《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

山奥に武家屋敷さながらの旧家を構える会社社長が、まさに蟻の這い出る隙もないような鉄壁の密室の中で急死した。その被害者を取り巻く実に多彩な人間たち。事件の渦中に巻き込まれた計理事務所所員の主人公は、果たして無事、真相に辿り着くことができるだろうか。本書は、不可能状況下で起こった事件を、悠揚迫らざる筆致で描破した才人・天藤真の、記念すべき長編デビュー作。


第八回江戸川乱歩賞最終候補作。第八回がどれくらい前かと言うと昭和37年度(1962年)で、選考委員の中に江戸川乱歩その人も居るという時代。作中の設定もその当時の時代で、東京オリンピックの開催前という記述がある。もちろん2016年に実現するかもしれないオリンピックではなく1964年の開催。
本書の謎とその構造は結構凄い。鼠一匹侵入出来ないように設計された三重密室の倉の中で、大地主で会社経営者の老人が独り死んだ。監察医の診断でも死因は単なる病死である。ただ老人が死んだ日が問題で、その日は老人の独断によって多くの者が人生の岐路に立たされる日であった。動機は誰にでもある。誰もが老人の死を望んでいた。しかし誰もが老人に死をもたらせなかった。普通、ミステリでは犯人はトリックを仕掛けて現場や容疑の外に出るものだが、本書の場合は死因は病死で、何より老人側の鉄壁の守りの所為で、動機のある者たちでも誰も現場の中に入れない状況にあった。この攻守の逆転現象が面白い。
書名通り、作品の雰囲気は全体的に「陽気」という言葉が似合う。登場人物たちも明る過ぎるぐらいに明るい。すぐ隣の倉では人が死んでいるかもしれない(実際、死んでいた)状況で酒を飲み宴会を開いている有様だが、不謹慎に感じるより楽しそうに映る。本書では天藤作品が元来持つのユーモアに加えて田舎の、そして現在(2008年)から見れば昔らしい、おおらかな雰囲気が心地良い。
しかし、その陽気な雰囲気の中に隠された陰気な社会問題が見え隠れする。戦争が残した暗い影や社会的弱者への冷遇、経営者の一存で明日を失う恐れのある労働者たち。そして本書で最も陽が陰るのが、やはり真相が明かされる場面だ。
本書もミステリ作品として探偵役に事件の真相が暴かれる。だけど、どうした事か、事件の真相を知って私はより一層ある人を好きになってしまった。「陽気」な雰囲気を崩さない為にその人の心にしまわれた深く暗い陰の真相。その犠牲的・献身的とも言えるその人の強さに惚れてしまった。真相披露の場面は読後も強く印象に残っている。またノン・シリーズならではの、誰が探偵役になるのか予測不可能な点も面白かった。一つ難を言えば事件のトリックが、肩の力が抜けた作風にはマッチしたものではあるのだが、三重密室の謎の答えとしては首を捻ってしまうトリックであった事だろうか。いや、だからこそこの結末になるのだが…。

陽気な容疑者たちようきなようぎしゃたち   読了日:2008年03月13日