山田 南平(やまだ なんぺい)
オレンジ チョコレート
第09巻評価:★★☆(5点)
総合評価:★★☆(5点)
律主演のドラマ撮影中、ちろは律の相手役・梨絵に言われた言葉が原因で律とケンカしてしまい…!?
簡潔完結感想文
- 他の女性が作った お弁当を食べようとしていることより提案の拒絶がショック。
- 自分が相手を傷つけたことを教えてくれる異性の芸能人。スキルは洞察力が最強!?
- もはや入れ替わりは1巻につき1回のノルマ。なくてもキャラも作品も やっていける。
ハルは、問題解決の功労者と、問題追及の探偵の一人二役、の 9巻。
芸能界編は やっぱり特に意味がない。
律(りつ)の芸能界での活躍や、狐たちにより曲解された「入れ替わり」願望が、千尋(ちひろ)と律の幼なじみの関係性に変化を与え、2人の間に恋愛感情が芽生えていく様子を描きたい、という作者の目的は何となく理解できる。
入れ替わりは、2人にとって互いのことを理解する機会になるが、永続的な入れ替わりは彼らの本願ではない。相手は自分と違うからこそ興味や恋情が芽生えるのだ。今回、律が千尋の芸能界入りに反対意見を述べたのも それと同じだろう。律は千尋が ただの幼なじみとして自分の傍に居てくれるから安心する。千尋が焦って律と同じ立場=芸能人になろうとするのは2人は同じ世界の住人になることを意味し、律の望まない関係になってしまう。律は、自分が飾り立てられる前の素の自分を見てくれた千尋が大切で ありがたい。


2人は既に入れ替わりの意義を否定しているのに、物語の核だからか、積極的に解決をしようとせず、非日常が日常となった様子が だらだらと描かれる。入れ替わりが人に露見してもペナルティはないし、入れ替わりの期限もない。そういう締まらない物語を華やかな芸能人を登場させて誤魔化そうとしているが、その芸能界編も虚無になりつつある。
この男女の芸能人が、分かりやすく好意を持って、分かりやすく当て馬になってくれればいいものの、この芸能人たちに害意はない。世界は清らかすぎて問題が発生しないのだ。
本書で起こるのは千尋と律の気持ちのすれ違いだけ。上述の通り、それを何度も経験して2人の関係は恋愛に発展するのだろう。けれど その繰り返しにも飽きた。毎度 ちょっとした すれ違いと仲直りの繰り返し。
今回、面白いと思ったのはライバルかと思われた2人の芸能人(ハルと梨絵(りえ))が それぞれ恋の相談者となって千尋や律の悩みを解消している点。彼らはライバルではなく、彼らが悩む相手と同じ性別だからこそ見えてくることを伝えて悩みの解消に一役 買っている。特にハルは固有スキルと言える「洞察力」を発揮し、一瞬で千尋の悩みを理解し、問題の本質を提示している。
ハルで面白いのは、彼の存在は入れ替わりの発生確率を高め、そして入れ替わりの露見のリスクも高めているところ。ハルは2人の間に横たわる問題を除去し、それによって2人は心の距離を近づけ、それが2人の入れ替わりを発生を容易にさせる。ハルが入れ替わりを高い頻度で見かけるのは、ハルが(主に千尋の)心を軽くしているからと言える。
律にとってハルが恋愛と入れ替わりで二重に警戒しなければならない相手なのだが、ハルがいなければ千尋との関係は長期間こじれたままかもしれない。そう考えるとハルは恋愛の良き相談役なのだが、律としては入れ替わりや千尋への興味など探って欲しくない腹も探られる探偵のようである。もしかして作中で最強なのはハルなのかもしれない。
そういえば梨絵もハルの入れ知恵で律だけでなく千尋にも興味を持つようになったし、梨絵の登場で幼なじみ2人の関係は また ややこしくなる。そこへハルが探偵役として遅れて登場し、恋愛沙汰を秒で解決。そして2人に関わることで また彼らがボロを出す場面を目撃する。
そうなるとハルが この世界を支配しているように見えるし、ハルが世界の頂点のような気がしてきた。作者の寵愛と役割を与え続けられるハルには このまま入れ替わりの追及と理解、そして根本的な入れ替わりの解消と探偵役を続けて欲しいところだけど、残念ながら彼の活躍は中途半端で終わる。
こういうところが作者が芸能人に何をさせたかったのかが全く分からない部分である。目先のスキャンダルだけで お茶を濁していることが読み返すと よく分かる。
この頃から右近は、千尋と律の間に割って入るようになる。いつものようにカンシャクを起こしているのかと思ったが、それとは違うことが後に明かされる。その右近が、千尋が律のために作った お弁当を横取りしてしまうため、そんな律の状況を知った梨絵が律のために弁当を作ると言い出す。千尋と律の関係を こじらせるのは いつも周囲の人間である。
千尋は自分の弁当を何とか律に届けようとするのだが、その律が梨絵の手作り弁当を食べている場面を発見してショックを受ける。と言っても誰にも悪意はないので、その場は丸く収まる。けれど千尋が断られるのは、律が女性役を演じる際に入れ替わるという提案の方。千尋の演技を参考にした律にとって、その提案は自分の不出来を責められているように思えたのだ。
また これは律が役に入り込み過ぎてドラマの役の「幼なじみ」から いつまでもフォローされることを不快に思ったから出た感情でもあった。その架空の幼なじみの距離感で千尋に接してしまい、律は千尋に恐怖心を与えてしまう。
こうして千尋は律の撮影見学や協力を止め、お弁当作りもストップする。
この一件は、梨絵が誰かのために お弁当を作る経験を通して、その実感を律が学ぶ。自分が当たり前のように甘受していたことが実は特別だと知り、律は千尋に謝罪をしようと動く。万能っぽい律も まだまだ10代の男子なのだ。これまでの通り、新しい衝突は新しい関係の模索のために必要となる。
そんな時に、このドラマの挿入歌を担当するというハルが現場に やって来る。ドラマの撮影現場でPVの映像の断片を撮影するらしい。こうして全芸能関係者が都合よく集合する。撮影中に梨絵が律、そして千尋と関わることで、ハルは2人の間に不思議なことはなかったかと梨絵に聞く。その話からハルは2人の入れ替わりの補強材料を手にするが、それは まだ胸の内に秘められたまま。
また律と千尋の距離感を知ったハルは、千尋を撮影に呼び出す。本当にハルは前会長と立ち位置が被っている。作者の都合よく話を進めたい時には強引な男性たちが役に立つ。
ハルは再び千尋をPV撮影に招集し、離れた位置から図書館で座る2人を撮影する場面で、千尋の悩みを聞き出し、そして解消する。最近、忘れかけていたが「洞察力」の人なのだ。ハルが千尋に伝えるのは、律が意味もなく怒ったのではなく、千尋が傷つけてしまったということ。
その言葉を聞いて、千尋は自分が律のプライドやプロとしての意識を踏みにじったことに思い当たる。律が千尋を、千尋が律を傷つけたことを互いに理解し、双方から謝罪の意思が引き出される。そこに補助線を引いてあげるのが、梨絵とハルの役割なのだろう。


こうして千尋は もう足を踏み入れないと決めた律の撮影現場に駆け付け、2人は心の距離を近づける。
校舎を使う撮影の最終日、千尋は梨絵から打ち上げに誘われる。この席で千尋は、律の事務所の社長や監督から芸能界入りを持ち掛けられる。容姿の面ではトップアイドルの梨絵にも負けていないが、動機が違うと「洞察力」のハルは分析する。これで千尋の芸能界進出の可能性は消えたのかな。
打ち上げの帰り道に、梨絵が観覧車を発見して寄り道する。ここで2人で同じゴンドラに乗った律によって千尋の芸能界入りの動機が説明される。千尋は、律のそばにいたいからという理由で芸能界で働こうとしている。それに律は反対。律にとって千尋は ただの幼なじみ。その大事な立ち位置を失って欲しくない。それが律の願いで愛なのだろう。
そして残りの関係者4人が乗るゴンドラではハルが入れ替わりに気づいていることが右近・左近に ほのめかされる。ハルは この情報を知った上で梨絵に千尋に接近して欲しいが、梨絵は そういうことを好まない。梨絵と千尋の間にあるのは本物の友情らしい。これは この後の展開に梨絵に悪意がないことの事前説明でもあるのだろう。
だがゴンドラの中に入れ替わりが起き、律から大きな愛を示された千尋は表情を保てない。その千尋が入った律の様子を梨絵は不審に思い、続けて律が自分が役名で呼ばれたことに反応するというミスを犯す。
突然とも言える梨絵の声掛けを律は不思議に思い、右近たちに事情を聞く。2人にとって好ましくない状況になるが、ハルは2人の間に起こっていることを突き止めている訳ではない。二重人格や、互いへの憧れが引き起こす事象だと思っているので、特段 問題は無い。当初、律が嫌がっていた変人だと思われるということも、もう既に乗り越えているらしい(以前と言っていることが違うよ)。しかもバレたからペナルティがある訳でもないし、全く問題は無い。じゃあ何のためにハルたちが存在しているのか、この芸能界編はなんだったのか、ここ数巻の存在意義が一切ないことの方が問題なのだ。
ただし真相よりも二重人格で「病気扱い」されることは今後の活動や家族間での問題になる。そこで律は接触を減らそうとするが、それでは自分たちの仕事に支障が出る左近は異を唱える。
千尋は願いそのものを否定したいが、その前に右近が現状の先延ばしを訴える。どうやら右近(うこん)と左近(さこん)の間に考え方の相違が生まれたらしい。もう1組の幼なじみのような彼らに違いが生じてきたということか。そして右近は律の代わりに千尋に手厚く接するようになる。このように同じように見える人たちでも少しずつ考えが違ったり、己の願望のために動いているのは面白いが、いかんせんメインストーリーがあってないような状態だから困る。
ドラマの撮影はまだ続くが、撮影後も梨絵との関係が途切れないようにするためか、彼女が律の家で日舞を習うと言い出す。校舎での撮影では それほど嫉妬しなかった千尋だが、見えないところで話が進んでいることで嫉妬が再燃する。なんだか話が進んでいない。