだと思って読み始め、やがて勘違いに気付いて少々落胆した私ですが、本編は伏線と呼べる物がキチンとあり、技ありの解決までの流れが良かった。意外に単純な遠藤氏である…。
  • 「ファミリー・ビジネス」…自分の存在感の薄さに焦る遠藤はスーパーバイザーとしてその日のトラブルを一手に引き受けるが…。30歳間近の仕事への慣れと焦りが交錯する、少し子供っぽい遠藤の設定が良い。遠藤が新参者だからこその失敗があり出会いがあった一編である。知らぬ間に仲良くなってる!?
  • 「オンタイム」…チケットを自宅に忘れた少年を残し旅立っていく自分の欲望に正直な家族。その少年と過ごす空港の一日…。少年との交流の為の何でもありの設定はさておき、いよいよ他の登場人物に一人ずつ焦点を当てるというドラマ的手法の始まりである。タイトルが良い。またまた知らぬ間に仲良くなってるぞ…。
  • 「ねずみと探偵」…業務縮小によるリストラの噂からか女性社員たちの雰囲気が険悪に。そんな最中に問題が…。遠藤氏、探偵になるの巻。ワトソンへの疑惑はなかなかスリリング。真犯人も意外な人物だった。思惑は筒抜け出し、ちょっと舐められてるけどいい上司だね、遠藤氏。最初のピリピリした印象はいずこへ…?
  • 「金の豚」…見栄えは良いが存在を感じさせない所長が入院して不在に。そんな中、東京支店との軋轢が大きくなり…。定年まで勤め上げる事、今の自分の職掌より大きな仕事、問題解決の交渉術など遠藤氏には学ぶものが多かった回。ただ空港のクレーマーよりも社内勤務の社員の方が社会的に罪深いのはいかがなものか。登場回数が増える毎に古賀の魅力が不明瞭になっていく…。
  • 「不完全旅行」…頻発するツアー客の「予約記録なし」。人生の進路変更を考え始めていた遠藤氏は今日もまた空港施設を駆け巡る…。構成も話の展開も2編目に似ているなぁ。結局、旅券発行トラブルに終始してしまうのが本書の弱点か。続編はどうなってるのか。読む気満々。それぐらい気に入っている作品。

あぽやん   読了日:2011年09月30日