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エコール・ド・パリ殺人事件 レザルティスト・モウディ (講談社文庫)

エコール・ド・パリ殺人事件 レザルティスト・モウディ (講談社文庫)

モディリアーニやスーチンら、悲劇的な生涯を送ったエコール・ド・パリの画家たちに魅了された、有名画廊の社長が密室で殺されるが、貴重な絵画は手つかずのまま残されていた。生真面目な海埜刑事と自由気ままな甥の瞬一郎が、被害者の書いた美術書をもとに真相を追う。芸術論と本格推理をクロスオーバーさせた渾身の一作。


「著者の作品をずっと読み続ける」と決意した良質な作品。デビュー作は賞の傾向に合わせた大胆不敵なトリックを駆使した色物作品だったが、多分、著者本来の性質は本書のような、本格ミステリと専門分野を融合させた知識人的な作風なのだろう。事件解決やその背景を知るのに必要な専門知識を必要最小限に止めている点が潔い。この比率を間違えると一気に退屈で冗長な作品になってしまう、そんな危うく美しい黄金比の上で成り立っている。
前述の通りデビュー作がトリッキーだったから妙に構えていたが、読み出せばミステリの基本に忠実な文章と展開が待ち受けていて一安心。著者のミステリ愛もちらほらと顔を出し、色々と認識を改めなきゃな、と考えていたらあくびが出た。序盤が余りにも基本に忠実すぎて退屈なのだ。この先に地雷が埋まっているという危険は感じないが、捜査も地味で事件にも登場人物にも派手さがないなぁ…。
そんな時に現れた救世主はキーパーソンである探偵役の瞬一郎、…ではなく被害者・暁宏之が書いた作中作『呪われた芸術家たち』。書名である「エコール・ド・パリ(パリ派)」も、その画家たちの存在も知らなかった私でも数々の芸術家の命を燃やした壮絶なエネルギーとその死に圧倒された。捜査の行き詰まりで警察・読者ともにやる気の低下を見せる中で、それを助けたのが作中作という捩れ構造が生まれた。そしてその存在が後々、内容に深くリンクする構成には感服。
トリックの様式美と真犯人の動機の比率や評価が本来の本格ミステリとは逆転している作品。現場の密室トリックは古典的で目新しさはない(この手の偶発的なトリックは好まない)。しかし本書は犯人の動機の告白にこそ真価があり、そして全てが一つに収斂していくあの快感が味わえる。この犯人しか持ちえない動機を私は十全に理解できるという喜びに似た感覚、そしてその為に周到に用意された駒の配置の美しさを知るのはまさに本格ミステリを読む楽しさではないか。美術界に関する記述を読む知的興奮に加え、犯人の頭の神経の一つ一つの繋がりを性格にトレースできるという興奮が私の中に生じた。
欠点として挙げるならば、その人の特性となる信条や行動理念にやや機械的な印象を残す点だろうか。データとしては序盤から登場するものの、その人の内側を十分に表したとは言えない。また(芸術以外の)説明ゼリフ・データ引用の堅苦しさも気になった。この2つが小説としての一枚絵に上手く馴染んでない気がした。
いまいち影の薄い瞬一郎は若き日の御手洗潔といった印象を受けた。分かりやすい天才で、自由人だが彼に魅力を感じなかった(どの登場人物もやや類型的)。今後、彼の魅力や登場人物の背景など引き出せたら無敵かもしれない。
余談:画家の集う長屋《ラ・ルッシュ》はパリのトキワ荘だと思った。違う?
(ネタバレ感想:反転→)被害者は実際は刃物で命を絶ったが、被害者を(間接的に)死に至らしめたアレはデビュー作に続き前代未聞のトリックと言えよう。まだ2作目だが著者の特徴は「変わった凶器」なのだろうか。数十ページの作中作で芸術家の魂を理解させ、そして凶器にそこで論じられた画家の作品自体を使うという構造が本当に素晴らしい。芸術家の魂と死、そして作品の市場価値という問題があの夫婦に二重写しになっている点も凄い。また妻の芸術家としての死を願った夫が自分の死に際して、自分の死を願った妻の生を望むという逆転の構図・メッセージが非常に胸を打った。そしてそれが決して美談だけではないという人間の価値の変動性を表すエピソードも大好き。(←)

エコール・ド・パリ殺人事件  レザルティスト・モウディエコール・ド・パリさつじんじけん  レザルティスト・モウディ   読了日:2011年01月13日