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犯人に告ぐ 下 (双葉文庫)

犯人に告ぐ 下 (双葉文庫)

犯人=“バットマン”を名乗る手紙が、捜査本部に届き始めた。巻島史彦は捜査責任者としてニュース番組に定期的に出演し、犯人に「もっと話を聞かせて欲しい」と呼びかけ続ける。その殺人犯寄りの姿勢に、世間および警察内部からも非難の声が上がり、いつしか巻島は孤独な戦いを強いられていた…。犯人に“勝利宣言”するクライマックスは圧巻。「普段ミステリーや警察小説を読まない人をも虜にする」と絶賛された、世紀の快作。


下巻。模倣犯による偽者騒動を経て、いよいよテレビを通した犯人と巻島の間接的直接対話が始まる。各メディアは再度、大々的に誘拐事件を取り上げる一方、犯人に直接繋がる証拠の出ないまま時間だけが流れる。加熱する報道は捜査手法への非難も噴出させ、マスコミは再度、巻島の仮面を剥がそうと糾弾する。また獅子身中の虫・植草は私利私欲の果てに暴走を開始し…。
下巻に入り、変則的な誘拐物という本書の特殊性が見えてきた。誘拐を中心に扱いながらも、リアルタイムでは事件は発生しない。この「劇場型捜査」における巻島の手法はある意味で、犯人の一度停止した残忍な心を再び鼓動させる為にある。その悪に再び命を吹き込み、定期的に刺激を与える事で鼓動を永続させる。だからこそ非難される。しかし犯人の息吹だけが犯人の実在の証なのだ。
気づけば「劇場型捜査」の矢面に立つ巻島の周囲は「敵」ばかり。悪に訴える手法に疑問を感じ始めた視聴者・マスコミ、真意を理解しない現場捜査員たち、捜査情報を横流しする年下の上司、彼を見限ろうとする警察組織。悲しき中間管理職として捜査が独り相撲になりかけた時、彼は「敵」のうっちゃりを決意する。
だが私は本作を『警察小説(の傑作)』と呼ぶのは違和感を覚える。この劇の主役は飽くまでも巻島ただ一人。「警察小説」というには組織としての厚みや軋轢の描写が欠如している。巻島は独断専行型の一匹狼であるし、警察内部の描写も邪魔者が数人描かれているだけ。巻島を始め警察の叩き上げ組が善玉で、キャリア組が悪玉という単純構造は、いかにも大衆好み。捜査の開始前からの腹心の部下である津田長や本田だけが心ある者として書かれている。警察小説としては、事件を通じて巻島の真意を理解する人物が一人ぐらい欲しかった。
読了後、「大衆的」という言葉が頭に残った。テレビを利用する「劇場型捜査」は作品内の視聴者に対して、そしてメタ的には作品読者に対して非常に受け入れやすい設定である。しかしメタ的には、ラストをお涙頂戴物の人情劇に落とし込んでしまったのは非常に残念。主役を張った巻島の心の決着を描いた、と言えるだろうが、これによって作品の焦点がぼやけた。書き込み不足もあるが、主役・巻島の性格は最後まで分からなかった。事件と警察内部の勧善懲悪の主題は大衆演劇に通じる物がある。これぞエンターテイメントなのかもしれないが。
ミステリ読者としては、連続誘拐事件の犯人特定条件はこれまで繰り返された地道な捜査に比べ徹底的に弱いのが気になった。犯人を網に掛けるには網目が大き過ぎる。網を投げてもすり抜けられたら一巻の終わりである。また6年前の事件の処理の仕方も疑問。どちらの事件も作中あれだけ大々的にもショーアップしたにも関わらず、その解決においてダイナミズムを少しも感じさせなかった。そしてラストだけ唐突に問題が大衆から個人に掏り替えられた。設定・舞台装置が派手なだけに、いやにこじんまりと感じられる幕切れだった。

犯人に告ぐはんにんにつぐ   読了日:2010年05月08日