- 作者: 天藤真
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 1992/12/10
- メディア: 文庫
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成城署の真名部警部は、偶然知り合った脳性マヒの少年の並外れた知性に瞠目するようになる。教えたばかりのオセロ・ゲームはたちまち連戦連敗の有様だ。そして、たまたま抱えている難事件の話をしたところ、岩井信一少年は車椅子に座ったまま、たちどころに真相を言い当てる…。数々のアイディアとトリックを駆使し、謎解きファンを堪能させずにはおかない連作推理短編の傑作。
本書の探偵役・信一少年は安楽椅子ならぬ車椅子探偵である。その名の通り、最初の2編は自宅から一歩も出ずに警部からの情報だけで真相を見事に言い当てる。だが、3編目からは現場に赴く必要がある場合は周囲の助けを借りて外に出る。安楽椅子探偵が椅子から立ち上がって現場に赴くのは自らの頭脳の限界を思い知らされる時であろうが、本書の場合は、車椅子の探偵が外に出る行為は信一少年の世界の広がりとして描かれている。本書収録の全5編で少しずつ、自宅と母親だけだった彼の世界が周囲の人々によって拓かれていく。
冒頭に『真名部警部が、その少年(信一)と知合いになったのは、ある高名な女流作家の縁だった』とあるが、信一少年の誕生にこそ「ある高名な女流作家」の縁がある。というのも、信一親子は仁木悦子さんの長編の登場人物を、仁木さんに許可を得て、天藤さんがモデルにしたという経緯があるのだ。昭和的だなぁ、というと揶揄しているように聞こえるかもしれないが、胸が熱くなるお話である。
どこかで宮部みゆきさんが目標とする作家として天藤さんの名を挙げていたが、本書を読んでそれがよく分かる気がした。プロット・展開の巧さはもちろん、何よりも人が温かい。この温かな視点こそ天藤作品の魅力であろう。
- 「多すぎる証人」…マンモス団地の一室で殺された住人の男性。ベランダで絶命した彼の最期は多くの住人に目撃されていて証言も数多く出てきたが…。人が多く住む団地という設定を二重に使った作品。真相とラストが秀逸。また、流れるような会話で事件の全貌を読者に理解させながら、信一少年の聡明さを随所に織り込んでいる作者の手腕に恐れ入る。たった一編で信一少年を好きになった。
- 「宙を飛ぶ死」…諏訪湖で発見された死体の死亡推定時刻は、その人物が東京で同窓会に出席していた時刻と一致していた…。「瞬間移動死体(西澤保彦・著)」の謎といったところ。単純ながら不可解な謎、事件の背景と犯人候補の多さ、推理のアクロバティック性、そして真相。そのどれもが魅力的な秀作でした。
- 「出口のない街」…ある事件の重要参考人が住宅街に入るのが目撃される。しかし警察が発見したのは彼の無惨な姿だった…。多数の目撃者の「視線の密室」によって犯人は事件現場から煙の如く消えてたように見えるのは面白い。ただ、多くのページを割いて目撃証言を掲載した割には犯人と真相が少々お粗末か。
- 「見えない白い手」…甥からの殺意を恐れ自警していたはずの裕福な未亡人が殺害される。事件発生当時、被害者の側には二人の男が居たのだが…。確実性の高いアリバイ、不自然な証言、それに加えて犯行の自白などなど事件を複雑に混乱させる登場人物たち。皮肉な結末と障害者への温かい視線が対照的。ラストで真相披露が数ページしかないのは華麗な幕引きとも呆気無いとも言える。
- 「完全な不在」…元俳優宅で殺された暴力団と関わりの深い弁護士。元俳優は暴力団からの恐喝の事実を認めるが犯行は否認。当日のアリバイを主張するが、その内容は不自然で…。犯人も意外だったが、それ以上に犯行の意外さ(そしてコミカルさ)に重きが置かれている気がする。盲点にして大胆不敵なトリックが魅力的。「フェアプレー」の証だろうけれど、伏線があからさま過ぎではある。