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山伏地蔵坊の放浪 (創元推理文庫)

山伏地蔵坊の放浪 (創元推理文庫)

地蔵坊先生お気に入りのカクテル『さすらい人の夢』の二杯目が空く頃、物語は始まる。土曜の定例会で山伏の先生が聞かせてくれる体験談ときたら、ローカル線の犯人消失、崖に住む新興宗教家の死、トリュフに端を発する真夏日の事件、雪と共に降って湧いた博士邸の怪など、揃いも揃って殺人譚。ことごとく真相を看破したという地蔵坊が、名探偵行脚さながらの見聞を語る七話を収録。


「地蔵坊山伏の法螺じゃない話ぃ〜」。本書はあらすじの通り、土曜の夜にスナック『えいぷりる』に現れる山伏の地蔵坊(院号)が話す殺人譚を、集まった近所の人々が膝を交えて聞き入るという設定のミステリ。地蔵坊先生のお話は全て「体験談」であって、彼は全ての事件の真相をことごとく看破したという…。修行で全国行脚しているはずの彼がなぜ土曜の夜に決まった場所に現れるのか、彼の当世風の知識やミーハーな態度、そしてナゼそんなに多く殺人事件に遭遇するのかなど、頭の中で法螺の音が警報の様に鳴り響くが、それは言わない約束。
一編目は有栖川さんの商業誌デビュー作らしく、90年代前半(20年前!)の作品が並ぶ。本書はとんでもない設定だったりワンアイデア物のトリックが多く、短編として完成度は高いとは言えない。通常ならばそれは若さゆえの未熟さなのだが、本書での作品の粗や強引さは、地蔵坊先生のお話の眉唾度数を上げる一助となる。事件が派手であるほど読者もバーの客たちも「今回は大法螺吹いちゃってるな、先生」と生温かい眼差しを向け、それでも高まる期待に胸は膨らむ。
しかし考えてみれば作家の創作したミステリ作品を読むという行為も、地蔵坊の法螺を聴く行為と同じであり、与えられた物語であっても面白ければそれでいい、というのは皆同じ。先生の正体を現実的に考察すると(ネタバレ:反転→)作家志望のコスプレ探偵(←)になるのか!? 群雄割拠の探偵界で目立つ為のキャラ付けなのか…。
戸川安宣さんの解説は読み応えあり。本書がミステリ史においてこんなに大事な位置付けがあるとは…!!(内容は特に褒められていないけどね)。

  • 「ローカル線とシンデレラ」…ローカル線の最終電車で殺人事件が起こる。犯人の特徴は判明したが列車から逃走して…。地蔵坊が拾う細かな疑問は見事。しかし作品全体に言える事だがご都合主義が多く、犯行や証拠隠滅は幸運続きで犯人ばかりが有利。そして地蔵坊以外の推理は簡単に否定される根拠が用意されている語り手 兼 探偵が有利の接待ミステリ。よっ、この大法螺吹き!!
  • 「仮装パーティーの館」…誤解から招き入れられた屋敷は仮装パーティーの最中。そして事件が…。やや強引な論理展開と緻密な状況証拠が作品の醍醐味か。ただ個人的にはこの短編は後半で、作品のおかしみが分かってからの方が楽しめた気がする。映画公開間もなくのバットマンをご存知の先生。
  • 「崖の教祖」…崖に住む怪しげな宗教家が殺されて…。これまた派手な事件。しかしこれぞ机上の空論、眉唾物のトリックだ。作者が真面目に希代のトリックとして考案したなら噴飯モノだが、先生のお話だから許せる。かなり好きな新興宗教ミステリだけど、今回は教義よりも舞台設定のみが大事。
  • 「毒の晩餐会」…地蔵坊も列席した一族の晩餐会の最中に突然、苦しみだした男がいた…。本書では出色の出来。簡単な真相だからこそ感嘆できる。ただこの真相だと、あの人は夢見が悪いだろう。犯人が悪いのだから心を病まなきゃいいけど。真相披露後のお客たちのツッコミも徐々に強烈になっている。
  • 「死ぬ時はひとり」…元やくざが頭に銃弾を食らって死んだ。自殺にしては奇妙な点があるが他殺でも問題が…。ミステリというよりハードボイルド? しかも地蔵坊の話の中の地蔵坊がどんどん無敵化しているぞ。推理大会には参加しないので出番の少ないマスターだけど最後のつぶやきは毎度良い感じ。
  • 「割れたガラス窓」…相場師の男が別荘の一室で殺された。室内はガラス窓が割れており…。うーん? 仮想犯の創出の為とはいえ窓を割る意味が無いような…。トリック使いたいだけ!? 段々と真相に近づくようになった青野、そして焦る地蔵坊。ワトソンとホームズの絶対的役割分担が危機を迎える時、作品世界は…。
  • 「天馬博士の昇天」…発明家の博士が崖から転落死。雪の上には自宅から奇妙な足跡が残っていて…。あぁ先生、遂には猪退治まで。美化400%突破。ダメです!! 危険過ぎます!! トリックもいよいよ空想科学の領域へ。雪上歩行って難しいと思うけど…。さて今回、青野が真相に自力で辿り着き、お役御免の先生は…。う〜ん、この結末は続編はないって事か。青野くん、次は君が法螺を鳴り響かせるんだ。

山伏地蔵坊の放浪やまぶしじぞうぼうのほうろう   読了日:2010年08月31日