- 作者: 機本伸司
- 出版社/メーカー: 角川春樹事務所
- 発売日: 2007/05/15
- メディア: 文庫
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ヒマラヤで氷河湖が決壊した。永年閉ざされていた下流のダム湖に浮かび上がったのは古代の「方舟」だった。こんな高地になぜ文明の跡が? いぶかる調査隊をさらに驚愕させたのは内部から発見された大量の木簡だった。それらにはみな、不思議な蓮華模様が刻まれており、文字とも絵とも判然としなかったが、なんらかのメッセージを伝えているのは確かだった。一体、何者が、何を伝えようというのか…?
近未来、温暖化の影響で氷河湖が決壊する場面から物語は始まる。その後、土石流は湖の決壊対策として下流に建設されたダムで堰き止められるのが、物語の勢いは衰えない。怒涛の展開が読者の興味を一気に攫う。
何と言っても謎の設定が魅力的。氷河湖からダムに運ばれてきたのは一艘の「方舟」と呼称して支障のない木製の舟。年代測定の結果は5千年前の物で…。と、70ページまでの内容を要約すると考古学や信仰・宗教をテーマにした話に思えるが、物語はこの後、科学SF小説として本格的なスタートを切る。読者は「方舟」の情報が解明後は、小説から途中下車する事は出来ないだろう。中盤、主人公たちは人類最大の功績になり得るプロジェクトを見切り発車させる。だがそれは下手をすれば人類最大の禁忌でもあった。しかし彼らは「知りたい」という好奇心や知的欲求を原動力に動く。それは読者もまた同じ。物語の終着駅を「知りたい」。
…と、素晴らしくエキサイティングな読書体験だったが、読後、内容について不満が怒涛のように押し寄せたのも事実。主な不満は2つ。1つは余りに直線的にしか進まない物語の展開、もう一つは物語の落とし所への不満。
まずは展開。本書にはSF小説ならではの大胆な着想が見られるものの、発端から結末まで紆余曲折が乏しく一直線の一方通行であった。SF小説といえば、自分の手には負えない問題(宇宙や万物の法則など)を主人公たちがその知性を以って試行錯誤を繰り返す様が読者に知的興奮を与えるのではないか。しかし本書では主人公が行き詰るとネットで専門家たちに答えを仰ぎ、そして割と簡単に壁を越えてしまう(なんとも近未来的な分業・ブレインストーミングではあるが)。本書では物語の「行き着く先」こそが重要なのも分かるが、行き詰っても主人公はちっとも頭を使わずにただ流されていく様子には興奮もカタルシスも半減した。
そして結末。この決着・結論には正直、落胆した。最後の10ページで、ここまで広げた大風呂敷をグチャグチャに丸め、「全ては丸く収まりました」という強引さにガッカリ。私には(ネタバレ反転→)カビリアみたいな自分の中に虚しさを抱えている人は、不空のような子ではなくても普通に妊娠・出産し命を育んだら、あのような考え方に変わる(←)と思われるのだ。この辺りが少々、説得力に欠ける。
本書では科学的な問題よりも、政治的圧力との戦いがメインに描かれていた。理論は簡単だが、弱小な存在には実践が難しい理論をどうやって実現するかが主軸になっている。全人類を救済するかもしれない存在を人目を避けてコソコソ育てる、という本末転倒の状況は面白いが。SFというよりも企業・スパイ小説みたい。更に終盤には戦国アクション小説にまで変貌する。小説のメタモだ(笑) SF小説なのにSFっぽくない所も本書の魅力の一つかもしれない。
どこか厭世的で諦観している登場人物たちは暗い魅力もあるが、主人公をはじめカビリア・ロータスなど性格や思考すら分からない人たちが多過ぎた。この物語には主人公たちに自発的な行動など実は与えられていなくて、全ては神様(作者)の思し召し・宣託のままに行動している様に思えてしまった。