山田 南平(やまだ なんぺい)
オレンジ チョコレート
第13巻評価:★★☆(5点)
総合評価:★★☆(5点)
神様への貢物として別々に捕まり、詮議の日を迎えたちろと律。2人そろって元の世界へ戻ることはできるのか…!? 純和風ラブロマンス、感動の最終巻!
簡潔完結感想文
異世界の王様をヒロインが たしなめる展開に既視感満載の 最終13巻。
今回のタイトルにしたけれど、本書はヒロインの千尋(ちひろ)が色々な世界に少しだけ介入することの連続で本筋が見当たらない。どこの世界でも千尋がチヤホヤされることが読者の承認欲求が満たされるのだろうか。不思議な経験をすることで、幼なじみである律(りつ)との関係が変わっていくことを描きたかったのかもしれない。けれど、そもそも願ってもいない願いに巻き込まれて以降、ずっと自分の意志なく華やかな世界を順々に覗いていくだけの観光旅行のような作品だった。そして本を閉じて思い返してみると落ち着きがない旅行だったな、という印象だけが残る。少なくとも芸能界編は読者の誰も願っていない目的地だと思う。
そして終盤で ずっと言及しているが、展開が『紅茶王子』に似すぎている。しかも過去作より悪いのは、千尋たちが「異類婚姻譚」の当事者ではないこと。『紅茶王子』ではヒロインが当事者で、様々な代償を払う必要があったが、今回は理不尽に掬われた願いを解消するという中途半端な願いが通るだけでカタルシスがない。
・傲慢な王様(本書では実質 その地位にいる中(あたり))
・自分の大切な人を籠から出さないように幽閉する王様
・自分の出自を知らない異界の者は、人間の間に生まれた子供であること
・その子が本当の父親を知らないで接触する
などなど である。しかも『紅茶王子』では これらの点を ゆっくりと時間をかけて抽出していったのに対し、本書では実質2巻で その問題に着手し、解決している。その上、上述の通り千尋たちは当事者ではない。作者は こういう発想しか出来ないのかと幅の狭さを露呈してしまったのではないか。
入れ替わりという現象が物語の核だったが、やがて それが異物のように邪魔になり、一応 最後に その解消へ動き出しただけで、全ての事象に関連性がない。増やしてきた登場人物も やがて徐々に少なくなり、最後には2人だけの世界に戻る。それは もしかしたら2人にとって究極の形態なのかもしれないが、そんな狭い世界は読者の誰一人として望んでいない。読んでいて期待外れ、肩透かしを覚えるのは こういう点だと思う。


これからの2人の関係も浮世離れしているのが気になる。
中でも律の将来について一番 華やかで一番 不安定なものが選ばれている。律は役者になると決めたようだが、そこまで律が役者の仕事に のめり込んだ描写は見受けられない。そして序盤で対立していた父親との関係も解消されないまま、父親は存在を消去される。せめて律の出演したドラマを見て父親が感心するぐらいのシーンが欲しいが全カット。そもそも今回のドラマは律の女形のキャラを含めた「当て書き」のようなもの。その律が これから一般的な芸能界で活躍し続けるのは難しそうに思える。今がピークだろう。それよりは日舞の世界で精進する方が安定していると思ってしまう。それもこれも律に強烈な動機を用意できていないから思う不満なのだ。
作品としては律は舞を返上し、いよいよ名実ともに「舞は ちろ(千尋)のだよ」が現実になったということなのか。律の代わりに千尋が日舞の名取になり、この家の後継者となった という未来は想像できる。なぜなら千尋には純真無垢という律にもない才能があるから。それは異世界編のラストで千尋しか踊らなかったことも関係しているだろう。本書において千尋の舞こそ至高なのだ。というか千尋という存在そのものが至高である。何度も言及している通り、山田南平作品は そういう傾向にある。
2人の恋心の成就も入れ替わりの解消も やや なし崩し的な展開を見せる。両片想いは公然の事実であったけど、告白場面は もう少し大々的に描いて欲しかった。それで満足する読者も絶対いたはずだ。入れ替わりの解消は、下衆な考えとしては2人が肉体関係を持つ前に終わるのかと思った。性行為中の入れ替わりなんて考えたくない。混乱は これまでの比じゃない。でも作品の描き方だと そういうことも起こりそうである。直接的な場面は描かなくても、経験談とか会話で それがどう起こったのか、どう済ませたのかは知りたい。そんな下品な作品じゃないけど。
あと疑問としては、中(あたり)以外が虐殺された狐が どう一族を増やしていったのか。また『紅茶王子』では過去の3つの願いごとの終了など完遂した事例が描かれていたが、本書ではゼロ。入れ替わり以外の願いごとを大した能力を持たないっぽい狐が どう完遂するのかを見てみたかった。
また中に関して言えば、(ネタバレになるが)愛する千歳(ちとせ)との子である右近(うこん)と左近(さこん)に対する愛情が もう少し見られたらと思うし、右近たち側の中に対する心情も知りたい。騒動後に右近たちが異世界に戻る機会が多くなったというのは、そこが一家4人が集う場所だと感じているからなのだろうか。
想像の余地を残しているのかもしれないが、丁寧に描いてきた千尋と律のことに関しても将来的な問題や家庭の問題を放置しているし、芸能人たちは完全に いなくてもいい存在だったし、異世界編もフォローがないまま終わっている。舞台が色々と変わる作品だったが、どこでも大きな実績を残していないのが気になる。特に最後に日舞を持ち出すのなら、もう少し千尋に日舞の研鑽を重ねさせるべきだった。才能で圧倒するばかりでは努力をしないヒロインみたいに見える。当初の予定の10巻、いや それ以下で話をまとめた方が美しかっただろう。どうしても芸能界編がなければ、と思ってしまう。
千尋は夢の中で千歳(ちとせ)視点で語られたことを真実だと考え、それを根拠に中を説得しようとする。そもそも中に関する謎は、文献で伝わるもので真実である確証がない。それなのに千尋は あやふやな証拠を武器にしようとしているのが気になる。こういう展開にするなら もう少し早い段階から謎を仕込まないと。取って付けたような話で緊迫感や盛り上がりに欠ける。
ただ千歳の境遇を通すことで、千尋は自分の中の律への想いを一層 明確にしている。
律の身体が戻ったことで、右近たちは千尋の傍に中がいると考える。だから何としても中のもとに行く必要がある律だけど、男性だという理由で献上品から外されそうになる。しかし律は女性になれる。そのスキルが今 役に立つ。
屋敷の中で狸(たぬき)が一匹、行方不明になったと知った中は、その狸と千尋の変化による入れ替わりを疑う。そして脱走したかもしれない千尋を遠くに行かせないためにも、選儀を即刻 行うことにする。実際、脱獄した「千尋」は選儀の準備で慌ただしくなった屋敷から抜け出す機会を失う。しかし逃亡している内に屋敷の中枢、神様である御霊様(ごりょうさま)のいるゾーンまで近づいていた。
そこに蛇たちに連れられて律が到着。2人の「千尋」は物陰と、律と同じ献上品の立場で律と対面する。
狐・狸・蛇の三つ巴で場が混乱する中、律だけは献上品の千尋に対して違和感を持つ。この2人の千尋の謎は、以前に千尋が自分が身代わりを置いて脱走することを良しとしなかった展開によって どちらが本物か最後まで読めないのが面白い。でも今回と以前で千尋の心持ちが どう違うのかが いまいち分からないが。
その律の行動で中も献上品の千尋に疑いを持つ。そこで こちらの千尋は観念し、変化を解く。千尋を逃亡させ騙していた罪として中は狸側の献上品を狸を煮る「ムジナ鍋」にすると決定する。
自分の身代わりになった者を守るため、千尋は御霊様へ直接 陳情に向かう。だが そこで見たのは漆の文箱(?)。千尋が中を検(あらた)めると そこには「狐鈴」が入っていた。これは千歳の物。御霊様の近くにいるからなのか、今回は千尋にも千歳の姿がはっきり見え、声も聞こえる。そして千尋は自分が事態を打開するしかないと覚悟を決める。千尋の道は一本道だなぁ…。
千尋は御簾の中から皆の前に出て、「御霊様」の意向として狸を食べないと聞いたと訴える。それでは狸側の献上品がないという中に対して、千尋は自分が献上品を捧げると告げる。自分が この身一つで捧げられるのは日舞だと考えた千尋は、緊張や重圧を撥ね退けて舞う。


その舞いには感情がこもっている。恋心を知って、悲恋を知った千尋だからこそ舞えるもの。その純真無垢な千尋の舞いは誰の心も掴んで離さなかった。律には人生における千尋の存在の不可欠さを改めて思い出させ、右近と左近は あまり考えたことのない母親の人生に思いを馳せる。
その後、律は たとえ自分が舞えなくなっても構わないから2人での帰還を懇願する。その想い合う2人の心に、中は勝手にしろという言葉で彼らの解放を認め、選儀も中止となる。
千尋は最後に中に鈴を大切にしてと伝える。それは千歳そのもの。だが中は それを分かっている。何百年間、心は共にあり、右近と左近を含めた家族4人は一緒に居る。それが分かって、千歳が涙を流しているのを見て千尋は安堵して、元の世界に戻る。
元の世界では1時間しか経過していない大冒険だった。
翌日はドラマの打ち上げ。
男性に寵愛される千尋も参加する。ここでハルが久々に登場。そして梨絵も再登場。もうスキャンダルなど無かったかのように律に近づいている。話が雑だなぁ。一応、最終話でも この2人は登場するが、入れ替わりを追求する訳でもなく、恋愛に発展する訳でもなく中途半端な立ち位置を改めて思い知るだけの登場であった。
異世界の騒動で心身ともに疲労が蓄積している律は熟睡中だから女性2人は その場を離れパーティーを楽しむ。やがて目を覚ました律は千尋の姿が見当たらないことに動揺する。
その後も律の過剰な見守りは続く。それは異世界で初めて千尋のいない時間を過ごしたからなのだろう。そこで喪失感や絶望を味わい、これからの人生、出来るだけ千尋と一緒にいたいという気持ちが強まったようだ。
春休みに入ると律は落ち着きを見せ始める。それは律の仕事が落ち着き日常的に会える状況になったからだろう。
そこで千尋は、御霊様という「システム」について自説を述べる。それは狐たちが人間と少しでも触れ合えるようにするための手法。それでいて再び迫害されることのないように一定の距離を置く「苦肉の策」だと千尋は考える。その考えを理解したから千尋は あの選儀の場で御霊様の不在を訴えなかった。そういう賢さはある。これから狐と千尋たちとの付き合い方を模索する。
もう一つ、千尋は律の不安を解消しようと、自分が どこにもいかないことを伝える。人が別れるリスクは平等である。だが律の不安は無くならない。それだけ律は千尋が愛おしいのだ。その気持ちを律は初めて千尋に伝える。
新年度、千尋は生徒会長になっていた。入学式に在校生代表としてスピーチをする千尋に対し、律は自分が代わろうかと提案する。入れ替わりは簡単。キスをするだけ。この頃には2人は自然と そういう関係になっているようだ。こうしてスキンシップによって入れ替わるのが2人の関係になったようだ。ある意味で入れ替わりをコントロールしていると言える。
初夏になって律の主演ドラマが ようやく放送となる。これが律の進路に影響を与え、彼は進学はせず役者になるという。それが律の願い。どうやら日舞の方は専門にしないらしい。このことで父子関係はギクシャクするが、時間をかけて説得するという。
最後に「御霊様」によって入れ替わりの解除が条件付きで言い渡される。律としては これと一生 付き合う覚悟があるのだが、時間をかけてもらう というのが御霊様≒中の、何でもすると言い切った律への条件だった。
ラストは その条件が達成された数十年後のシーン。御霊様が出したのは十回の千日参り。つまりは最低でも一万日 ≒ 27.4年。さすがに毎日は お参りできないので50年ぐらい かかったのだろう。ちなみに時間の経過、お参りの回数の増加と共に入れ替わりの頻度は少なくなったとか。それを話すのは彼らの孫の千歳。彼女は右近、そして狸からもモテる千尋の正統なるスキル継承者と言えよう。何十年経っても右近と左近は見た目も服装も変わらない。
唐突な時間のスキップだが、それは2人が愛と約束を貫き通したことの証明なのだ。かつて律が抱いていた千尋がいなくなるかもしれない、という不安だけど、彼らは あの後から何十年も寄り添って生きてきた。それは律のワガママや、権利とか そういう話ではない お互いと一緒にいたいと願う純粋な気持ちを人間にとっては永遠と言える時間ずっと失わなかったことを意味する。
そして過去の祖母が作った、狐と狸との縁。そこにスキル継承者の孫が どう答えを出すのか、という次世代編かつ異類婚姻譚を読んでみたいような、もう お腹いっぱいのような複雑な心境で本を閉じる。