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秋期限定栗きんとん事件 下 (創元推理文庫 M よ 1-6)

秋期限定栗きんとん事件 下 (創元推理文庫 M よ 1-6)

ぼくは思わず苦笑する。去年の夏休みに別れたというのに、何だかまた、小佐内さんと向き合っているような気がする。ぼくと小佐内さんの間にあるのが、極上の甘いものをのせた皿か、連続放火事件かという違いはあるけれど…。ほんの少しずつ、しかし確実にエスカレートしてゆく連続放火事件に対し、ついに小鳩君は本格的に推理を巡らし始める。小鳩君と小佐内さんの再会はいつ…!?


下巻。事件ごしの恋人。あの子と事件の関係は…!? 放火事件の捜査が膠着する中、もう一つの疑惑を浮かび上がらせる事で作品の緊張感を持続させている。まさかと思う一方で、あの人ならやりかねないと思ってるんだ(笑)
「浪費」と「省エネ」。新聞部員の瓜野くんがスクープの為に時間も労力を存分に使ってもあと一歩、しかし絶対に犯人には手が届かない。高校生活における自分の存在意義を新聞部の活動の中にしか見出せないあたり、彼は立派な小市民だ(苦笑) 犯人をその手から逃した時点で彼の1年間は浪費に変わる。前人未到の領域へ自力で漕ぎ出していると錯覚する一方で、周囲の助言を推進力に大きな潮の流れに呑まれていた。漂着した新大陸がインドだと妄信したまま…。
一方、小鳩くんは瓜野くんとは対極的に「省エネ」で事件の真相を導き出す。彼の推理を組み立てた材料は、瓜野くんが有している情報と同等。そこで歴然とするのが小鳩くんと瓜野くんの探偵としての格の違い。本書が残酷なほど周到なのは真実の露呈が、瓜野くんの偽りを全て剥がしていく点。全ての真実が痛みを伴って彼の身を引き裂く。失意の彼が東尋坊に向かって始まる『ボトルネック』…!?
うわぁ、これはある意味で物凄い「最後の一行」だ。動機の告白の中でも衝撃度はかなり上位に入る。瓜野くんが真相に辿り着かない事は読者には自明ではあるものの、まさか全ての推理が否定されるとは…。う〜ん、フルボッコ状態。この泣きっ面に蜂の仕打ちに作者の人の悪さを見た。米澤作品の良いところで悪いところだ。もう少し登場人物に優しくしてやれ、と甘ちゃんの私は思うのだった。
米澤作品の特徴といえば「苦い」とか「自意識」なのだろうが、私は米澤作品の、特にシリーズ物の「関係性」が推移する様子の描き方が好きだ。その味覚は「甘酸っぱい」。何だよ、今回もこんな味付けをしやがって!とニヤニヤしながら本を閉じた。『雛』ならぬ、「遠まわりする小市民」たち。真の小市民がたった7文字の言葉を用いるだけで目的を達成したのに対し、1年間も遠まわりした彼らの愚かな事よ。米澤作品のシリーズ4冊目(分冊もカウント)の終章は何度も読んでしまう。表面上はあの頃に戻ったようで、あの頃とは全く違う内面。
しかしこの2人が本当に小市民的生活を獲得できるのならば、本書もシリーズも存在しない訳で…。彼ら(特に小鳩くん)の失敗は書籍化された瞬間に運命付けられていた。名探偵の呪縛。恋愛に現を抜かし、本性を忘れ去ろうとしたが叶わなかった「僕たちの失敗」を描いた作品なれど、部分的には小市民生活は成功しているのではないか。あれだけ時間を共有した仲丸さんにも「狐」属性は見抜かれず、感情の欠落を非難されただけ。最後までは我慢できなかったけど、上手くやり通す事も出来るかも。次の季節は戦いの冬、そして旅立ちの春…。
(ネタバレ感想:反転→)うわぁ、上巻の氷谷くん初登場シーンでの瓜野くんへの台詞が『やあ。のれんに腕押し、お疲れさま』だ。同じ意味のことわざは、あの「糠に釘」。黒い、腹黒いよ、作者も氷谷くんも。放火犯は現場に戻る、の法則を軽々と成立させている氷谷くんは、瓜野くんよりは大物である。怜悧な思考力を持ち、彼を扇動し、傍観し、陰で嘲笑する。その意味では彼の先見性や暗い感情は小鳩くんや小佐内さんの持つ性質に近い。直接対決も見たかった。
一点の瑕疵も無い正しい推理を打ち出すのが小鳩くんに与えられた役目ならば、一見、瑕疵の無い間違った推理を導き出させるのが小山内さんの復讐方法。その論理はどちらもミステリにおいて等価値な のである。(←)

秋期限定栗きんとん事件しゅうきげんていくりきんとんじけん   読了日:2010年05月10日