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「崖の館」ではなくて「象牙の塔」。昭和生まれの、見事な頭でっかちミステリ。

崖の館 (創元推理文庫)

崖の館 (創元推理文庫)

財産家のおばが住まう崖の館を訪れた高校生の涼子といとこたち。ここで二年前、おばの愛娘・千波は命を落とした。着いた当日から、絵の消失、密室間の人間移動など、館では奇怪な事件が続発する。家族同然の人たちの中に犯人が? 千波の死も同じ人間がもたらしたのか? 雪に閉ざされた館で各々推理をめぐらせるが、ついに悪意の手は新たな犠牲者に伸びる。


読了後に残る犯人の理論の実践とその結果との大きな隔たり、読者に肩透かしを食らわせるこの感覚に覚えがあると思ったら、作中にも名が挙げられているドストエフスキー『罪と罰』だった。『罪と罰』の登場人物たちも随分と長広舌だったが、本書の登場人物たちも負けていない。冬休みを過ごす館の中で絵画を眺めては芸術について語り、不思議な事が起きれば犯罪を語り、人を評する時には文学を用いる。私も主人公で高校2年生の涼子と同じ年頃であれば、自分も共に館で過ごす年長の従兄弟の知性に憧れたかもしれないが、そうはなれないと知った今となってはとっても面倒くさい人々である。解説の若竹七海さんは「少女趣味的」と作風を評し、確かに涼子の心理描写などはそういう面もあるのだけれど、私なら本書を「頭でっかちミステリ」と名付けよう。あの、デッサンからして頭の大きさおかしいんですけど…。
長期休暇ごとに財産家のおばさんの所有する「崖の館」で同じ時を過ごす兄弟のように成長してきた涼子と6人の従兄弟たち。しかし2年前、おばさんの愛娘・千波が突然、自室の窓から崖下に飛び降りて命を落とす。千波は文学・芸術あまたの分野に精通しており、彼女の存在や発する言葉は従兄弟たちに多大な影響を与えていた。それ故に2年経っても彼らには彼女の死の真相を希求する心が静かに燃えていた…。
起こる事象・事件はとても本格的だった。吹雪の山荘モノで電話線も切れ、約束の期日まで助けも来ない。そして冒頭の展開は約30ページ毎に事件が続発してテンポが良い。絵画は消失し、眠っている間に密室から密室に人間は移動し、そしてまた一人、崖下に従兄弟が落ちていく。と、ここまでは情景描写がやや大仰な以外は特徴のないミステリだった。しかしここからが作者と「頭でっかちミステリ」の本領発揮で、従兄弟たちの中の年下組の演説(主に美大志望の哲文)と喧嘩が始まる。芸術を語るその同じ口で、口喧嘩をしている彼らは滑稽で、このアンバランスさが本書の本質のように思われる。
私の中で本書の評価が低いのは、トリックと動機の問題が引っかかるから。特にトリックは、本格を思わせといての雑な処理。読み返すと、現在・過去の事件の手掛かりとなる物をちゃんと登場させているフェアプレー精神は評価できるのですが、この物理トリックの数々はいただけない。特にトリック以上のページを割いて語られる犯人の心情や、作品全体からこれでもかと浴びせられるペダンチックな香りを勘案するとトリックのバランスの悪さは美と正反対にあるだろう。特に貧乏性の私は、読み辛さや鼻持ちならない雰囲気を耐えてきただけの対価を望んでいたから、犯人の独善的な思考と凡庸に過ぎる手法は、私が崖下に突き落とされた気分になった。まぁ、その不均衡も犯人の欠けた資質の一つと言えるのだが…。
新本格ブームの中で綾辻さんが「館シリーズ」で一世を風靡して以降、館には特別な意味が込められるようになったが、本書はそれ以前の1977年発表の作品。しかも本書は「崖の館」というよりも「象牙の塔」の方が適当だ。それまで彼らが属していた社会は綺麗に流れ去り、おばと従兄弟たちの世界が出現する。そこでは芸術や美について夜な夜な語られ、そして人間関係、好意や愛、羨望や怒りや嫉妬、全ての感情はその人々に向けられる。二重三重にクローズドな世界である。私はそこを出た彼らを見てみたいと思った。特に哲文。館の中では内弁慶が爆発していたように思うが、もし外でもこんな調子なら彼に友達はいるのだろうかと心配になった。
(ネタバレ感想→)由莉の扱いの悪さはなんなのだろう。口止めのために死ぬだろうと思われた研さんが生き残って、残り100ページを切ったところで最初の犠牲者になるとは…。しかもあんな成功確率が低そうな微妙すぎるトリックによって! 不遇である。そして犯人の動機。犯罪学に手をかけた? 知恵? 美? 詩? プププププ。笑止。ずーーーっと、細かすぎる嫌がらせをしていただけではないか。この頭でっかち!(←)

崖の館がけのやかた   読了日:2012年08月24日