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トリツカレ男 (新潮文庫)

トリツカレ男 (新潮文庫)

ジュゼッペのあだ名は「トリツカレ男」。何かに夢中になると、寝ても覚めてもそればかり。オペラ、三段跳び、サングラス集め、潮干狩り、刺繍、ハツカネズミetc.そんな彼が、寒い国からやってきた風船売りに恋をした。無口な少女の名は「ペチカ」。悲しみに凍りついた彼女の心を、ジュゼッペは、もてる技のすべてを使ってあたためようとするのだが…。まぶしくピュアなラブストーリー。


以前に読んだ『ブランコ乗り』でも思ったけれど、私は童話的な物語、動物と話せるとかすぐに何でも出来てしまうとか、そういう非現実的なお話は苦手なはずなのだ。でもそれがなぜか、いしいしんじの物語は大好きになってしまう。それは多分、童話的な世界観の中でもしっかりと「痛み」が描かれているからだと思う。バッドエンディングという意味の「痛み」ではない。2つの作品とも幸せな気持ちで本を閉じる事が出来る。その「痛み」の正体は登場人物たちの声にならない心の悲鳴なのだ。中盤以降の「トリツカレ男」ジュゼッペの悲しい努力、勝負にならない勝負は作中の冬の寒さと相俟ってキンキンに痛い。
あらゆるモノに「トリツカレ」るジュゼッペが恋をした。相手の名はペチカ。物語の後半、ジュゼッペは自分のため以上にペチカのために「あるモノ」に「トリツカレ」る。それはジュゼッペが一番「トリツカレ」たいモノだったし、ペチカにとっても最良の「トリツカレ」に思えた。相手を幸せにしたい一心の行動だったけど、その方法は決定的に間違っていた。「トリツカレ」にも能動と受動の2種類ある。いつもジュゼッペは自分から何かに「トリツカレ」ていた。物事に魅了され夢中になった。だけど今回は特定の誰かに「トリツカレ」て欲しかった。それは自分を放棄する事。そうしてペチカの望みを叶えようとしたジュゼッペ。でもそれは恋愛成就の世界一悲しい方法だった。完全に過去に「トリツカレ」た彼らを救ったのは意外な人物だった…。
「トリツカレ男」で町の人々を時々困らせるジュゼッペが「トリツカレ」たモノ全てが後々に色々な人の役に立つという構成が面白い。確かにジュゼッペは次々に「トリツカレ」る対象を変えてしまう。それ故の「トリツカレ男」である。しかし彼は何に対しても100%の力で以って「トリツカレ」る。少しも疎かにはしないのだ。だからずっと外国語を忘れずに話せるし、サングラスも無くならない、良き相談相手のハツカネズミも某小説のように花束でお別れしたりしないのだ。もちろん、それら全てが作者によって用意されていたモノであるという意地悪な、小説という枠を考慮した考え方も出来る。けれど読書中にジュゼッペの純情と、寒さに耐えながらあの人に「トリツカレ」ている時に感じた私の心の痛みはホンモノだと思う。そう私は確かにこの物語に、簡単な様で工夫された文章に「トリツカレ」ていた。

トリツカレ男トリツカレおとこ   読了日:2008年06月29日