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ハードボイルド・エッグ (双葉文庫)

ハードボイルド・エッグ (双葉文庫)

フィリップ・マーロウに憧れ、マーロウのようにいつも他人より損をする道を選ぶことに決めた「私」と、ダイナマイト・ボディ(?)の秘書が巻き込まれた殺人事件。本書を読まずしてハードボイルドは語れない、タフさと優しさを秘めた、読者の心に感動をもって刻まれるハードボイルド小説の傑作。


『ハードボイルド・エッグ』とは世を忍ぶ仮の書名、本当の書名は『犬はどこだ』である。嘘である。米澤穂信さんの『犬はどこだ』は犬探し専門の調査事務所を開業したのに犬探し以外の依頼しか持ち込まれないが、本書はその逆。望まぬペット探しの依頼しか来ない。『犬はどこだ』以上に「犬はどこ〜!?」と犬探しをしている主人公。看板に偽りあり。2つの本は看板を掛け替えた方が良い。
フィリップ・マーロウに憧れる探偵は、33歳にして理想と現実のギャップに苦しむ。しかし生活のためには仕事を選べない。結局、彼の性格や体力ではペット探しが適職なのだが…。33歳の春にして改めて自分と向き合う成長小説。
前半は主人公の捻くれた性格や延々と続くペット捜索の描写に辟易し、「もしかして、本当に犬を探してるだけ!?」と心配になった。が、まさかの心配的中。結局、主人公は徹頭徹尾、犬を探し続ける。しかし、捜索中に人間の死体を発見してからは犬探しも命懸けになり…。主人公の幼稚な性格もペット探しも後々の展開への必要な準備。読み進めれば本書に無駄な部分など無い事が判明する。前半に思わぬ伏線や、意外な活躍を見せる人との出会いがあったりするから要注意。
1ページに1回以上の割合で登場する、比喩や慣用句を用いた言葉遊びが面白かった。文章や作風に慣れるに従いどんどんツボにハマってきて、中盤は常にニヤニヤしていた。その面白さは途中で「これ、ツチケン先生のエッセイ!?」と錯覚するほど。しかし残念ながら、詰め込みすぎて過剰になったユーモアが糸を引くほど粘着質になってくるのも「ツチケン先生」と同じだったけど…。
しかし、この作者のユーモアにニヤニヤ笑って油断していると、同じ作者に突然、現実という鋭利なナイフを突き付けられるので注意しなければならない。ペット捜索の結末然り、突如現れる死体然り、事件の真相・小説の結末然り。振り幅が大きいのでショックも大きい。本書はユーモア小説でありミステリであり、主人公目指すところのハードボイルドでもあった。その多面性、構成の上手さに感嘆した。さすが後のベストセラー人気作家である(単行本刊行は99年)。
幼稚な主人公と偏屈な婆さんの、素直になれない者同士の距離が段々と近くなっていく様子は何とも微笑ましい。途中からアノ結末をある程度予測していたが、07年にシリーズが続編が刊行されたので「もしかしたら…」とメタ視点での気休めを言い聞かせていた。主人公、君は「悪くない」どころか良い男だったよ。
物語の中心にはいつも動物がいる。随所に作者のペット社会への警句も散りばめられている。流行りによる種族の増加、廃りによる飼育放棄。放棄されたペットたちの運命。これらも現実だ。飼うにはお金もいるが永続的な愛情もいるのだ。

ハードボイルド・エッグ   読了日:2008年09月14日