
山田 南平(やまだ なんぺい)
オレンジ チョコレート
第05巻評価:★★☆(5点)
総合評価:★★☆(5点)
百合の事務所の社長に誘われて、律とPVに出演することになり、ウキウキのちろ。左近と右近も加わっての衣装合わせも無事(!?)に終わり、撮影を控えた夏休み。図書館で勉強中のちろは、不思議な青年・ハルと出会う。その後招待されたライブで知った驚きのハルの正体は…!?
簡潔完結感想文
- 勉強を教えるのに必要なのは、相手のやる気を引き出すポイントを見抜く洞察力。
- ステージ上で輝く彼が私を発見できるのは、私が無自覚に輝いているから、ですって。
- イケメン4のヒロイン1の逆ハーレムが完成し、純真無垢な彼女の願いは叶え続けられる。
承認欲求よりも共感性羞恥の方が勝る 5巻。
どんどん千尋(ちひろ)が幼くなっているように思う。特に『5巻』は、まるで5歳の子供を、血が繋がらない4人の男性たちが彼女を お姫様のように育てているように感じた。何もかも自分の思い通りにならないとカンシャクを起こす千尋に対し、4人のイケメンが交代で お姫様のご機嫌を取ろうとする。そういう過保護っぷりを見ていて生じるのは、承認欲求が満たされる感覚ではなく恥ずかしさ。そしてヒロインのためにあるような、この世界の歪みを感じる。
今回は千尋が律(りつ)と一緒に居続けることは彼女の成長の阻害になるのではないかと思ってしまった。その気持ちは『5巻』で本格的に指導するミュージシャンの新キャラ・ハルが千尋の勉強における やる気を的確に引き出したことでも補強された。千尋に必要なのは律に寄りかかる人生ではなく、外部の人たちと交流し、その人たちに自分に合った成長法を託すことのような気がする。適切な距離感で律との人生を見直す時期になっているかもしれないのに、彼らはずっとゼロ距離でいる。


しかも今回、ハルが千尋と律との空間に入り込むことで、律が過剰反応する。彼の執着が千尋のためにならないという疑念が生まれてしまうのは、この物語の根幹を揺るがすことで あまり良くない。
でも作品は千尋に甘い人生を送らせ続ける。ここまで芸能関係者に千尋は続々に気に入られ、そこからPV撮影の話が舞い込み、千尋は作中で特別な存在になろうとしている。しかもハルからも初対面で気に入られ、律は対抗心を燃やし、千尋に対する愛情を伝え続けてくれる。特に『5巻』は千尋が感じた不満やワガママは即座に律や物語が解消してくれることが多かった。千尋は人並みに頑張っているだけで、周囲が彼女を もてはやす。
ここまで千尋が成長したような場面もあったのに、一気に ただ甘やかされる内容になった。しかも芸能界編という少なくとも私は望んでいない展開になった上、成長のない、話の密度も薄くなった話は読んでいて どこに楽しさを見つければいいのか分からなかった。ここら辺から作者と、千尋に完全に感情移入できる読者だけが喜ぶ内容になっているように思う。その上、最悪なのが この芸能界編は、丸々削除しても結末に何の影響も与えない、本当に ただの寄り道である点だ。華やかな舞台を用意すれば読者は喜ぶでしょ、という安易な目的が あるようにしか思えなかった。
良かったのはハルに洞察力というスキルを与え、それが千尋を助けもするし、追い込みもするという点。これは千尋の順応力、律の理解力と通じる点だろう。以降の新キャラも「××力」で統一すれば面白かったのに。
PV撮影に参加する条件として学業を疎かにしないことを周囲と約束したため、千尋は夏休みに入っても律と図書館で勉強をしている。そして千尋の参加するPV撮影は夏休み明けなので日焼け禁止。だから今年の夏は屋外で遊べず、律は この時間を勉強に当てようとする。
勉学に関しては律は1歳年上だから千尋の勉強は理解できているということになっているが、律が芸能界でブレイクしてから1年が経って、その間 律が学校を早退や遅刻・欠席ばかりで授業に出ていないだろう。そして多忙で勉強している様子は描かれていない。なのに千尋の勉強を見れるというのは そろそろ無理のある設定なのではないか。ページの外で定期テストなどでは仕事をセーブして勉強しているんだろうけど、読者としては律が勉強が出来るという話は納得がいかない部分もある。
この日の勉強場所は律のマネージャーであり千尋の姉の百合(ゆり)の仕事場近くの図書館。午前中の百合の仕事が一段落したところで律は百合にピックアップされて仕事場へ向かうことになっている。律が去った後でも百合の前の仕事は続いているようで、残された千尋は同じく残された狐の片割れ・右近(うこん)と撮影の見学に行く。
そこで仕事をしているのがハルというミュージシャン。律がブレイクしたPVのミュージシャンで、千尋が今度 参加するPVでも関わる人物。ハルは洞察力が高いため、色々な人に気遣いが出来る。
ハルは千尋を見かけ、撮影の休憩中に、図書館に入った彼女を追いかける。その流れで千尋が つまずいている場所の勉強をハルが見ることになり、彼の洞察力が発揮され、千尋が どこを理解していないのかを瞬時に判断し、千尋を波に乗らせる。律の教え方も悪くないのだが、律に間違いを指摘されると自己否定された気分になるのとは違い、ハルの教え方は肯定感と やる気を引き出してくれる。
そしてハルは千尋の頬を気に入ったようで、そこに甘噛みして去っていく。この人は1話でキスしてくるような強引な男キャラなのだろうか。それにしてもハルが勉強を理解できるとは思えない、と思ってしまうのは差別的な偏見だろうか(事実『6巻』でハルが中卒設定であることが明らかになる。現在 高校1年生の千尋の勉強を即座に理解する、というのは常識的には無理。作者の中で どういう考えで描かれたシーンなんだろうか…)。
頬を甘噛みされたことを秘匿するため、千尋は あの日ハルに会ったことを律に報告できない。それには仕事面での問題も関わっている。ハルの不興を買うことで律に害が及ぶのをチロは回避したい。
そんなハルが今回のPVは過去のと違って自分も出演すると言い出す。それが千尋と会った後に彼が言い出したこと。明らかに千尋を気に入っているが、その後に明確な動きがないのが本書の残念なところ。三角関係なら三角関係にすればいいのに、終盤まで成立しない。成立しても誰も望んでいない形で成立するから期待外れな印象ばかりが残る。
千尋とハルの間にあったことは、当人と現場にいた右近しか知らない。だから千尋は右近と作戦会議をすることが多くなる。
秘密は維持されるが、律は これまでの仕事でハルが興味のままに動き、欲しい物を手に入れる正確なことを知っているからハルの動きが気にかかっている。そして実際、ハルは千尋への興味を匂わせる。千尋が、自分からは何もしなくても男が寄ってくる魔性の女になっていくなぁ…。
律がハルから手渡されたライブのチケットは千尋と右近と左近(さこん)の3人の手に渡る。律は この日は仕事が入っているから行けないということだったが、当日のライブで律自身がパフォーマンスするからだということを千尋は、律がステージに上がってから理解する。ハルを危険視する律は彼とのステージバトルだと思って意気込んでいた。特に今回は女形として世に知られる律が男の姿のまま剣舞を披露するから、そういう気持ちになるのだろう。
それが観客席の女性たちに好評なことは千尋の喜びにもなるが、千尋は律が他の女性の注目を集めることが嫌だという自分の気持ちに嫌悪する。その自分の気持ちに戸惑う千尋を律が落ち着かせ、自分は千尋のために踊り、今回もステージから、何千人といる中からでも千尋だけを捜し出せたことを伝える。
こうして心の距離が縮まった2人に入れ替えが起き、その直後にハルと対面する。ハルの能力は洞察力。だから これまで彼らの兄姉が気づく様子もない入れ替わりに初めて違和感を抱く人となる。ハルが何かを察したことに理解力を発揮する。
新学期、千尋はテストで(当人比で)好成績を収める。これまえは最下位だったのが真ん中ぐらいまで上がったらしい。律との勉強の成果だが、そのキッカケを与えたのはハルという状況。こうして実績が生まれ、正々堂々と仕事に向かう。
PV撮影でも律からサプライズがあり、律は事前の配役と違う役を演じる。今度は男性だったはずの配役が女性になっている。大勢の前で律が男の姿に出ることを快く思えない千尋だったが、自分の前で女性になることにも思うところがある。これも自分の望む彼でいて欲しいというワガママである。


そんなワガママは すぐに叶えられ、律は二役を演じることになっており、次はアリスを演じる千尋の兄という設定。そこで千尋の心が満たされ入れ替わりが起きる。またもハルの前で入れ替わりとなり、彼に違和感を与えてしまう。
