山田 南平(やまだ なんぺい)
オレンジ チョコレート
第04巻評価:★★(4点)
総合評価:★★☆(5点)
入れ替わりの原因が自分の律への想いだと知ったちろ。少しでも律に迷惑をかけないように始めた「いい女計画(プロジェクト)」が思わぬ方向に…!?
簡潔完結感想文
- 入れ替わりの頻度と時間が増えることで、千尋は律に なりきろうと 張り切る。
- もはや作品的に入れ替わる動機がないけど連載継続。軌道修正が追いつかない!
- これまでのキャラを捨て選ばれた人だけの芸能界。落ちたのは作品の落とし穴。
テレビのバラエティ番組の迷走と同じ印象を受ける 4巻。
『4巻』から、これまでも芸能関係の仕事をしていた律(りつ)だけじゃなく、千尋(ちひろ)もメディアの仕事をする。飽くまで千尋の仕事は一時的なものなのだが、ここから作品は芸能界の色が濃くなる。新キャラも芸能人が続く。まるで作中でミュージシャンのPVのモチーフになる『不思議の国のアリス』のように千尋は異世界へと誘(いざな)われていく。そして元の世界に日舞を置き去りにしていく…。この辺から表紙は詐欺である。
考えてみれば芸能界は一般人にとって この世界の どこかにある異世界のようである。だから本来は稲荷の狛狐(こまぎつね)である右近(うこん)と左近(さこん)と同じように、別の世界に生きる者との交流が本書のテーマとも言える。大雑把に言えば千尋にとっての律も別世界の人で、抱える物の多い彼を助けたいと願ったことで入れ替わりが始まっている。


ただし作品にとって入れ替わりが まだ重要な問題なのかが怪しい。千尋と律の中で入れ替わりたいという気持ちは既に消失していて、稲荷側の願いは押し売りに等しい。それなのに ずっと介入してくる展開が続くと やがてそれは読者の不快に変わる。もし大きな展開を用意していないのなら、さっさと物語を畳めばいいと思うのだが、物語は ダラダラと続く(と私は感じた)。
邪推してしまうのは、いまいち作品の人気が定着しないから、芸能界という華やかな舞台を用意して作品をデコレートしたいのではないかということ。苦肉の策で千尋を芸能界に介入させ、そこから芸能界を開幕させる。読者が好きな設定で媚びているようにも見える。新人作家が苦悩しながら最初とは違う方向性を模索するなら分かるが、作家生活が20周年に突入する前後の作者が やることではないように思う。20年やっていて、これだけ話が蛇行し、そして密度が低下することは嘆かわしいと感じた。著名な人だからこそ落胆も大きい。
やっていることが人気コーナーを模索するテレビのバラエティ番組みたいで、感触の良いコーナーが やがて番組を乗っ取っていくという流れに近い。雑誌連載は本当に大変なのだろうけど、振り返ってみると この芸能界編は本当になくても良いと思うほど意味がない。ここで恋愛が ややこしくなるんだろうなと思ったら外れ、秘密を共有すると思っても外れる。何も起きない期間が長い。
話の流れに必然性がないし、華やかだけど空疎な世界が広がる。画力があるから成立しているが、お話としては何も起きないシーンが多い。長文化していく私の感想文だけど、本編が何も起きないから言及することも少なくなっていく。
また薄々感じていた、美形だらけの世界で 顔の良さだけで許されることが多かったりする描写が好ましくない。というか どんどん設定が雑になっていく。特に右近と左近は学校で所属するクラスはないのに生徒から普通に受け入れられているし、律の仕事場にも平気で顔を出している。そこに千尋の姉・百合(ゆり)や律の兄・鎮(しずか)が介入したり、大きな権力で ねじ込んだりする展開があるなら白泉社作品だし、と納得できるのだが、当事者たち以外は事実を知らないまま。それなのに顔の良さだけで気に入られ、学校と仕事場 それぞれの世界で存在を許されていることに違和感がある。芸能界編に突入したりして、この世界は広がっているようで、実は どんどん歪んでいるだけ。
迷走という言葉が正確すぎる中盤戦が始まってしまった…。
律が千尋の人間性を真似ることで学ぶことが多いように、千尋も律に なりきろうと努める。これは入れ替わりの頻度が高く、長くなったことへの対症療法でもある。だから千尋は入れ替わっていない時から品位を磨こうとする。
でも千尋が自分になろうとして無理に努力しているのを見て律は、自分のアルバムを見せて、自分が日舞の初舞台から師匠である父親に千尋を お手本にしろ と言われていたことを明かす。だから『3巻』のメールであった「俺の舞は ちろ(千尋)のだよ。」なのである。だから律は狐たちが強引に叶えようとする願いに自分の想いも こもっているのではないかと考えるようになっていた。
ちなみに この頃から右近と左近も律の仕事場に帯同するようになるが、イケメンは顔パスという偏った世界が見える。
千尋も律の舞いを真似してみるが あまり上手くはいかない。大事なのは その先にある真似ることで学んだことを自分の身体で表現することなのだろう。もう抑えきれない律への感情を隠さないが、それは入れ替わりのトリガーになりかねない。
子供っぽいところのある右近は、彼らが自分たちの能力ではなく勝手に入れ替わることが面白くない。入れ替わり自体は起きるけど、その継続を千尋たちは望んでいない。自分の仕事が上手くいかないことが右近のストレスになっている。右近にとって願いの成就は その人の幸せに繋がるものであって欲しい。人の笑顔のための善意の行動が喜ばれないから虚しいのだ。
その話を右近から聞いた左近は、どちらにも落としどころがあるはずと妥協点を探すための軌道修正をしようとする。
入れ替わり対策もあって律は千尋を仕事現場に連れていく。傍から見ると まるでバカップルのように見えるが仕方がない。
こうして千尋が現場に入ることは関係者との接触が多くなることを意味し、自他ともに認める(残念)美少女の千尋は律の事務所の社長だけでなく、クリエイターにも認められるようになる。右近と左近の加入で、せっかく始まったドタバタな学園生活から変な方向に話がシフトし始める。この展開で読者の自己承認欲求が満たされるのだろうか。
律は、自分が仕事場を見学したことで、社長に出会い、そこから一般的な芸能界に足を踏み入れたことを思い出す。その再来を危惧した律だったが、現実は そのように進む。PVに出演したことでブレイクした律だが、そのミュージシャンの新PVに千尋の参加が提案されたのだった。
律と仕事が出来ること、そしてPVのコンセプトに惹かれた千尋は前向きに考える。ただ、それは左近が考えるように、千尋が律になれるから嬉しいのではない。律と同じ立場に立てたことが嬉しいのだ。今の千尋には入れ替わりの動機はない。というか、物語は早々に入れ替わりを必要としていない気がする。
そして律の方は、右近と左近にも仕事場への参加を認める。これは もしかしたら右近と左近を自分の近くに置いて入れ替わりのコントロールをするために、彼らも仕事場に呼ぶ。入れ替わりで本当に困ったら助けてくれるのが彼ら、と考えているのかもしれない。
左近は左近の願い、律は律の狙いがあって化かし合うように動いている部分は面白い。


こうして不思議の国に迷い込んだアリスのように、千尋も芸能仕事に関わることになる。しかも その仕事には右近と左近も参加。こういう選ばれた身内だけ優遇するのは山田南平作品という感じだ。
この一連の仕事で一番 緊張しているのは千尋。これまで律として踊りを舞ったり、CM撮影の仕事の一部を こなしたりしてきたが、自分が抜擢される仕事は初めて。緊張で固まった千尋を認めった律が、いつも通りの距離感で話しかけることで千尋は良い表情を見せる。そして最後に新キャラが予告されて終わる。やっぱり画面は華やかなんだけど中身がないなぁ…。